【物語】茅の輪
一話読み切りです。
明里は大人の癖に、未だに『駄菓子屋さん』が好きだ。
今はもう駄菓子屋はめったになく、明里の住む街でも大概はコンビニに変わっていたりする。
「あああああ。どうしてもきな粉餅が食べたいっ!」
青い車の助手席で、明里は『禁断症状』を運転中の隼士にぶちまける。
隼士はそんな『荒ぶる彼女』はいつもの事なので、そよ風くらいに愉しみつつ高速をひた走る。
「俺が今度きな粉餅作ろうか?白玉でいいなら今夜にでも」彼はのんびり言いつつ晴れの高速道三車線の右側をかっ飛ばす。彼は食べる時も、喋る時も、それはもう、のんびりなのだが『速度』に関する事は誰よりも巧い。脳みそが別人の様である。
それを聞いた明里は「違う!くじ紐の付いた!きな粉餅が!いいんだ!」と直ぐさまに反論する。
「ああ、この娘は」わざと聞こえるように彼は言うと、予定を変えてジャンクションを越えた。明里はすぐに気が付いて「あれ。これは反対方向?ラーメンは!?」と慌てる。隼士はそれを無視してそのまま彼の思う目的地へ向かった。
「娘よ。起きろ」
肩を軽く揺すられた明里は助手席で目を覚ました。近くに隼士の顔が間近にある。どうもドライブの途中で寝てしまったらしい。
「ここは、どこですか?」彼女は寝ぼけ眼で彼に尋ねる。
どうも、日が暮れてしまっているらしい。外は真っ暗……いや違う。
「お祭りの屋台!」明里は飛び起きたから隼士と額を打ち付けた。ふたりともその激痛に、車内でのたうち回る。
そんなこんなで、明里と隼士は祭の屋台を見てまわる事にした。
どうも神社のお祭りみたいで、参道の両側にいろんな色の出店看板やライトが立ち並ぶ。
「明里がやりたい『きな粉餅遊び』はこれでご勘弁を」隼士は彼女の手を引き、金魚すくい屋台の前で立ち止まった。彼女の瞳が旭の如く煌めく。
「隼士!私がこの子らを救ってみせませう!」明里は腕まくりをすると、渡されたポイを持ち不敵な笑みを浮かべる。結果、一度目で赤い金魚を掬おうとして、見事にポイが破れ、彼女の戦は終了した。明らかな落胆の色を浮かべる明里は、隣の隼士の様子を見た。
彼は涼しい顔で5匹目の黒いデメキンを自分の器にすんなりと入れていた。
「明里君。まだまだ修行が足りないなぁ」隼士は明里を横目に見つつ、合計7匹の金魚を入れたところで『器に金魚満タン状態』になったので終了とした。
屋台の兄さんから頼まれ、隼士は2匹だけ選んで持って帰る事にした。彼は、明里が最初に掬おうとした赤い小さな金魚と、黒いデメキンに決めた。
隼士はその金魚が収まったかわいらしいビニールの袋を明里に持たせた。彼女は上機嫌。
「それをどうしようか」隼士は彼女に言った。明里は「職場の金魚水槽にお招きして皆で楽しもうかな。あそこなら世話好きがたくさんいるから大丈夫」のんびり答える。
「なるほど。無精な己を理解している君は無知の知のむちむちさん。偉い偉い」
隼士はもこもこと屋台で買ったたこ焼きをほおばりつつ笑う。直ぐさま彼女からグーパンチをくらった。
そして彼はなぜか『お詫びに』明里にお好み焼きを買うハメになった。
「しまった。ソース味ばかり……」彼女は隼士のたこ焼きを眺めつつも、笑顔で食べた。
ふたりはやがて参道の石階段をあがり、本殿前に来た。
大きな茅の輪が設置されており、多くの人々が『蘇民将来』とつぶやきつつそれをくぐっていた。
ふたりも一緒にそれをくぐる。
それから手を合わせ、お参りをした。
「隼士は何をお祈りしたの?」明里は帰り道に彼に聞いた。隼士は「金魚が元気で長生きしますように、だな」と明里の手元を見つつ答えた。彼女はちょっと眉をひそめた。
車に乗り込み、隼士は元来た道を帰る事にする。
「隼士。帰ったら白玉きな粉、作って」明里が頬を膨らませつつ、助手席で言った。
彼はしばらく無言で運転をする。彼女もしばらく無言の後で「ごめん」とつぶやき、目を閉じた。
高速を降り、国道の赤信号で一時停車中に隼士は明里の寝顔を見た。彼女は金魚の袋を大事そうに抱え込んでいる。
「白玉粉ときな粉。抹茶、小豆……」隼士はレシピを思いつつ、車を深夜営業スーパーの駐車場に停め、明里を起こした。
(了)