表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたへ  作者: 深崎 香菜
21/35

リハビリ

先月の終わりからちらほらと飾り始められていた

クリスマスの飾りつけ。

しかしクリスマス一週間も前となると

飾りつけはもう本格的なもので、綺麗の一言でしか表せない。

(まぁ僕は小学校から作文はDマイナスなのだが。)

昨日は母親に町内でするクリスマス会で

子供たちに配るプレゼントを買いに行くのに連れて行かれた。

僕は車の免許も持っていないので

ただの荷物もちという形なのだが役に立っていたみたいだ。

帰りに笑顔で

「はい。お駄賃」

と言ってうまい棒を一本…もう子供じゃないぞ?!

 

おもちゃ屋さんはサンタクロースたちが買い物に来ていた。

母親サンタから伝言か受け取った手紙だろう。

それを見ながら一つのおもちゃを探す。

毎年見られる光景だが僕は好きだ。

僕が幼い頃も、自分の時もこうやって

サンタクロースとなってくれていたのを

今更ながらありがたく思えた。

 

 

『ショートケーキ1ホールXXXX円〜ご予約受付中!』

その札を見て彼女との約束を思い出す。

そうだ、ケーキを予約しないとだ。

そう思いいろいろなケーキ屋さんを回って

一番可愛らしくて僕の目から離れなかったケーキを予約した。

チーズケーキなのだが上に生クリームが少しだけ乗っていて美味しそうだ。

僕はそこのケーキ屋のパンフレットを持ち帰り、翌日彼女に見せた。

 

「またバイトさぼったんじゃ…」

「違いますよ。

 昨日は終わってから見てたんです。

 で、このケーキにしたんですけどよかったかな?」

「うっわ…ぁ…。

 これた、高いんじゃない?!」

「いや、そんなに」

値段を指差すと彼女は感激していた。

僕も最初高いんじゃないかと思ったのだが見た目の割にそんなに他と変わらない。

「これは絶対美味しいわー

 亮ちゃんありがとー!これだとカツどんいらないね」

そう言って舌を出して笑った。

僕もそれに応えて笑う。

 

「調子はどうですか?」

「うー…ん。

 やっぱりふらつきとかが酷いかな。

 この間もトイレに立っただけでコケちゃった…」

「あす…」

「でもね、私負けないよ!

 このふらつきもだんだんと慣れてきてこうしたら支えられるなーとかわかってきた。

 だからね早く慣れて頑張って、一年の記念日までには解放してもらわないとっ

 まぁ、この治療は一生続くらしいから終わらないけどさ。

 入院生活はもうヤダー」

意外にもこの間より強くなっている彼女に驚いて僕がぽかんとしていたら

彼女が僕の顔の前で大きな音を立てて手を鳴らした。

「な…?!」

「何ボケーっとしてんの。」

「あ、すみません」

「しっかりしてよぉ?」

「はい」

彼女が強くなろうとしている。

だから僕も、彼女のソレに付き合おうと笑顔を見せる。

 

 

 

クリスマスまでの間、僕が何度が病室に訪れたとき

彼女の姿が見えないことがあった。

彼女は五分待っていても帰ってこなくて心配になる。

 

―この間もトイレに立っただけでコケちゃった―

 

嫌な予感がして僕は病室を出る。

すれ違った看護師さんに声をかけられた。

「あ、瀬戸さんの…」

「あ、ど、ども。

 あの、明日香…彼女ドコにいるかわかりますか?!」

「な、何かあったんですか?」

「い、え…彼女が帰ってこなくて…」

「…あぁ

 瀬戸さんならね、三階のリハビリルームでリハビリ中よ。

 そこのエレベーターを降りてすぐ右です」

僕は軽く頭を下げてお礼を言いエレベーターに乗り込む。

リハビリ…?

ふらつきが酷いといっていたがそれを支える?

 

 

 

こっそりと中を覗くと

奥のほうで壁に手をつきながら歩いている彼女の姿を見つけた。

彼女は十歩ほど歩いたかと思うと壁とは反対側にふらついて倒れそうになる。

それを男の人が支えている。

リハビリの先生なのだろう。

彼女はそのまま崩れこんだ。

何事かと駆け寄ろうと僕は中に入る。

小さな声だったが彼女の声が聞こえた。

 

 

「…無理なのかな。

 支えなしで歩けなくなるのかな…

 こんなに酷いふらつきがくるなんて…思わなかったし…」

「明日香ちゃん、頑張ろう。

 ほとんどの人はこんなに酷くならないんだよ?

 だからきっと今だけだろうからさ…

 もう少し頑張ろうよ。

 目標…達成しないといけないだろ?」

「でも…先生…

 全然駄目じゃん…ねぇ、私もうだめなの?!

 このまま車椅子なんかで生活するの?

 私の足には支障はないのに・・・どうしてよ…どうしてこんな薬…

 たかが目薬じゃないの…なのに…うわあああああああああああああ…」

先生は泣き崩れてしまった彼女の背中をさすっている。

僕の足は自然と止まり…いや、固まってしまった。

動きたくても動けないのだ。

 

 

彼女に…近づけない。

 

 

「明日香ちゃん、今日はもう終わりにしよう。

 後で外の空気でも吸いに行くかい?

 あ、でもそろそろ彼氏が遊びに来るかな?

 さ、どうしよっか。とりあえず立てるかい?」

一向に立とうとしない彼女をゆっくりと立たせた。

僕は…逃げた。

 

 

 

 

何も見ていない

 

何も見ていない

 

何も見ていない・・・・・・

 

 

僕は今何も見なかった。

僕はまだ彼女がリハビリを始めたことを知らない。

そう、それでいい。それでいいんだ。

 

僕は彼女の病室に入りベッドの横のいつもの椅子に座って

来る前に買ったコーラを飲み干す。

その瞬間に扉が開いた。

「あ…」

「あ、明日香、何処行ってたんですかー」

「え、えと・・」

「明日香ちゃん、彼氏来てるじゃないか。よかったね

 それじゃあ、また…来週の検査でね」

先生はリハビリとは言わなかった。

彼女が僕に内緒にしようとしている事だろうか。

先生が去った後、彼女がゆっくりと車椅子を動かす。

僕の顔を見ない…泣いてしまっていたからか…。

 

いつものように…いつものように…

 

「あっれー…。

 明日香泣いてる?」

「え…さっき…派手…に転んで…

 う、うで……う、打ったの」

「そっか。イタイイタイのとんでけー」

僕はさっき彼女が倒れそうに鳴った時かすかに打撲したであろう腕を見ていた。

そこをゆっくりと撫でた。

「え…」

「ここ…ですか」

「う…ん。

 でも、なんで…」

何も言わせないようにギュっと抱きしめる。

 

僕は…無力だ

 

こうして抱きしめることしか出来ない。

これが彼女にとってなんになるのだろうか。

僕が抱きしめたからといって彼女を苦しめている副作用が消えてしまうのか。

僕が大丈夫、と言って抱きしめたからといって

彼女の視力が回復するのか…

 

全ては気休めなのかもしれない。

そう、僕には何も出来ないのだ。

さっきの先生のように彼女の歩く練習をすることもできなければ

彼女の病気をネットや本を数冊読んだだけで治療法がわかるわけでもない…

そんなこと今更気づくのは遅いだろう。

今更ながら…悲しくなった。

 

「なんと…なくですよ」

 

僕はハッキリと言えずはぶらかす。

別にいいじゃないか。

リハビリしていると聞いて見に行ったんだ。

そういえばいいじゃないか…

 

 

けれど…

いえない僕は弱虫過ぎた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