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第八話


気分がすっきりしたら、食事もお酒もまた美味しく感じるようになった。

それで勢いが付いて、榊さんのことをもっと話したくなった。

せっかく話題が出たことだし、思い切って、彼女のことを訊いてみたい。


「榊さんて、いつも結婚とか彼氏の話になると、 “自分はいいの” って言うじゃないですか?」

「ん? ああ、そうだな。」

「本当に結婚しないつもりなんでしょうか?」

「さあ、どうだろうな。」

「あんなにいい人なのに…。」


槙瀬さんは「ククク…。」と笑いながら、グラスを口に運んだ。

そのあとちらりと俺を見て、箸を手にとりながら言った。


「いい人か?」

「いい人ですよ。」


言い返すと、またちょっと笑った。


「まあ、確かに仕事もできるし、性格も悪くない。」

「ですよね?」

「見た目もそこそこ。」

「え、あ、まあ。」


“そこそこ” よりはもう少し上……かな。

彼女の容姿を気にしたことって、今までなかったけど……。


「でも、女っぽさはない。」

「え、でも、そこが榊さんらしいところじゃないですか。」

「まあ…そうかな。」

「そうですよ。変に色気のある人に比べたら、付き合いやすくていいと思いますけど。」

「あはは、そうだな。」


笑って同意したあと、槙瀬さんはなんとなくしみじみとした表情になって


「そうだよなあ……。」


と言った。

そして、笑顔で続けた。


「まあ、このままだったら、いずれ結婚するのもいいと思ってるけど。」


( “結婚するのも” ?)


「は? 誰とですか?」

「あ? だから、榊と。」

「え? 榊さんと……誰が?」

「俺だよ。」

「はあ!?」


気付いたら、手に握った箸が折れそうなほど握りしめていた。

なのに、そんなことを言った本人は、さつま揚げを美味そうに食べているだけ。


「や、やだなあ、槙瀬さん。急にそんな冗談言ったりして。あははは。」

「そうか? そんなにあり得ない冗談じゃないと思うけどな、ははは。」

「……本気ですか?」

「変か?」


けろりとした顔で俺を見る。


「気心も知れてるし、結構上手く行くと思うけどなあ。」


(「上手く行く」って、そんなに簡単に……?)


「そ、そうかも知れないけど……。」


あまりにも急な内容で、頭の中が整理できない。

いろいろな思いをかき集めて、なんとか言葉にする。


「さっきは…、た、 “対象外” だって……。」

「まあ、あいつはそう思ってるだろうけど、」


(「あいつは」? 「けど」?)


「俺が『結婚するか。』って言ったら、『それもいいかもねー。』って答えるんじゃないかと思うぞ。」


(「思うぞ」って!)


なんでそんなに自信たっぷりなんだ!?

俺が気付かないところで、二人の間に何か取り決めがあったのか!?


「そうなんですか!?」

「まあ、たぶん。」

「い、いつから?」

「いや、特には……。」

「あの……、す、好き…なんですか? 榊さんのこと。」

「あー…、どうかなあ?」


(なんだ、そりゃ!?)


何も確かなものがない。

なのに、OKすると思うって!?


「ははは、もちろん、嫌いじゃないよ。女の中では、あいつが一番仲がいいし。そうだなあ……、まあ、いいパートナーって感じだな。」

「はあ。」

「まあ、若い紺野には分からないだろうけど、そういう結婚もあるってことだな。はははは。」

「はあ……。」


照れもせずにそんな話をして、平気でお酒を飲んでいる槙瀬さんを、信じられない気持ちで見てしまう。

でも、その間にも、二人が楽しそうにキッチンにいる姿や買い物をしている姿が次々と頭に浮かぶ。


(う……、お似合いじゃないか……。)


と言っても、以前から見ている光景だ。

背景が、居酒屋からキッチンやスーパーに変わっただけ。

いちゃいちゃしているわけじゃなく、笑顔で話したり頷いたりしているだけ。


(確かにこんな夫婦もあるだろうけど……。)


それに、槙瀬さんなら結婚相手として申し分ない。

明るくて頼もしい性格。

仕事でも優秀だって言われてる。

槙瀬さんに憧れている女子社員も少なくない。


そう。

結婚相手としては……条件は、申し分ない。


(でも!)


好きなのかと訊かれて、「どうかなあ?」って、何なんだよ!?

そんなの有りか!?

そりゃあ、そういう結婚もあるかも知れない。

あるかも知れないけど!


「あ、あの。」

「んー?」

「もし。」

「うん。」

「もしもですよ?」

「うん。」

「候補者がいたら……?」

「候補者? 榊に、ってこと?」


食べ物から目を上げた槙瀬さんに、コクコクと頷いてみせる。


「そんなの、今までだって何人かいただろ? でも、あいつがみんな適当にあしらっちゃったじゃないか。」


思い出した。

過去に彼女に近付いて来ていた男たち。


「ああ、いや、今までのはそもそも有望な候補者じゃなかったし……。」


槙瀬さんが少し考える。

と、突然ニヤっとした。


「有望な候補者。たとえば……、お前とか?」

「え!?」


心臓が爆発するかと思った。

急に酒がまわってきたみたいに暑くなって、思わずメニュー帳で顔をあおいでしまった。

そんなことをしたら、槙瀬さんに図星だと勘違いされてしまいそうなのに。


「はははは、いやだなあ、槙瀬さん。あくまでも、 “槙瀬さんのほかにいたら” って話ですよ。」

「そうか?」

「そ、それに、俺、年下ですよ? さっき、槙瀬さんだってそう言ったじゃないですか。あははは。」


槙瀬さんが、俺をじっくりと見る。

まるで品定めをするように。


「紺野とだったら、意外と上手く行きそうだけどな?」

「え、あ、そ、そん、そうですかっ?」


(なんだこれは!? 罠か!?)


何かの計画にはめられているんだろうか?

だとしたら、何の意味があるんだ?


噴き出してくる額の汗を、テーブルのお手拭きで拭ってしまう。普段は自分のハンカチを使うのに。

大きくなった心臓の音が、槙瀬さんに聞こえるんじゃないかと不安になる。


(こんな話になるはずじゃなかったのに!)


「ああ。お前なら大丈夫だと思うぞ。」


まるで、励ますように笑顔で頷いて。

かと思ったら、ふっと表情をゆるめて少ししんみりと言った。


「榊が自分自身でいられる男は、紺野と俺くらいだからな。」


(榊さんが自分自身でいられる男……。)


まだ焦りながらも、数日前に見た、榊さんの気弱な微笑みが目に浮かんだ。

そして、あの打ち明け話……。


「まあ、誰であったとしても、榊がいいと思う相手ならいいんじゃないか?」

「誰でも……?」

「ああ。それは榊の自由だからな。」


(「いい」……って、言うんだ……。)


そこで追加の酒が来て、榊さんの話は終わりになった。

でも、俺は動揺がおさまらなくて、そのあとに何を話したのかよく覚えていない。

ただ、何か納得できない思いが残っていて、それは何だろうと、ずっと考えていた。








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