表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【物語】明里と隼士のおとぎばなし  作者: ヤマトミチカ
10/11

【物語】~乙松と猫~

【物語】~乙松と猫~




 昔々、着物とわら草履が当たり前だった頃の水郷。


 その城下町には乙松というひとりの少年がいた。

 彼はとある卸問屋の丁稚で、周りからは厳しくも可愛がられていた。


 ある師走のことだ。

 問屋の主は乙松に饅頭を買うように、と代金の入った財布を渡した。そして「お前の分も一個買ってええよ」と笑った。

 丁稚は喜び勇んで店を出て、師走の準備で慌ただしい雑踏をすり抜け、菓子屋を目指した。

 ふと、乙松が懐の違和感に立ち止まり、確認してみると。


 財布は消えていた。


 さあ困った。落としたか、スられたか。

 しかし、無い物は無いのだ。

 乙松は青ざめた。

 旦那から見れば小金と言えど、丁稚にしたら大変な失態だ。

 彼は道に這い蹲り財布を探す。しかし、無い。

 道行く大人からは『邪魔だ、どけ』と言われる。乙松は顔も固く、その場に立ちすくむ。

 そんな子供に声をかける者は、いなかった。


 その内に日は暮れ、小雪も降りだした。

 この時代、街灯はなく、店先から漏れる灯や行灯がぼんやりと道を照らすばかり。

 乙松は店に帰って旦那に正直に言おうと思った。しかし怒られて、がっかりされて、嫌われたらどうしよう。

 身寄りのない乙松にはもう、他に住むところも行く当てもない。彼は怖くなった。

 寒さやらで身体が震える。


 しばらく呆然と歩いていた乙松。気がつけば、彼は大きな川沿いの道に出ていた。

 そこは陰鬱とした闇が広がり、川のせせらぎが聞こえるばかり。


 ふと、足元でにゃあ、と声がした。

 そこには大きな白い猫がいて、乙松を碧い眼で見上げている。暗がりでも不思議と、白猫だと解った。


 その猫がまた、にゃあと呼ぶ。


 乙松はたまらず猫を抱き上げた。

 とても柔らかく温かな毛皮が、鞠のように彼を受け入れる。

 白猫の体に、乙松は顔を埋めた。


『ああ、乙松はどこいった。帰って来んぞ。なんぞあったか』

 白猫が、旦那の声で喋り出した。乙松は猫を抱いたまま声を失う。

『すぐに帰れる遣いにやったが、もしや子盗りにやられたか。おおい、みんなも捜しておくれ』

 乙松は目を見開く。そして、後ろの気配に身の毛をよだたせた。

 行灯も持たぬ、ひとりの誰かが彼の後ろに居る。


 子盗りだ。


 草鞋の音を乱暴に響かせ、乙松に迷いなく近づく。

 子供でも解る殺気に、彼は居すくんだ。


『この子はだめだよ』

 白猫が透き通る青年の声を発した。

 乙松に近づく足音が一寸止まる。

「俺ん顔見たか」しゃがれ声が彼に飛び掛かる。

 子供は白猫をきつく抱き、目を閉じた。


 瞬間、乙松の周りをカアカア!とけたたましい烏の鳴き声と羽音が包む。

 しゃがれ声の主が悲鳴をあげ慌てふためき去って行く、音がした。

 あとには川のせせらぎが残るばかり。

 

「おお!乙松!そこに居ったか!」揺れる数個の行灯が、道にしゃがみ込む丁稚に駆け寄る。旦那と店の仲間たちだ。皆は乙松が無事な様子を確認すると、顔を柔らかくさせ小さな丁稚をを叱りつけた。

 乙松も目を潤ませながら、頭を下げ、笑った。

 彼の胸元から白猫は消え、代わりに饅頭の入った奇妙な柄の平箱を抱えていた。








【物語】明里と隼士のおとぎばなし~乙松と猫~




「隼士、お待たせ!」

 冬の夜。満面の笑みの明里が、出店で買ったりんごあめを高らかに掲げ、電柱の横で待つ青年の隼士に駆け込む。

 ふたりは竹灯り祭に来ている。

 白壁の建物が残る城下町の道沿い、そこに数千と飾られる竹灯籠たちが、ふたりや他の観光客たちを優しく照らし出す。水郷を名のる大きな川沿いには彩り豊かな巨大灯籠も点在し、皆の目を楽しませてくれる。

「あれ?隼士。お土産のおまんじゅう!どうしたの?」

 食いしん坊の明里が、隼士の手から消えた菓子箱を指摘した。

「迷子にあげた」隼士は肩をすくめる。

 明里は眉をひそめ、周りを見渡しだす。「迷子は大丈夫?泣いてない?」

 隼士は彼女の手を取り「家に帰ったよ」とりんごあめを囓る。あまずっぱい、おまつりのこどもあじ。それを聞いて明里はよかった、と顔を綻ばせた。


「みんなのお土産、また買うか」

「それもいいけど、クリスマスケーキ!いくつ焼いたらいいかなあ!?」

 そんな会話を楽しむ若いふたりは、ゆったりと祭の雑踏に溶け込んでいった。

 





(了)


拙作をご覧くださりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