久々の顔
「寒いいいい!」
「文句言うなよ!元々はお前のせいだろ?!」
今年は珍しく雪が降った。
毎年少しは降るのだがこんなにも積もったのは久しぶりな気がする。
そして僕らは雪かきをさせられているのだ。
(北海道とかもっと田舎の人からしたら
こんなの大した事ではないだろう。でも、僕らにはキツイ!)
事の始まりは…こいつ。
中尾のせいだ。うん.絶対。
「なあ亮介ッ
次の講義サボッテ雪合戦しね?!」
「はあ?
お前なぁ…小学生じゃねーんだから。
サボッテまでして雪遊びすんなよー」
「いいじゃねーか!
久しぶりに見たよーこんなん!
スキーとかボードの時の雪とは違うからな」
「お一人でお好きにぃ」
僕が笑いながら手を振ると中尾はブツブツ言いながら
他のやつらを誘いに行ったが全敗のようだ。
結局僕に
「馬鹿デッケー雪だるま作ってお前を中に入れてやるからな!」
と、子供じみたことを言い残すと外へ出て行った。
そもそも僕は寒いのが好きではないので
暖かい教室内にいたいわけだ。
中尾は本当に講義を休んで雪だるまを作っているみたいだ。
二時間続きの講義の間の休憩時間。
残りわずか一分というところで奴の携帯がなった。
「…持っていけよな」
そう言いつつ電話のようなので相手を見た。
女とか友達だったら流しすかな、と思ったのだが
『かーさん』と表示されていたので中尾がいる所まで
全速力で往復一分。
少し遅刻だが仕方が無いだろうと思い走った。
「おーい」
中尾はこっちを振り返るととても嬉しそうな顔をした。
次に出てくる言葉が予想されたので先に言ってみる。
「りょ…」
「雪遊びはしないぞ!
ほれ、おばさんから電話だって。
さっき鳴り止んだから掛け直してみな」
僕は携帯を手渡すと教室へ戻ろうと反対を向く。
すると中尾が僕の背中を掴んだ。
「な、何すんだよ!
僕は講義さぼらないよ?」
「ちょ…っとだけ待ってて」
「なんでだよ」
「昨日…俺…家帰ってなくて・・・
あ、やらしい意味じゃないぞ?
男同士で飲んでてさー連絡…忘れてたんよ
で、きっと怒ってるなぁ…早く子離れしてくれー…」
僕は嘆く中尾を振りほどく。
「自業自得」
しかし中尾は諦めない。
そうやって言い合いをしているとそこから数メートル先にある
焼き物などをする釜がある小屋から鬼が…
「おまーら!
静かにせんか!!!
ん…水彩科のガキか。
ほーサボリか」
鬼…と呼ばれる鈴村教授。
もう相当な歳なのだろうがずっとここの教授をしている。
もう40年以上はいると聞いた。
怒ると何をしてくるか…わからないから鬼だ。
「今の講義終わったらワシのとこに来い。
三分以内だ。遅れたら…」
ニヤリと笑った顔に恐怖を感じる。
ぼくらは大きな声で返事した後教室へとダッシュした…。
「ああああああ
あの時雪だるまなんか…」
「僕なんか巻き添えじゃないか」
と、いうわけで
教授はサボリを自分のせいにしてやるからと言い
そのかわり一番雪が積もってしまった釜小屋の周りの雪かきをさせられている。
「こんなに・・降ってたか?!」
「…教授はこのこと未来予知してたんだよ!」
それはありえなさすぎると笑おうとしたのだが
「それはありえないでしょー」
と、違う声が割り込んできた。
振り返るとこの間の女性が立っていた。
「あ、吉田さん」
…だっけな。
「亜由美でいいよ」
吉田さんはそう言ってニッコリと笑った。
「今日教授がぼやいてたのって田村君たちのことだったんだね」
「ぼやいてたんだ」
「んー。まぁ最後にはいい具合に使えるって喜んでたよ」
またニッコリと笑う。
あんまり嬉しくないような…うん。ないな。
「あ、初めまして。
私陶芸科の吉田亜由美です」
中尾を見て挨拶をする。
「あ、中尾です。コイツと一緒の水彩画科の。
中尾拓馬です。よろしくねー」
吉田さんはまたニッコリと笑い握手をした。
この間も思ったけれど落ち着いた人だなあ…。
「手伝ってあげるよ」
そう言って手にスコップを持っているのを見せる。
「私地元が岡山でね、結構降るんよ」
確かになれた手つきだった。
吉田さんのおかげで作業は着々と進み
そんなに時間がかからなかった。
吉田さんはその後、
「教授が見たら怒るだろうしね
私は退散するよ」
「本当にありがとう」
「ありがとねー」
「いえいえ。
もう講義さぼったらだめだよ」
今度は悪戯そうに笑い荷物を持って正門へと向っていった。
「瀬戸さんも大変だよなー…
さ、俺らも帰ろうぜ」
「何が、大変なん…ブヘ」
雪球が顔に命中する・・・・・
「お前・・・・」
その後子供のように雪だまをぶつけ合った。
そして雪が溶けだしていてベチョベチョ道に差し掛かったとき
笑いながら雪合戦は終了した。
「あれ、今日バイトじゃ…」
「へへ。
いやー…鈴木教授につかまりました
全部…中尾のせいですけどね…まったく」
「実は雪が降って喜んで遊んでたら講義サボッタとかはなーい?」
彼女がニヤリと笑う。
「それをしてたのはアイツだけです。
巻き添えです、巻き添え!」
「で、何させられた?」
「雪かき…
釜小屋のまわりすごかったんでねー。
あ、でも吉田さんがきてくれて終わったんですよ。
僕らだけだと未だにしてました」
僕は苦笑いすると
彼女が少し沈んだ顔をした。
「…?」
「あ、ご、ごめんね。
でも来てくれて嬉しい」
「ほら、最近二人の時間が減ったでしょう?
