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第十七話


(あと2週間なんだ……。)


翌土曜日の朝。

遅い朝食のあと、ふとカレンダーを見て気付いた。

榊さんの同窓会まで、あと2週間しかない。

2週間後の日曜日に、榊さんはノート男と再会する。


(もちろん、あっちが出席しない可能性もあるけど……。)


どうしてもそうは思えない。


一人でぼんやりしていると、頭の中に浮かんでくるのはビュッフェスタイルのホテルの宴会場。

スマートなスーツを着た男が、女性グループで話していた榊さんに近付いて、低い声で名前を呼ぶ。

振り向いた榊さんが目を見開いて息をのみ、口の中でそいつの名をつぶやく……。


(いや! そいつから話しかけてくるなんてことはないに決まってる!)


そうだ。

あいつは榊さんの親切心を利用しただけの、自分勝手なヤツなんだから!


せっかく打ち消した場面がまたすぐに浮かんでくる。

飲み物のグラスを手に、女性同士で話をしている榊さん。

楽しそうに話しているけれど、その視線の先にはノート男。

視線を感じたそいつが振り向き、慌てて目を逸らした榊さんに気付く……。


(いやいや! 榊さんは「気付かれたくない」って言ってたじゃないか! 自分で見ていたりするもんか!)


すると、すうっと宴会場は消えて、現れたのは部屋の外。

広い廊下には濃紺のカーペット。


会場から出てきた榊さんが分厚いドアを閉めると、聞こえるざわめきが一気に低いうなりに変わる。

閉まったドアから廊下の奥へと体を向けると、そちらからスーツのポケットに手を突っ込んだ男が歩いて来る。

それを目にした榊さんの動きが止まる。

近付いてきた相手も彼女に気付き、目を見開いて見つめ合う……。


(いいや、見つめ合ったりしない。榊さんはそいつを避けるはずだ。)


硬い表情で下を向いて、そちらへ向かう榊さん。

足を速めてすれ違おうとしたその瞬間、「榊?」と声がかかる。

苦しい思いで、でも礼儀正しいさり気ない表情で、そいつを見上げる彼女。

男の方から「……元気だった?」と、ためらいがちな言葉。

それに答えようとする榊さんの瞳には、懐かしさだけではないきらめきが宿って……。


(ダメだ……。)


どうしても会ってしまう。

会って、お互いに高校時代に抱えていた想いがふくらんで。


(会ったら絶対に、それだけでは済まない気がする!)


次に会う約束をして、連絡先を交換して、二人だけで会って、お互いに好きだと気付いて……。


(そんなの認められるか!)


そいつは高校卒業以来、10年間も榊さんのことをほったらかしていたんだぞ!

それが同窓会のお知らせでいきなり復活して、榊さんをあんなに悩ませるなんて。

そんなゾンビみたいなヤツに、榊さんを譲るわけにはいかない!


(そうだよ。)


うじうじ考えてる場合じゃない。

俺が榊さんにとって必要な存在になること。

それが重要なんだ。

俺のためだけじゃない。

頼る相手のいない榊さんのためにも。


(謝ろう。一刻も早く。)


そう思ったら、すぐに体が動いた。






『はい。榊です。』


電波を通して聞こえた声は、いつもよりも小さく感じた。


「あ、あの、榊さん、俺……、すみませんでした!」


謝ることしか考えていなかったせいで、あいさつも何も出て来なかった。

ただ、謝罪の言葉と一緒に頭を下げるだけ。


「俺、勝手なことばっかり言っちゃって……、本当にすみませんでした!」

『あの……、いいよ、もう。気にしないで。』


やっぱり榊さんは怒らない。

少し元気がないようではあるけれど。


『あたしの方こそ、紺野さんを傷付けたみたいで……ごめんなさい。』


(榊さん……。)


