待ちぼうけの花嫁
まちぼうけの花嫁
「…なんだアイツは!」
「あなた…落ち着いて」
「大丈夫ですよ。
これは本物の式ってわけではないですし、
多少の遅刻かまいません」
「…ったく」
「んー。
でも亮は時間だけは守るやつだったんですけど。
中尾も来てないのかー。おかしいな。」
さっきからみんなが騒いでいる。
亮ちゃんが来ないらしい。
私もさっきから電話をかけているんだけど繋がらない…
嫌な予感もしてくる…
何も…ありませんようにと祈る。
そっと耳をすませる。
あの人の足音はわかる。
集中すると、これだけ騒がしいはずなのに
音無しの世界へと入り込む…
ズ…ッズ…ズッ…
引きずるような足音がこっちへと向ってきている。
…亮ちゃんの足音じゃない…。
けれど、その足音は一歩一歩とこっちへ向っている。
そして大きな音を立てて扉が開く音がした。
周りが本当にシンとなる。
…そう。彼だ。
「亮ちゃん!!」
私は音のほうへと振り返る。
楽しみにしていた…今日。
彼女は扉を開くと同時にこっちを向いて笑顔になった。
少し泣きそうな表情も隠れている。
そのまま何も言わずに
(周りでは質問と、俺を凝視している奴等がいる。)
彼女へと歩み寄りギュっと抱きしめた。
自分の衣服に付着していた赤黒い血がいくつか彼女の着ているドレスについた。
…悪いが気にはしない。
「…何…このニオイ…」
「・・・・・」
「…血?」
俺は小さく頷く。
俺の首が動いたのを察したのか彼女は心配そうな眼差しを向けてくる。
「…どうしたの?
何があったの?ねぇ、中尾君。」
どうして…俺だと・・
「…俺だってわかるんですか?」
「…うん。
抱きしめてくれる感覚が違うし。
それに血のニオイが混ざってわかりにくいけど。
中尾君と話しているときに感じる中尾君の香りがする。」
きっと香水のことだろうか…
俺はそのままもう一度ギュっと抱きしめる。
「ねぇ、何があったの?
亮ちゃんは?一緒なの?」
「…瀬戸さん。
落ち着いて聞いてください。ちゃんと、最後まで。」
「…何?」
俺は大きく深呼吸をする。
気持ちを落ち着けて彼女を強く、強く抱きしめた。
「亮介が…交通事故に遭いました…。
トラックと…ぶつかって…」
彼女の目が透き通った。
そしてそのまま膝をカクンと折って座り込んでしまう。
「瀬戸さん…」
「りょ…亮ちゃ…りょ…亮ちゃん…亮ちゃん…」
「落ち着いて、聞いて!」
「亮ちゃんは?ねぇ中尾君!亮ちゃんは?」
一緒になって泣き出しそうになるのを堪えながらもう一度息を吸う。
アイツには何も言うなと・・言われたけれど…ゴメン。
「大丈夫です…。
突然話さなくなって焦ったんですけど
サスガ亮介です。
今はちゃんと意識もハッキリしています。
…ただ、声が出ないんです。
それ…だけで…後は奇跡的に。」
「…亮ちゃんは…生きているのね?」
「はい。
瀬戸さんをおいてなんか逝かせません。
俺が許しませんよ」
「・・よか…よかった…う…うぅ…良かった…あ…ぁ…う…」
泣き出す彼女を抱きしめながらそっと立たせた。
「すみません、事情はちゃんと話します。
撮影…式を中止にしてもらえませんか?」
部長さんが駆け寄ってくる。
「おい…どうした?
目…赤いけど…何があった?
亮に何があったんだよ!!!」
俺はその言葉を無視し、
念のために来ていた彼女の担当医を呼ぶ。
「先生、彼女を病院へ戻らせてあげてください。」
「え…でも。」
「お願いします。
後ほど、お話に伺いますので。」
担当医は頷き、彼女に何か言った後その場を離れさせた。
彼女は何度もこちらを振り向きながら
「中尾君、会わせて!亮ちゃんに、会わせて!」
と、言っていたが、俺は何も言わなかった。