母の手
何も出来ない。
わかっていたことだというのに
それに自分が気づいたとなると苦しくて仕方が無かった。
「元気ないね。」
僕は顔に出るタイプみたいだ…
中尾にもよく何あるとすぐにバレル…。
今回だってそうだ…今回も…
「吉田さん!?」
陶芸科の彼女がどうしてここにいるのか・・・・。
「ん。中尾君と田村君が見えたから。
最近話してないでしょー?」
明日香は彼女と僕が話すことをよく思っていないのか
吉田さんの話をするといつも顔を曇らせる。
だからあまり接しないようにしてたのだ。
「…まーいいや
ちょっと声かけただけだから私戻るね。
またねぇー」
そう言って去っていく彼女の背中は少し寂しそうで
話すくらいなんともないんだからもう少し笑顔で接するべきだったと
後悔しても遅かった。
僕はスケッチブックに目を戻す。
下書き途中の景色。
僕の絵はいつもパっとしない・・・。
思わずため息が漏れる。
「おいおい。
幸せ逃げるぜ」
「ん…
なぁ、彼女…なんなんだろ」
「え、お前わかってるっつたべ?!」
「あ、うん。
でも…さ、うーん…
案外お前が…」
「はいはい。」
吉田さんにハッキリ言われたわけではない。
あなたが気になります。
言われたのなら断れる…。
ただ、僕と中尾の間だけで予想している話なわけで…。
明日香もそれに気づいているのだろうか?
「なぁそれより亮介君。」
「な、なんだよ…気持ち悪い」
「クリスマスはどうお過ごしで?」
「ん…そりゃ…」
突然中尾が頭を抱える。
「だよな…だよな!
瀬戸さんとお過ごしでだろうなー!
ぁ!!!イヴはどーだ?!」
「同じく・・・・」
「あああああああああああ
俺何してんだよおー」
意味がわからないのでとりあえず頭を殴ってやる。
殴られた部分を擦りながら涙目でこっちを見る。
…ヤメロ
「クリスマスに…無理ならイヴでいい!
合コンしませんか!!」
「しない」
「あう」
「イキナリなんだよ。」
「いや…な。
昨日俺財布忘れてさ…朝から何も食ってなくて限界寸前で…
お前に借りたかったけど昨日お前ツンケンっていうか…変だったし。
だから我慢してたらな、横山…が、
お前を合コンに誘ってくれるなら奢ったるってよぉ…」
「で、引き受けたってわけか」
「うん。
まさかクリスマスとは思わなくてさー…
俺も行かないんだけど…駄目か?」
「無理」
「おい!助けてくれよ」
僕はまたため息をはく。
コイツはいつもいつも…。
「中尾財布の中いくらだ?」
「…740円」
「昨日の代金は?」
「ん…550円の定食。」
「払って来い」
よし、解決。
僕はそのまま中尾を置いてバイトへと向う。
何か叫んでいるようだがキリがないので・・・無視。
帰宅すると母がプレゼントを大きな白い袋に入れていた。
何か言われたわけでもないのだが
横に座ってそれを手伝う。
よく珍しいと言われるが
うちは両親と仲がいい。
反抗期も小さなもので友人たちのように
親と話をしなくなったり、グレたりはしなかった…と思う。
まじめなわけでもないのだが
いつもうちはフレンドリーってやつだ。
高校までは悩みなんかをよく母や父に聞いてもらったり
両親の悩みを僕が聞いたりとしている。
よく、娘と母親がなると言われる友達親子…だっけ。
それに近いのかもしれない。
けれど、叱る時には叱ってくれる。
まぁ甘やかされてきたわけでもないのだが
とにかく僕自身も気が楽な人たちだった。
「今日はうまい棒ないわよー?」
「ん…あれは酷かったな。」
「あらあら、そうね。
亮介はめんたいこ味だっけ?
お母さんはコーンポタージュ派だから」
そう言って母は鼻歌を歌いながらプレゼントを入れる。
大きな物から入れているのがわかり
僕は大きめの箱を手渡していく。
「ランダムに渡すの?」
「んー…プレゼント交換。したことあるでしょう?
最初にねジャンケン大会を開いてー、
勝った子から順番に袋の中の物を取らせるのよ。
で、後は各グループに分かれてグルグルっとね。
一応そのグループは決めてあるのよ。
まあー、ジャンケンで勝った子からすれば
せっかく勝ったのにこの小さいの!?ってなるけれどね」
そう言ってクスクスと笑う。
うちの家のクリスマス会はいつもそうだ。
うちに集まってしたときは母がそうする。
僕だって一度それで泣いたことだってある。
「毎年そうしてるもの。
だからもうみんな慣れてるでしょうね」
「…母さんって好きだよね。」
「ん?」
「子供の面倒見るの」
「そうねぇ。
お母さん子供大好きですもの。
このクリスマス会の実行委員だけは外れたくないのー」
そう言ってニッコリ笑う。
両親は大の子供好きだ。
しかし母は子供が出来にくい身体と聞いた。
やっとのことでできたのが僕らしい。
だから自分たちの子供のようにして町内の子たちの世話も焼いている。
「でも、寂しくなるね。今年のクリスマス」
「え?」
「ほら、お父さんは仕事柄でクリスマスはお仕事じゃない?
