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プリゲーム

プリゲーム「Pregame」とは大学生が大きなイベントの前(アメフトの試合前など)にパーティを開いて、お酒で出来上がった状態でイベントを楽しむために取る行動です。しかし主人公のユージは学生なので、そんな描写はありませんが……(汗

昼休み。


周りのノンキなクラスメートが別の場所へ移動したり、机をかためて弁当を取り出し始める。

堅苦しい高等学校の授業たちから解放され、生徒たちが親友たちと戯れる貴重な至福の時間。

そんな、至福なひとときに俺は……ポツンと自分の机に座ったままである。


カバンから手作りの握り飯とウィンナーという贅沢なのか良く分からない弁当を取り出し、黙々と孤独に食べ始めた。

何ヶ月も少しでも縁があった友達との交流をサボり続けたせいで、俺はこうして見事に”ぼっち”へとクラスチェンジした訳だが………寂しくないぞ、決して。


何せ………今夜、俺は 大仕事 を抱えている。




人ひとりを誘拐………。





犯罪なのは百も承知だが、ジェーンさんの頼みだ。男としてやってやる。





だからこうして”ぼっち”をして、他人と戯れる必要なんてまったくない。


……でも。



(せめて小学校からの半ば強制的な給食の席配置を、高校の昼休みに導入してもまったく問題ないと思うけど……)







こうして心の中で本心を吐露している間、俺の席のほうに愉快な足音が近づいてきた。



「そ~だな~……。

 ちょうど一人の亀有くんがいいや!


 やぁ!亀有くん!」



やたらキャピキャピとした男子の声が俺の名前を呼ぶ。


見上げると後ろに女子を数名はべらせている、黒髪に少しブロンドに染めたクラスメートがニッコリとした顔で俺を見る。

キチンと整えた深緑の学生服の胸ポケットから、小さなナイフの刺繍が入ったハンカチがのぞいている。



「暇そうだね。

 どうだい?良かったらボクのマジックを一つ見てくれるかい?」



他人との距離感を遠慮しないクラスメートは失礼なアイサツと一緒にトランプを1デッキ取り出した。

俺はその様子を2秒ほど窺ったあと、黙々とオニギリ&ウィンナーを食すのを再開した。



「……悪ぃ。俺、今手ェふさがってるから」


「えぇッ!?いやいやいや!

 右手におにぎりと左手にウィンナーって………い、意外とおいしそうだね」


「も~!鷲兎くん!

 そうじゃないでしょ~!早くマジック見せてよ!」



クラスメートのマジ顔のボケに後ろの女子の一人がぶりっ子のようにツッコむ。ウゼェ。


しかし、今ので思い出した。

コイツの名前は鷲兎ジョージ<わしと じょーじ>。

親父がアメリカ人でやたらマジックが得意、ハーフの男子だ。

その日本人と少し離れたハンサム顔と巧みなマジックに寄って、男女問わず人気者……らしい。

俺こうやって女子を金魚のフンみたいに連れまわしてる奴、嫌なんだよなぁ~…。



「はいはい。落ち着いて落ち着いて。

 でもゴメンね。亀有くん、最近学校来てなかったからちょっと嬉しくて」


「……ハァ?

 何言ってんだお前。俺、そんな趣味ねぇぞ」


「えっ……?あぁ!

 いやいやいや!そういう意味じゃなくて!

 ほら!何か毎日よく見ている物が突然いなくなったら少し寂しいだろ?

 だから戻ってきてくれて、ボクは少し安心したんだ………本当それだけの事だよ!」


「キャ~!鷲兎くん、やさし~!」


(………人を近所のネコみたいに言うなよ)



しかしジェーンさんに言われた通り、学校に戻ってきてあまり損はなかったようだ。

自分が知らないところで、他人が俺を見ていることもあるものなんだな。



「……それで?

 マジックってなんだよ」


「おっ?興味を持ってくれたんだね!

