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第二十五話


同窓会までの最後の週は、機会を見付けては榊さんと言葉を交わしながら過ごした。

朝の駅、廊下、給湯室、社員食堂。

長い時間ではないけれど、どこでも顔を合わせれば、俺は機嫌良く話しかけた。


榊さんはいつも楽しそうに応えてくれたけど、何度か戸惑いの表情を見せた。

俺はそれが嬉しかった。

なぜならその戸惑いは、榊さんが俺の行動に疑問を持ってくれている、ということだから。

けれども彼女は絶対に、「どうして?」とは尋ねなかった。


金曜の夜は、槙瀬さんと里沢さんも一緒に4人で飲みに行った。

その席で槙瀬さんが榊さんを同窓会のことでからかい、にぎやかな壮行会みたいなものになった。


俺は久しぶりに、榊さんと槙瀬さんの仲の良いやり取りを見た。

ポンポンとテンポの良い会話は、二人の遠慮のない関係を示していた。

槙瀬さんが榊さんとの結婚のことを話した意味が、今になってなんとなく分かる気がした。

二人の間には、榊さんと俺との間にはないものがある。

それを見せつけられると自信がなくなる。


(でも、俺は諦めない。)


弱気になる自分に、何度も言い聞かせた。

榊さんはまだ槙瀬さんに……、いや、誰にでも、決めたわけじゃない。

今は俺だって、槙瀬さんと並んでるはずだ。




そして、とうとう日曜日。


(そろそろ集まってるのかな……。)


朝からのそわそわが、夕方になってひどくなってきた。

何度時計を見ても、長針はさほど変わらない場所を指している。

このままだと、寝るまでに何百回も時計を見ることになりそうだ。


仕事に出ている日は忙しさで忘れている時間があるけれど、休日はそうはいかない。

何もすることがないと、ずっと榊さんのことを考えてしまう。

再会する榊さんとノート男のこと。

そして、ノート男以外の男たちもいるということを、きのうになって思い出した。


いくら榊さんが男が苦手でも、相手はそんなことは知らないのだ。

社会に出てそれなりに自信を持って生活している男なら、気になる女性と話してみたいと思うのは当然だ。

いや、それは男女を問わず同じだろうけれど。……榊さんはべつとして。

だから、榊さんのところにやってくる男だって絶対にいるはずだ。


だって、榊さんはものすごくいい感じのひとなのだ。


超美人というほどではなく、目を離せなくなるような体型でもない。

服装だって通勤服にアクセサリーを足す程度にすると言っていた。

だから目立たないかというと、そんなことはない。

あの笑顔と話し方があるから。


たぶん彼女は、職場にいるときと同じような笑顔で話をするだろう。

そして、気取らない話し方。

相手に合わせる話題。

それらが相手に与える印象は “安心” だ。

美人過ぎないことも、グラマーじゃないことも、 “安心” の要素に過ぎない。


“安心” 、つまり、ほっとする、ということ。

言い換えれば “癒やし” 。


きらびやかなホテルの宴会場での賑やかな集まり。

それなりにドレスアップしている女性たちの前で、少し無理をしている男もいるはずだ。

日々の仕事に疲れている男も。


そんなときに、ほっとするような笑顔が目に留まったら。

それが知り合いだったら。


(俺だったら、すぐに話しに行く。)


ぼんやりしていると、話したくない誰かに話しかけられてしまうかも知れない。

だから、迷わずに。


彼女はきっと、上手に相槌を打ちながら、楽しそうに話すだろう。

男が苦手だということは微塵も見せないで。


高校生のころはほとんど男と話したことがないと言っていたから、彼女と楽しく話ができた男は驚くかも知れない。

その意外性が、彼女への興味を湧きおこさせるかも知れない。

あるいは、彼女がこんなに話してくれるのは、自分に好意をもっているからだと誤解するとか。

自分と彼女の相性が良いと思い込んでしまうとか。

ここで会ったのは運命だと信じてしまうとか。


それはノート男であろうが、ほかの男であろうが同じこと。

そして、知り合いじゃなくても、彼女をターゲットに見定めた男にとっては同じこと。

同窓会で話しかけるきっかけを作ることなんて、合コンよりも簡単だ。


(……どうしよう?)


彼女がしつこい男を上手くあしらえることは何度か見て知っている。

でも、今日再会する男の中には、それで片付けられないヤツがいるかも知れない。

でなければ、榊さんの好みのタイプそのものの男が……。


(どうしよう!?)


胸騒ぎがひどくなってきた。

頭の中に、カクテルグラスを手にした榊さんが、男に何かを囁かれて驚きながら頬を染める、という場面が浮かぶ。

彼女に同窓会の話を聞いてから、この会場は、俺の頭の中ですっかり馴染みの場所になってしまった。


性質(たち)の悪いヤツにかかったら……。)


言葉巧みに彼女を安心させて、二人だけで次の店へ。

普段の彼女なら、そんな男に引っ掛かることはないはずだ。

でも、緊張して参加した同窓会でそんな男に会ったら。


(そうだ! それがノート男だっていう可能性だってあるんだ……。)


卒業後に手紙をくれた女の子。

そこにはお礼しか書いてなかったけど、想いが自分に向いていることには気付いただろう。

それを利用しようと悪心を抱くかも知れない。


(榊さん……。)


胸がドキドキする。

何かしなくちゃと思うのに、何をすればいいのか分からない。


(やっぱり榊さんは同窓会に出ちゃいけなかったんだ。)


あんなに嫌がっていたんだから。

きっと、虫の知らせだったんだ。

“出席したら大変なことが起こる” って。


(た、大変なこと!?)


自分で考えたことに慌ててしまう。

頭の一方では「落ち着け。」と声がして、もう一方では「危険だ!」と叫んでる。


(大丈夫だ。榊さんはそんなヤツに引っ掛かったりしない。)


息を大きく吸って、目を閉じる。

そして、自分ができることを考える。


(できること。)


テーブルの上のスマートフォンが目に入る。


(電話? メール? でも、何て?)


「同窓会は危険です」なんて言ったって意味がない。

俺の勝手な想像だと笑われるのがオチだ。

それに、榊さんは友達のために出席するんだから。


(そうだ。同窓会に出るのは止められない。)


だとしたら、そのあとだ。

会場から出てきたところを捕まえたい……けど、どこだか分からない。

東京駅の周辺だと聞いただけ。

駅で待つって言ったって、東京駅は広すぎる。


(だとすると……。)


残るは榊さんの住んでいる最寄駅。

そんな場所で待っていても、何も意味がないとは思う。

まるでストーカーみたいだとも思う。

榊さんがびっくりするだろうとも思う。


(でも。)


ひと目顔を見たら安心する。

無事に帰ってきた姿を見たら。


(行こう。)


始まるのは6時か7時くらいだろう。

とすると、終わりは8時か9時?

ここから榊さんの駅までは……30分もかからない。

夕食を食べる時間はあるから、暖かくして行けば、少し長く待ったって大丈夫だろう。


(うん、そうしよう。)


ここでイライラしているよりも、行動する方が気持ちが楽だ。







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