【物語】人魚と恋
読み切りの現代童話です。
「タルトの美味しいお店、ご存知ですか?」
明里は雷雨の夜の街中、人魚から道を尋ねられた。
明里もお腹が空いていたので、一緒に行くことにした。
人魚の名はコハルといった。
彼女に赤い傘をさしかけたら「傘、初めてなの。嬉しい」と笑ってくれた。
晴れた日では干からびてしまうので雨天を狙って上陸したそうだ。
「季節限定の甘夏タルトが食べたくって!」
コハルは目を輝かせて話す。
その店は行列必至の人気店なのだが、天候のせいで並ばずに席に着くことができた。
コハルは人魚といっても、ショートパンツジーンズから色白の長い脚をすらりと伸ばしスタスタ歩く。ニーハイにパンプスも履きカジュアルなおしゃれも楽しんでいる。
黒髪は長く艶やかで動きに合わせてサラサラ流れる。ニンゲンならモデル並の可愛さに明里も思わず見とれてしまう。
コハルはお目当ての日向夏タルト、明里はミックスベリータルトにした。そしてふたりとも温かい紅茶にした。
初対面にしては互いに気さくな性格なため、雑談に花が咲く。明里はお勧めのコスメを紹介し、コハルは眺めの美しい海岸の話をした。
そしてなんとなく恋愛話にもつれ込む。
コハルはとある海流に恋をしている、と頬を染めながら話した。明里は興味深く思いタルトを頬張りつつ耳を傾ける。
人魚の話によれば海には幾つもの海流があり、その海流との相性がいちばんぴったりなのだそうだ。綺麗で流れのリズムもよく、身を任せると安心できる。そしてコハルの好きなものをたくさん寄せてくれるのだそうだ。
しかし、肝心な『好きだ』とか『愛してる』など具体的な告白の言葉がないためコハルは悩んでいるのだ、と甘夏の黄色をフォークで分解しつつため息をついた。明里は人魚もニンゲンと同じく悩む事が嬉しく思えた。
「コハル。私も同じよ!もう聞いてよ〜!」明里は彼女の手をしっかり握って笑った。コハルも弾けるように笑った。
しばらく話して、コハルも「スッキリした。ありがとう」と話し、海流へのお土産タルトケーキを買い、夜雨の中へ消えて行った。
明里は『よーし!美味しいものも食べたし!明日も仕事がんばるぞ!』
携帯のメールに微笑みながら、傘をくるくる回して家路を急いだ。
(了)