 それじゃあ早速……」



渋々とマジックを見ることを承諾した俺に、鷲兎は水を得た魚のようにトランプを混ぜ始めた。



─────




「それじゃあ、亀有くん。

 この中から一枚選んでくれ」



鷲兎が裏面に伏せた52枚のカードを扇子のように広げて差し出してきた。

ザッとそのカードたちに目を通すが、ガン牌のようなマーキングはどこにもない。


一枚引く。



「そのカードを見て、よ~く覚えてくれよ」



マジシャン特有の人の神経を逆撫でする話術を出来るだけ無視しつつ、俺はカードを確認する。


クローバーのJ。


それをハッキリと頭に刻み込んだあと、カードを返す。



「それじゃあこのカードをデッキに戻して、まぜまぜしま~す」


「やだ~!鷲兎くんったら赤ちゃん言葉!」


(ウゼェ……)



鷲兎がデッキを混ぜ始める時、何かに違和感を感じる。

混ぜるときの手首のスナップが無駄に大きい。

個人特有の癖なのかもしれないが、学生服はまだ冬服である。



(ははーん。なるほどね)



目の前の自称マジシャンがシャッフルを終えるのと同時に俺は得意げな顔で指摘をする。



「鷲兎。

 お前の制服の左の袖、見せてみろ」



俺がそういうと鷲兎は感心の色を顔に見せる。



「ハァ?何よ!

 鷲兎くんにケチをつけるつもり?」



取り巻きの女子に非難されるが、鷲兎は困り顔の笑顔でそれを制した。



「まぁまぁ。亀有くんはたいしたもんだよ。

 まさか左手でデッキの下のカードを袖にはじき入れたのが見えたとはね」



負けを意外とあっさりと認めて、そいつは俺のほうへ左腕を差し出してきた。

俺は袖からカードを一枚だした………が。




「………でも残念。ハズレさ」


「えっ……?」



ハートの4。


鷲兎の左袖からはまったく違うカードが出てきた。


俺がポカンとしている間、そいつは俺の制服の胸ポケットに逆の手を伸ばしてきた。



「何を驚いているんだい?

 君が見たカードなら君が持っているじゃないか」



そこから鷲兎はカードを一枚引っ張り出す。





クローバーのJ。


俺がさっき引いたカードだ。



「きゃあ~!鷲兎くん、スッゴ~イ!!

 亀有ハズしてんじゃん!ダッセ!」



ウザイ女子から好き勝手にバッシングされるが、俺は鷲兎に一本取られたことに顔をしかめた。



(コイツ……本当は右手にカードを持ってやがったのか。

 左袖に俺を誘導させて、右手でカードを持ちながら俺の胸ポケットから出すフリをしやがった………チマチマした小細工しやがって……)



鷲兎はその顔に構わず、俺に拍手を送った。



「いやぁ。それでもたいしたもんだよ、亀有くん!

 普段なら左袖からカードを落として失敗したフリをするんだけどね。君の動体視力には驚かされたよ!」


「………あっそ。

 それでも俺は騙されたんだ。負けは負けだろ」



俺は称賛を流して残ったオニギリを口に放り込み、席を立って廊下への出口へ向かった。



「……何あれ。ノリ悪っ」


「まぁまぁ。

 あっ、そうだ!亀有くん!」



俺がドアへ辿りつくのと同時に呼ばれる。





「今夜、僕のお父さんがあのストラフォード邸でマジックショーをやるんだ!