淋しそうな声に胸が痛んだ。

俺を傷付けたと言っているけど、そのことで本当に傷付いたのは榊さんの方だと思う。

なのにこうやって自分を責めて、俺に謝って。

本当に申し訳ないことをしてしまった。


「あの。」


彼女を元気付けたくて、思い切って明るい声を出してみる。

いつまでも謝り合っていたら、榊さんがいつまでも自分を責め続けるような気がするから。

そんな状態は辛い。


「今、何をしてるんですか?」

『え? あ、ああ、お掃除の途中。』

「ああ、仕事中だったんですね。すみません。」

『あはは、いいよ、べつに急いでるわけじゃないから。』


笑ってくれた榊さんにほっとした。

いつもの軽い口調に思わず微笑んだ俺の耳に、彼女の声が続けて聞こえてくる。


『前に話したっけ? 土曜日は普段できない家の仕事をして、日曜日はゆっくり過ごすって。』

「ああ、そういえば、聞いたような気がします。」


答えながら、ふと、一つの計画が浮かんだ。


『だから今日は、まずお掃除をして、スーパーにお買い物に行って ――― 』

「明日は予定があるんですか? お友達と出かけるとか?」

『…え? ないよ。家でのんびりするだけ。』

「じゃあ、出かけませんか?」


榊さんが一瞬、黙った。

それから。


『………え?』


自信なさそうな声がした。

何か聞き間違えたと思ったのかも知れない。


「出かけませんか、俺と?」

『……は?』


(混乱してる……?)


そのまま無言で返事を待とうかと思った。

でもすぐに、機転の利く彼女なら、ソツのない断り文句を考えるのも簡単なことだと思い出す。


「仲直りの儀式です。」

『え?』


急いで考え出した理由に、彼女の戸惑いが伝わってくる。

でも、自分で言ってみたら、とても必要なイベントだという気がしてきた。


「これからも今までどおりに仲良くできるように、です。ほら、友達と喧嘩して仲直りしたあとに、一緒に何か食べたりしませんか?」

『あ、ああ、ええ……。』


榊さんもなんとなく理解はしたらしい。

とは言っても、俺がそんなことをしたのは高校生のころが最後だけど。


(そうか……。)


もしかしたら、榊さんは誰かと喧嘩なんかしたことがないのかも知れない。

自己主張をしない榊さんが、喧嘩になるほど他人と意見を戦わせるなんてことは、きっとないのだ。


『ええと……?』


まだ迷っている彼女の声が聞こえて我に返る。

そこで、一気に話の主導権を握ろうと決心した。

急いで頭の中のメモをたどる。


「俺、行ってみたいところがあるんです。」

『え、ああ、そうなの?』

「はい。俺一人では行きづらいところで。」

『……どこ?』


警戒された?

もしかして、誤解されたかも。


「あ、あの、変なところじゃありません。デパートです。」

『デパート? なんで一人で行けないの?』


榊さんの口調がいつもの調子に戻る。


「靴売り場。女性用の。」

『え? なんでそんなところ?』

「だって、榊さんが男の店員がいるって言うから。」

『え? 意味がよく……?』


俺が答えるたびに、「え?」と訊き直す榊さん。

そんなところにも彼女の混乱ぶりがうかがえる。


「榊さん、言ったじゃないですか。男の店員が、靴を履くのを手伝おうとするって。」

『あ、ああ、はい、そうだね。』

「だから。」

『それを見たいの?』

「はい。」

『へえ……。』


感心したようなつぶやき。

でも、OKしてくれたわけじゃない?


(あ。)


ふと、閃くものがあった。


「あのぅ……、ダメですか? こんなこと頼めるのは榊さんしかいないんですけど……。」


おずおずと尋ねてみる。

すると。


『あ、え、いえ、そんなことはないけど…。』


(やった!)


思わずスマホを握り締めてにんまり。

最後は俺の作戦勝ちだ。


「よかった。ありがとうございます。」

『え、ええ、ああ、はい。』

「じゃあ明日、10時に……ええと、榊さんがいつも行くデパートはどこですか?」

『あ、ええと、だいたい三浜が丘だけど…。』


三浜が丘。

榊さんの使っている駅と会社の最寄駅のあいだにある駅だ。

3つの路線が乗り入れていて、デパートは3軒あったはず。

ほかにもショッピングビルや地下街が。

買い物も食事も、あそこなら困ることはない。


「じゃあ、三浜が丘の東口交番前で10時に。」


そこでわざと、「いいですか?」という言葉を省いた。


「よろしくお願いします。」

『あ、ええ、あの、こちらこそ。』

「じゃあ、失礼します。」

『はい……。』


電話を切った表示が現れた画面を見ながら、再びにんまりしてしまう。


(分かった気がする……。)


榊さんにどういう態度で接すればいいか。

……というか、榊さんの弱点が。


(明日が楽しみだ♪)


すっかりデート気分。


(そうだ! 何を着て行こう?)


服を選ぶのに気合いが入るのなんて、久しぶりだ!







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