月宵闇姫
すいません、前から時代劇小説を書きたいな、と思っており書いてみたんですけど・・・・・何を書きたいのか、自分でも判らない気がします。
しかし、これを投稿して、改めて次回作などに活かしたいと思います!!
「いあぁっ!!」
月の無い晩にして雨が降ったのか無数の露が名も無き草を濡らしている。
そんな名も無き野原で一組の男女が対時しているのは面妖であった。
というのも、この一組の男女の内---男は雪のように白い刃を抜き、向き合っているからである。
男の方は三十路に手が届きそうだ。
身なりは食い詰めた浪人者と表している。
戦が無い天下太平の時代。
戦う術を持たぬ者には待ち侘びた時代であろう。
だが、戦う術を持つ者から言わせれば・・・・・悪夢としか言えない。
先の時代に起こった“夏の陣”以降、ひさしく戦が無いのだ。
家か主が居るなら良い。
食う事に困らない単純な理由であるが現実問題だ。無い者にはそれこそ切実であろう。
正眼---青の構えをする男も・・・・・・天下太平の世に侍として生を受けてしまい、仕官の口を探していた者の一人だ。
剣の腕が生半可に強い故、仕官できない。
今は刀より本が強い。
天下太平は望まれた物であるが、侍という二本差しにとっては・・・・・・
そんな現実に歯痒くてならない男は、日々を酒浸りに過ごし続けていた。
しかし、酒だけでは飽きたらず、女も欲したのは男以前として当然であり、また必然である。
ところが・・・その女に問題があった。
年増の夜鷹を抱くには落ち振れているし、大夫などは高すぎる。
かと言って、何処ぞの女を犯すのも難しい。
悶々と過ごしていた時だ。
眼の前に女が現れたのは・・・・・・
年齢は二十になったばかりで、メリハリのある身体をしている。
大海松の衣裳に、被衣を羽織っていた。
しかも、大胆に胸元を、さらけ出している。
普通の子女ならしない。
ただ、最近は何かと天下太平の世に飽きた者が居る。
俗に“傾き者”と言われており、現在で例えるなら不良の類だ。
華奢な身体だが、腰に差している物を見れば、面妖と言うしかない。
立派な黒塗りの鞘に収まった打ち刀だ。
長さは幕府が出来た際に設けられた定寸---標準の長さを表している。
定寸の刀の長さは二尺三寸だ。
脇差は一尺で、二尺未満の物である。
女の打ち刀は二尺三寸五分で---先反りしている。
娘が浪人を見て、浪人は言葉に出来ない気持ちに襲われた。
刹那・・・・・・娘の鞘が浪人の鞘に当たる。
明らかに自ら鞘を当てて来たのだ。
鞘にぶつかる事は侍の魂を侮辱する事である。
自らから鞘を当てるとは一体・・・・・・・・・
「私の鞘が、貴殿の鞘に当たりましたね」
娘が美しい唇を滑らかに動かして、嘆声を出した。
「・・・侍の魂を侮辱したな」
浪人は静かに言った。
「そうなりますね・・・立ち合い、ですね」
娘の言葉は何処までも静かで、男の心に沁みこんでくる。
まるで、黄昏を飲み込む闇のように・・・・・・・・・
「・・・女人を斬るのは忍びない。かと言って、このまま許す訳にも参らん」
「では、何を望まれますの?」
「・・・・そなたを抱きたい、と言ったら?」
意を決して、男は言ってみた。
もし、駄目なら・・・・・・と考えたが、これを逃せば駄目だ。
そんな気持ちに襲われたのだから、ある意味では賭けと言えるだろう。
「立ち合いを所望させてもらいますが・・・・・・」
貴方が一太刀---剣先でも私に当てられたら、抱いて構いません。
そう娘は言い、浪人は堪らない情欲と屈辱を胸に抱いた。
これでも腕に自信はある。
今は廃れたが、京流の目録を持っているのだ。
しかし、娘の言葉は既に刀の時代は終わっている、と思わせられる。
何より既に廃れた流派の目録では・・・・・・
これが屈辱だ。
そして娘の大海松の衣裳を切り裂き、雪化粧の肌を染めたい。
自分色に・・・・・・
これが情欲である。
こうして奇妙な決闘が行われた。
立ち会い人は居らず、二人だけだ。
浪人は打ち刀を鞘から抜き払い、正眼に構える。
逆に女は刃渡り二尺三寸五分の打ち刀に、手を掛けるが抜く気配はない。
ただ、鍔を身体の正面中心に持って行っている。
『・・・・居合、か』
浪人は正眼に構えながら、ジリジリと間合いを詰めた。
居合とは何時、誰に、どのような場所で殺されるか判らないという下剋上の世で産声を上げた。
座したときに敵から襲われた時などを想定して、居合の技などはあるが、立ち技も勿論ある。
だが、居合と剣術は根本的に違う。
そして居合に勝つのは簡単である
“鞘から抜かせてしまえば良い”