 テレビにも中継されるからよかったら見てね!」





……くだらね。


俺は何を言わずに教室を後にした。





─────





校舎の裏側に場所を移す。


この高校に通って数ヶ月が経ち、周りの生徒はもうほとんど自分たちのグループを見つけたと言っていいだろう。

しかしこの校舎自身は変わらない。当たり前だけど。


俺は普段は人気がまったくない焼却炉へ行く角に辿りつく。


……そう。”普段”は。



俺は角で足を止め、耳を澄ませた。




クスクスと女子数人の笑い声が聞こえる。





「原村さ~ん♪

 ありがとね。この前は体操服貸してくれて♪」


「えっ……う、うん。

 いいよ、いつでも頼っても……」



俺は覗くと女子4人ほどが一人の女子を囲んでいる。

トラが数匹でシカを狩る時に似ている光景だ。


トラが周りのあからさまなオシャレが入った”ギャル”だとしたら、真ん中のシカは茶髪の眼鏡女子である。


……これはあれだ。

地味で引っ込み思案なクセに、髪染めてんじゃねーよってノリで虐められているパターンだ。

ぼっちはイジメのパターンは事前に把握する。



「あ~でもね~。

 家で選択して置いといたら、引きニートの兄貴に見つかっちゃってね~。

 大変なことになっちゃったのよ~」


「えっ……?た、大変なこと?」



ギャルグループのリーダー格らしい女子がポイっと何かが入ったビニール袋を眼鏡女子に渡す。



「いや~兄貴大学生じゃん?独り身ドウテーで飢えてるわけよ。

 特にかわいい女子高生とかにね♪」


「やっだwきっもw」



ギャル共がキャハハと笑う最中、眼鏡はビニールの中を覗き込む。



「…………っ!!?

 ひ、ひゃあ!!!??」



彼女はビニールを急いで捨てるように手から離した。

地面に落ちるのと一緒に袋の中身が吐き出される。




出てきたのは一式の体操服。


上着はなんともないように見えるが………下は少しかびたように、白いシミの点々が多数見えた。



(うげっ。まさか………)


「うわっ、やっべwwww

 エリったらマジエグwwww」


「だってぇ~、しょうがないじゃな~い!

 ママがあたしの洗濯をたまに兄貴の部屋に置いちゃうんだから~。

 まぁ、昨日は たまたま原村さんの体操服だった 訳だけどね~」




「 ………… 」




眼鏡の女子は自分の体操服の成れの果てに言葉も出せないでいるようだ。




「あ~、怒っちゃいやよ~原村さ~ん♪

 


 アクシデント だったんだから~」




クソギャル共は「ちょw英語www」とかブヒブヒ笑い続ける。






─ プツンッ ─







よく分からないが、自分の中で何かが切れた感覚がする。


俺は後先考えずに焼却炉の方向へと足を進めた。

誰かが近づいてくるのを感じたのか、ギャルのグループは咄嗟に俺のほうへ向いてきた。

そのリーダーのエリという女子が思い切りガンを飛ばしてくる。



「あぁん?誰よアンタ?

 金タマ蹴られたいの?」


「ちょ……エリ。

 コイツはやばいよ」



仲間の一人がリーダーを制する。



「アタシのカレから聞いたんだけど、コイツちょくちょく夜のゲーセンに現れちゃ野郎共を何人もぶっ飛ばしてるらしいよ。何かこないだハイスコアかなんやらをたたき出したとか………」


「ハァ?何それ?ハイスコア?」


(……何か地味にウワサがゴッチャになってるな)


「と、とにかくここは教室戻ろうよ!

 ほら早く!」



リーダーが他の女子たちに引っ張られて間もなく、この場から退場をした。


被害者の眼鏡娘はというと……体操着をまだ見つめたままである。



…………





この重い沈黙に耐えきれなくなり、俺が先に口を開く。



「……まぁ、何だ。

 ひでぇことしやがんな………。あぁいうのを”ちゅじょ”っつうじゃねぇか?」


「…………」



……スルー。

よかった。噛んだのは気づかれなかったようだ。



(……何もしゃべんねぇなら)



俺は地面から誰かの遺伝子が張り付いた体操着入りのビニールを拾って焼却炉へ向かう。






「っ!!

 ま、待って……!!」



ここでやっと眼鏡はしゃべった。



「………なんだよ。

 お前、まさかこれをもって帰るってんじゃねーだろな?」



………またうつむく。

その眼鏡の奥の瞳がうっすらと輝く。

泣きそうな証拠だ。



「……迷惑」


「………… は?」



突然何を言ってるんだ、このアマは。





「………迷惑かけちゃうから……。

 お父さんとお母さんに………体操着をまた買わせちゃうなんて……」





「 …………… 」







俺は何も言わないまま数秒つっ立った後、焼却炉の扉を開けた。



「っ!!