まあ、あんたが小さな頃は帰ってきてたけど
中学生になってからはお仕事に行くようになったし。」
父の仕事はパティシエだ。
クリスマスは忙しいので家にはいない。
休みの日なんかよく母とお菓子を作っているのを見かける。
「うん、いつものことじゃないか。」
「けど…今年は亮介がいない」
「あ…」
そうだ…
僕はいつもどういうタイミングか、
クリスマスに彼女と過ごすようなことはあまりない。
いつも手伝いだとかそんなので町内のクリスマス会にいた。
高校の時一度だけ恋人と過ごしたがそれっきりで
クリスマス以前に別れてしまうかそれ以降に付き合うことが多かった。
「…どうしていないとか言うかなー」
「あら。
バレテないと思ってるのー?
あんた彼女いるじゃない。
今回は久しぶりに長続きしてるのね。
あんたいつもフラレテルものねぇ。」
母は笑顔で痛いところを突く。
「でも…最近元気ないのね。」
何でもお見通しよ。
そう母は言った。
打ち明けるべきなのだろうか。
高校生になった辺りから母に悩みを打ち明けることは滅多としなくなった。
そりゃ、フラレターとかそんな愚痴はこぼしたが…。
母はどう思うのだろうか。
明日香…明日香のことを…
「母さん、僕は今年の入学式の日に出会ったときから
その人に恋してた。」
「うん
そうね。あなたその日からとても輝いている」
少し照れながら話を続ける。
「それで…告白…したのかな…
まぁ、なんか流れ的に付き合えるようになって
実は両思いだったみたいな感じで…
毎日が変わった。
今までの誰よりも好きだと思えた。
大事に…大切にしたいと思った。
そんな彼女が…
ある日を境におかしくなった…
浮気とかそういうのじゃないけど…うん。
ソレの原因が…
母さん、緑内障って知ってる?」
母は少し黙り込んだ後小さく頷いた。
「彼女…それなんだって」
「…緑内障って、確か成人っていうか…
中年とかそれくらいでなりやすいって…」
「うん・・
彼女のおじいさんだったかな…が緑内障だったらしい。
血縁関係者に緑内障の人がいると感染することもあるんだって。
それらしい…
彼女はそれを認めたくなくて誰にも話さなかった。
…僕にさえ。
そして・・・・」
「手遅れになった…?」
母は僕が先を言うのに苦しんでいるのを見てか
続きを口にした。
僕は小さく頷く。
「今では光が少し差し込む程度らしい。
だから窓際にある病院のベッドには歩いていけるけれど
僕らの顔はわからない…
でも、彼女は懸命に生きている。
なのにさ…薬である目薬の副作用が酷いらしい。
ふらつきが現れるらしいんだけどそれが半端ないって…
彼女…まっすぐに支えがないと歩けない…」
僕は今日見たことを感じたことを曖昧な言い方だったが全て話した。
母は黙って聞いてくれていた。
泣きそうになってグッと堪えると手を握って首を横に振った。
コレが、『堪えるな』という意味と気づくのに数秒かかった。
でも僕はこらえようと奥歯をかみ締める。
でも…溢れてくる。
「亮介…
どうして無力だと思うの…?
何も出来ていない…本当にそう思うの?
彼女を抱きしめる、彼女を励ます。
それが本当に意味の無いことだと思っている…?
それは間違いよ。
ほら、お母さん、子供が出来にくいっていうのはもう知ってるね?
それを知った時すごく悲しかった。
今でもそう…
お父さんとも別れを決意した。
あの人、子ども大好きですからね。
けれど、その時あの人は私の傍を離れずずっといてくれた。
抱きしめもしてくれたし
『一緒に頑張ろう』とも言ってくれた…
それがどんなに支えになったと思う?
そりゃ、亮介はお医者さんじゃないもの。
だから彼女の病気を知らないのもリハビリを手伝えないのもどうしようもない。
それにね、リハビリの時彼女は泣き崩れたのよね?
それが亮介相手だったら出来ないと思う。
彼女はそれを溜めて…溜めて…逆に苦しむと思うの。
だから今のままでいいのよ。
あなたはあなたに出来ることをしてあげればいいの。
傍にいてあげて…
励ましてあげて…
それが出来ないのなら…離れてあげて…」
離れる…
これは別れろ。そういう意味だろう。
僕に…出来るだろうか。
「出来るよ。
お父さんの子ですからね」
母の手のぬくもりは彼女から感じたぬくもりと似ていた。
こんなにも安心できる空間が家…いや、母だと知るのは遅いな…
前へ進もう
彼女と一緒に
僕がしょげてちゃいけない
彼女が笑顔になるには
僕も笑っている
ソレが一番なんだ
無理した笑顔ではなく
心からの笑顔
もう
大丈夫だな?
もう
しょげないな?
そう
僕は進む
前へと
明日へと
未来はきっと
明るいはずだ