この間…の見られてから瀬戸さんの監視が…」
「亮ちゃんお父さんのことそう呼ぶようになったのなんで?
最初はお父さんって言ってたのに。
お母さんのことはお母さんなのにね。」
「んー…
なんとなく『お父さん』のままだとぶっ飛ばされそう」
苦笑いすると
彼女はおなかを抱えて笑い出す。
そ、そんなに笑うなー!!
「なーるほど。
亮ちゃんのビビリー」
「…それは言い返せないぞ・・・
そ、それよりクリスマスですよもうすぐ!」
僕は話題を必死に変えた。
この話をするときっと彼女が喜んでくれると思ったからだ。
クリスマスは僕らの八ヶ月記念日より少し後なわけだが…
「どうしましょっか。
記念日と一緒にします?」
「…ねえ亮ちゃん。
どうやるの?無理じゃ…ない?」
「え?」
「私、出かけられないと思うの。
最近…副作用がきてるみたい…
そうお医者さんが言ってた。
よくね、頭がぼーっとなってふらふらするんだ。
それを話したら薬の副作用だって。
でもね、前までは大丈夫だったけど一昨日から立ってられないの…」
泣きそうになる彼女の頭を撫でた。
彼女が使っている薬で現れる副作用のうち、
こんなのはまだマシな方だ。
だから少し安心した僕は落ち着いていることが出来た。
「無理なわけないです。
ここですればいいんですよ。
食事制限とかあります?
ないなら僕はケーキを買って、チキンを買って
それでもってプレゼントを買ってここにきます」
「で、でも私、プレゼントも自分で…」
「いりませんよ。
だから泣かないで下さい。
なんとだってできるんです」
そう言って笑って見せると彼女は泣きながらしがみつき
「ありがとう」と言っていた。
感謝されるようなことは決してしていないと思う。
けれど、彼女にとって僕の一言が支えになったという証拠なのだろうか?
「よし、こうとなったら
記念日+クリスマスということで
盛大にしないとなー。
何が食べたいです?」
「え、えっと。
チキンと、ケーキ…ケーキはチーズケーキかな。
でー…あとーカツどん?」
思わず吹き出してしまう。
「どうしてクリスマスにカツどん(笑)」
「あ、変だよねッッ」
「んーこうなったら出前でとっちゃいましょう。
特盛りいっときますか!」
彼女はすごく嬉しそうな顔で喜んでくれた。
僕らは久々に面会時間ギリギリまで話、
以前はあたりまえだった別れのキスをして僕は病室を出る。
「亮ちゃん・・!」
ドア越しにだが彼女の声が聞こえたのでもう一度開ける。
「あ、れ・・なんでもないの・・・」
「どうしたんです?
いまさら遠慮とかなしでお願いしますよー?」
「うん…なんかわかんないけど…今呼んじゃった…?」
ポカンとした顔をする彼女。
僕はそれがおかしくて笑った。
久しぶりに彼女が顔を真っ赤にする。
「も、もう、亮ちゃん嫌いー!!」
そう言って怒る彼女にゆっくりと忍び寄った。
そして膨らましている頬をそっと潰し、
口から空気が飛び出そうとしたのを僕は自分の口の中で受け止めた。
そして彼女から唇を離してその空気を顔にかけてやった。
「な、な、な?!」
「おやすみなさい」
そう言って頭をグシャグシャの撫で、
僕は病室を出た。
久しぶりに見れた彼女の真っ赤な顔と嬉しそうな笑顔に
僕の心は久しぶりに彼女でいっぱいになってくれた。