残酷な俺
亮介の葬儀は彼女には内緒で行われた。
あの日から何度洗っても、
亮介の血の匂いが手にはしっかりと残っている気がする。
それはきっと俺の勘違いなのだろうけれど
その匂いが鼻の奥でツンとすると
フラッシュのようにあの時のことが戻ってくる。
そのたびに…俺の身体が震えだす。
あの日、
俺は彼女の両親や部長らに事情を話したのだが
正直頭がボーっとしていて上手く説明できなかった。
しかし、俺が決めた事。
それだけはしっかりと伝えることが出来た。
―俺が……田村亮介になります―
お母さんは反対だと言った。
俺の気持ちも知っていたらしいし、
『誰かの代わりになんてなれないの』といわれた。
それでも俺は反対するお母さんや部長の意見を無視し、
アイツになることを決めた。
彼女にはアイツの声が出なくなったと伝えた。
だから俺は別の物で話し掛ければいい。
声が判断できないような物で。
そこまでしないと…彼女の笑顔は守れない。
「アスカ」
「…亮ちゃん」
彼女は最初、この電子音を嫌がった。
俺が使ったのは子供が「あいうえお」なんかを覚えるのに与えられる電子機器。
それのコンパクトなヤツを手に入れたのだ。
感情の篭っていない音声。
そして何より彼女が悲しがったのは
自分の好きな声が聞けなくて寂しいとの事だった。
「ゴメン ナ」
「どうして…謝るの?」
「…ボクガ コンナコトニナラナケレバ…」
「そんなこと…!!」
俺は彼女の笑顔を守るために
亮介になった。
なのに…なのに彼女は笑わなくなった。
「ゴメン」
「…ねぇ亮ちゃん」
「ン」
「この間ココにね、吉田亜由美が来たよ」
その名前を聞いてドキっとする。
話さなかった事故の真相…。
「…ねぇ、亮ちゃんが事故したのって吉田さんを助けたって本当?」
「…」
「…本当なのね?」
「ゴメン カクスツモリハ ナカッタヨ。
…ケド ケドネ キミガ カナシムト オモッタカラ」
「…私のせいにするんだ。」
「アスカ」
「別に責めないよ…。
亮ちゃんは一人の命を救ったんでしょう。
私が怒っているのはねそのことを話してくれなかったから!!
亮ちゃん…おかしい。
今までそんなこと隠さなかったのに…」
彼女がすすり泣く。
何もかもが上手くいかない。
俺が良いと思ってしても何も…かもが…失敗。
亮介…
どうして俺にこんな事…
「…ご、ごめんなさい」
俺は慌ててパネルを押す。
「ドウ シテ アヤマルンデスカ?」
「亮ちゃんだって…私が見えないのと一緒で
話せない事が不便で、不安だよ…ね。
責めてごめんなさい」
そう言って彼女が手探りで俺の手を探し握った。
「…なんか感触…」
「…イッショ ダヨ」
「・・でも」
「ボクハ ココニ イルンデスカラ」
そう言ってそっと握り返した。
彼女が俺に抱きつく。
バレルのではないかと思ったのだが大丈夫なようだった。
「また…撮影あるのかな?」
「サツエイ」
「…うん。
式。結婚式」
「…タノンデ ミマス」
「…それは疑問文なのかなぁー
それともしますね!なのかなー」
彼女がクスクス笑う。
やっと笑ってくれたということで心が緩む。
「ギモンブン デス」
「ふふ…
お願いします」
俺は頷く。
彼女はそれに気づけるのだろうか?
え
唇に柔らかい物が触れる。
それがキスだとわかるには少し時間がかかった。
「ヘヘ」
横で照れ笑いする彼女。
グっと俺の胸が痛くなる。
思わず顔が緩んでギュっと手を握る。
「そろそろだね」
彼女は時間を気にしていた。
「…デス。
オヤスミナサイ」
俺はそう言うと彼女の頭を撫でる。
彼女は手を振りながら『さよなら』と言った。
病室を出た瞬間、俺の膝はカクンと折れた。
俺は…
俺は…
今…
親友の死を…
一瞬でも……
喜んでしまった。
残酷なほど夕日が綺麗で輝いていた。