 だ、だから……!!」







「うっせぇぞ!!! このウジ虫ッ!!!!」




俺が怒鳴ると女子はビクっと跳ねてから体を縮ませる。




「……お前。となりのクラスの 原村凜花 <はらむら りんか> だろ」



彼女は震えながら頷く。

ぼっちは他のぼっちの最低限のデータを把握するものだ。



「………あのギャル共、お前の友達か?」



また頷く。



「ウソつけ。

 一体世界のどこで友達の服を勝手に兄弟にオカズとして提供する風習があるんだ。

 

 そもそも何で、虐めてくる奴に体操着なんか貸したんだ?」



「………初めて……私を頼りにしてくれたから……」



俺は大げさに呆れた素振りを見せる。



「アホか。ちったぁ怪しいと思わなかったのか??

 最悪の場合、漂白剤を使われたみたいな状態で戻ってきたかもしれないんだぜ?」



そう指摘すると今度は顔が青くなった。

意外と感情が豊かのようだ。




しかし俺はため息をついた。

それはもう思い切りと。



俺は睨むように原村を見た。しかしビビらせない程度の眼力で。


彼女も眼鏡の奥から俺の方へ視線を返してきた。




「……いいか。

 俺は原村のことはぼっちだということ以外、何も知らない。


 でもたった一つだけ言えることがある」



開いた焼却炉の中へ袋を放り込む。



「お前は誰かのオモチャでも金魚のフンでもねぇんだ。

 お前は自分のやりたいことをしても構わない 自由に生きる人間の一人 だ」



地面に無造作に置いてあったマッチ箱を拾う。



「何をやりたいか分からない?何をすればいいか分からない??


 んなこったぁ分からなきゃどうでもいいんだよ!!


 分からない分からないってウジウジと意味なく頭抱えてるヒマがあったら、自分のやりたいことをとりあえずやれ!


 そうすりゃ自分のやりたいことも分かってくる! 誰か何かやれと言われたことだけやるなんて、奴隷と同じだ!!」



マッチ棒に火をつけて、それを原村に見せ付ける。



「そして………自分のやったことの先に、理想の友達とか仲間とか出来るんじゃねぇか?」



そのマッチ棒を焼却炉の中へ投げ捨てる。

誰かがふざけて中にガソリンか何かを足したのか、その火はド派手に燃え上がる。

その勢いとちょうど通りかかった風に、原村のサラッとしたオカッパヘアーが正面からなびく。


……我ながらドラマチックな〆方だ。ちょっと説教くさくなっちまったけど。



その鉄の扉を閉めて、俺はその場を去ろうとしたその時……。




「あ、あの……!!




 な、名前を………教えて」





彼女は俯いたままだが、その涙目のせいか顔が赤い。


それに俺はふてぶてしい笑顔で返す。





「………亀有ユージ。

 

 やりたいことをやる男だ」






そういい残し、俺は教室へ足を運び戻した。







─────






帰宅。


いつもと変わらない光景。




家庭的な家具があるも、お袋がいない家ではほこりが被っている。


玄関先も台所も空。


居間にはちゃぶだいの上に酒瓶が二つ。つまみの食器も出しっぱなしである。



(……たくさん飲めねぇクセに、散らかすなよな……)






俺はそれを後で片づけると決め、廊下の奥の自分の部屋へと行く。


戸を開け、すぐに閉める。



カバンを横に放り、ネクタイを緩めるのとともに机の上に目をやる。




一般的な筆記用具に電気スタンド。


その横にゲーセンで当てたMP3プレーヤーとヘッドフォン。





その後ろには額に入っていた、家族3人の写真。









そして………机の真ん中には 黒の着替え一式 と 小さなダンボール箱 。









ジェーンさんに指定された時間は 9時。




今、まもなく時計の針は5時に回ろうとしていた。


原村さん……苗字を他作品とかぶらせないのって難しいですよね。

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