穂高紅菜との出会い
振り返ると――そこに、女の子が立っていた。
夕日を背に受けて。
ショートカットの茶色い髪。
光を受けてオレンジ色に輝いている。
大きな瞳に、満面の笑み。
白いTシャツに、ショートパンツ。
カジュアルな格好。
手には竹箒を持っている。
「参拝してくれてるの!? ありがとう!」
明るい声。
元気いっぱいの声。
「あ、はい......」
「嬉しい!」
「最近、参拝に来る人、ほとんどいなくて......」
女の子が目を細めて笑った。
(なんか、すごく明るい子)
そう言って、女の子は竹箒を持ち直す。
風が吹いて、ショートカットの髪が揺れる。
オレンジ色の髪が、ふわりと舞う。
「あ、私、穂高紅菜って言うんだ!」
「紅菜って呼んでね!」
「あ......織部琉々です」
私も名乗る。
いつもは距離感近い人、苦手なのに――。
この子は不思議と平気。
(......なんでだろう?)
この子といると――。
なんか――。
(お稲荷さんと、話してるときみたい)
「琉々、初めて見る顔だね! どこから来たの?」
「今日......清杜町に、引っ越してきたんです」
「えっ、本当!? 私と家近いかも!」
紅菜が飛び跳ねるように喜んだ。
「わぁ、嬉しい! 同い年くらいだよね? 高校生?」
「はい......高校一年生です」
「私も高一!」
「じゃあ、同じ学年だね! やった、友達になろうよ!」
紅菜が嬉しそうに笑う。
友達――。
その言葉に、私は少しだけ戸惑った。
でも――嫌な感じはしない。
いつもなら、こういうの苦手なのに。
「あ、琉々、お稲荷さんにも、お参りしてくれたんだね!」
紅菜が祠を見て、さらに嬉しそうに言った。
「ここ、私も大好きなんだ!」
「そうなんですか......」
「うん!」
「なんか落ち着くんだよね」
「お稲荷さんが、そばにいてくれる感じがして」
紅菜も祠に向かって手を合わせる。
その姿が――なんだか妙に馴染んでた。
(......この子も、お稲荷さんが好きなんだ)
それだけで、親近感が湧いた。
「あの......この神社って」
私は周りを見回した。
「昔は、もっと賑わってたと思うんですけど…」
「そうなんだよね」
「昔は夏祭りには、屋台がいっぱい出て。」
「人もいっぱい来てたんだ」
「でも、10年前に神主さんが亡くなっちゃって......」
紅菜の声が、少ししぼんだ。
「それでも――」
「町の人たちが頑張って、お祭りは続けてたんだけど」
「7年前に町長さんも亡くなって......」
「それから――お祭りもなくなっちゃった。」
「今じゃ、この通り」
紅菜が寂しそうに笑う。
「今は、もう......」
「町自体が寂れちゃってさ」
「若い人もどんどん出て行っちゃうし」
「......そう、なんだ」
やっぱり。
私の記憶の中の、
賑やかな神社は――
もう、ここにはない。
「でもね!」
紅菜が、急に明るい声を出した。
「私、この神社をもう一度、活気ある神社にしたいんだ!」
竹箒を掲げる。
「だから時間ある時は、こうやって掃除してるの!」
紅菜が笑う。
「少しずつだけど、綺麗にしていって」
「いつか――」
「また賑やかな神社にするんだ!」
その笑顔は――
まっすぐで、明るくて。
、
眩しかった。
「琉々も、また来てね!」
紅菜が、期待に満ちた目で見てくる。
「......うん」
私は小さく頷いた。
不思議と――それが、自然だった。
紅菜は
「じゃあ、学校で会おうね!」
と手を振った。
そして――。
境内の掃除を再開した。
* * *
帰り道――。
夕日が、海を照らしていた。
オレンジ色の空。
波の音が、遠くから聞こえてくる。
(......紅菜)
胸に手を当てる。
紅菜と話していた時――
緊張しなかった。
いつもなら、知らない人と話すの、苦手なのに。
でも、紅菜は――。
(なんだか、お稲荷さんみたい)
性格は全然違うけど、一緒にいても平気。
(......また、会えるかな)
カバンから、お守りを取り出した。
そっと撫でる。
チリン、と小さく鈴が鳴る。
青と白の滝が描かれたお守り。
おじいちゃんが買ってくれた、大切なお守り。
水の神様のお守り。
* * *
その夜――。
私は、不思議な夢を見た。
どこか、広い場所。
夜。
月明かりが、私を照らしている。
私は――
踊っていた。
(え......?)
体が、勝手に動く。
手を伸ばして、回って、足を踏み出す。
まるで、何年も練習したみたいに。
でも、私は踊りなんて習ったことがない。
なのに――体が勝手に動いている。
(この着物のような服は......なに?)
見下ろすと、白と赤の着物を着ていた。
袖が長くて、裾が揺れる。
(巫女の装束――みたい)
笛の音が聞こえる。
太鼓の音が響く。
リズムに合わせて、私は踊り続ける。
(お祭り......?)
周りを見ると――大勢の人がいた。
笑顔で、私の踊りを見ている。
手拍子の音。
歓声。
提灯の明かりが、境内を照らしている。
神社――。
ここは、神社だ。
でも、どこの神社?
分からない。
でも――懐かしい感じがする。
私は踊り続ける。
手を上げて、回って、足を踏み出す。
笛の音が、高く響く。
太鼓の音が、力強く鳴る。
心の奥が、熱くなる。
(――楽しい)
この感覚――初めてなのに、懐かしい。
そのとき――誰かが私を呼んだ。
――琉々。
水面のような声が、夜に広がる。
優しい声。
女性の声。
どこかで聞いたような――。
――琉々。
また、呼ばれた。
(誰?)
私は踊りながら、辺りを見渡す。
月明かりだけが、私を照らしている。
――琉々。
三度目の呼びかけ。
その声は――とても優しくて。
温かくて。
まるで、やさしく包まれているみたい。
私は――。
目が覚めた。
天井が見える。
自分の部屋。
おばあちゃんの家の、二階の和室。
「......夢?」
小さく呟く。
体が、少し汗ばんでいる。
心臓が、ドキドキしている。
まるで、本当に踊っていたみたいに。
窓の外を見る。
月が、空に浮かんでいる。
静かな夜。
波の音が、かすかに聞こえる。
(......なんだったんだろう)
あの夢。
なんで、踊っていたんだろう。
なんで、踊れたんだろう。
そして――。
あの声は、誰?
私を呼んでいた、あの優しい声は――。
机の引き出しを開ける。
青と白のお守りが、月明かりに照らされている。
そっと手に取る。
金色の鈴が、チリン、と鳴った。
澄んだ音が、夢の中の声と、重なった。
私は、お守りを胸に抱きしめた。
そして――
もう一度、布団に入る。
目を閉じる。
あの夢の続きが見られるかな――。
そう思いながら。