居合は鞘から神速---体、足と共に剣先一瞬にして、敵を襲うのが常勝の手だ。
しかしながら、その技は鞘の内にあればこそ成せる技である。
つまり鞘から一度でも抜かせてしまえば良い。
そうすれば、再び鞘に収めなくてはならないが、そんな真似は出来ないし、真剣勝負なら一撃で終わる。
とは言え・・・・・・その居合を抜かせて、上手く避けるのが難しい。
『どうやって、抜かせるべきだ・・・・・いや、ここは捨て身の覚悟で相手を倒す他ない』
浪人は正眼から上段の構えにした。
上段の構えは火の構え、と言われており攻撃性が極めて強い。
その反面で、頭上以外の防御が出来なくなるから、非常に危険性が高い構えだ。
これをやった事で、胴は隙だらけだが、身長差で有利である。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
二人は黙って対峙していたが、浪人者の方が気で押されていた。
『この若さで、このような気・・・・・・相当な腕前に違いない』
自分の京流目録などでは足元にも及ばない。
かと言って、自分から負けを認めるのは武士として、どうしても譲れなかった。
如何に天下太平とは言え・・・・・・どうしても譲れない物がある。
それに武士は生命を懸ける。
下らなくても、だ。
既に夜となっており、誰も人は来ない。
ただ、朝に雨が降ったゆえ露が袴などに付いて冷える。
草木の中の露が一滴、静かに地面へ落ちる。
それが合図となったように、浪人は撃尺---即ち刀の間合いに入り、そのまま娘の頭上に上段で振り下ろす。
しかし、娘は微動だにしない。
勝った、と浪人は思ったが・・・・・・・・・
刀は誰も捕えていない。
娘は居なかった。
「・・・・・・」
浪人は静かに左を見た。
鞘から抜かれた刀が、浪人の脇腹を捕えていた。
娘は一文字腰---相撲の四股立ちのようにしており、浪人からは真横に見える。
恐らく娘は体全体で刀を抜いたのだろう。
一文字腰にして、体全体で抜けば手の動きは少ない。
曲げていた手を、垂直にするだけ。
これだけの動きであるが、それは「起こり」が少ない証拠でもある。
身体を動かすと必ず起こり、という隙ができる訳だが・・・・・・娘は、その起こりを見抜いた後手の先で、浪人を破ったのだ。
「・・・・わしの負けだな」
浪人は刀を捨て、腰を下ろした。
「さぁ、斬れ。女人に負けたとあっては、武士としての誇りもない」
首を浪人は横にするが、娘は刀を鞘に収めた。
「貴方様は・・・・・・私に真剣で、殺気を込めて撃ち込んできました。即ち私を殺す気、だったのでしょ?」
「そなたを抱きたい、という情欲の気持ちはあった。しかし、格の差に気付き相打ちなどに持ち込もうとしたのだ」
「そのような方を、殺すのは忍びありません。天下太平の世になり、侍という生き物は軟弱に成り果てました。刀は武士の魂、と権現様---徳川家康様は言いましたけど、それすら最早たんなる形でしかなくなりました」
「・・・・・それが、今の世だ。剣は求められていないのだ」
ならば・・・・・・・
「腕前がある貴女に斬られて死ねば、少なくとも京流目録の建前が出来る。それを死に土産にするのも一興だ」
「・・・・もう、仕官は諦めたのですか?貴方様の京流は途絶え始めております。それを後世に残すのも、また仕官と言う形になると思います」
剣と言う主に仕官するのだ。
「少なくとも、それも私にとっては仕官の一つです。ですから、殺しません」
だが・・・・・・・・
「貴方様の情欲・・・・・それは私が断ち切らせて頂ます」
娘が両刀を置き、さらけ出していた胸元を左右に開く。
そして浪人を真正面から抱き締めた。
「今宵は・・・・・何もかも忘れましょう。ただ、明日からは剣に仕官して、日々を精進するのです」
まるで神仏に諭された感じになりながらも、浪人は薄汚れた手で娘を抱き締めた。
朝になるまで、浪人は娘を貪ったが・・・・・・目が覚めた時には娘の姿はない。
しかしながら、娘の香りは残っていた。
それから暫くして、江戸の道場に京流が広まり数代に渡り、江戸の者たちに伝えた、と言われている。
道場主は何時も口癖のように言った言葉がある。
『何処ぞの大名などに仕官するだけが、仕官の道ではない。それを私に教えた娘が居る。名こそ知らんが敢えて言えば・・・・・そう、月の宵みたいに綺麗だが、剣は闇のように鋭くて覆い尽くす感じだった。月宵闇姫、という名辺りが良いだろうて』
門下生たちは訳が解からない顔を何時もしたが、その時の話をする道場主の顔は・・・・・・かつて、仕官が出来ずに落ちぶれ様としていた浪人者の顔であった、と言われている。
完