おじいちゃんと夏祭り
トラックが止まった。
「着いたわよ」
お母さんの声に、私は窓の外を見る。
目の前に広がるのは――
見慣れた、でも懐かしい景色。
おばあちゃんの家。
瓦屋根の、二階建ての古い木造家屋。
小学生の頃、夏休みに何度か来た場所だ。
あの頃は、楽しかった。
おばあちゃんと海へ行った。
おじいちゃんと、天嶽神社の夏祭りで綿あめを食べた。
――もう、昔の話だけど。
玄関のドアが開いて、おばあちゃんが出てきた。
白髪混じりの髪を、後ろで結んでいる。
チャック柄の割烹着を着て出迎えてくれた。
「琉々ちゃん、よく来たねぇ」
優しく、柔らかい声。
「おばあちゃん、久しぶり」
私は車から降りて、小さく頭を下げた。
「大きくなったねぇ。もう高校生かい」
ニコニコしたおばあちゃんの笑顔。
なんだか、少しだけ――心が緩んだ。
引っ越し業者の人たちが、荷物を下ろす。
段ボール箱が次々と家の中へ。
私の部屋は、二階の角部屋。
六畳の和室。
畳の匂いがする。
窓から見えるのは――海。
青い海が、遠くまで広がっている。
波の音が、かすかに聞こえる。
ここが――これから私が暮らす場所。
清杜町。
海沿いの小さな町。
昔は漁業で栄えていた。
でも、今は衰退している。
静かで、穏やかで――何もない町。
段ボールを開けて、荷物を整理する。
教科書、ノート、制服。
そして――
お守りを、そっと机の引き出しにしまった。
一階に降りる。
リビングの途中にある部屋に入った。
そこには仏壇がある。
おじいちゃんの写真。
優しい笑顔。
私は仏壇の前に座り、線香に火をつけた。
静かに手を合わせ、目を閉じる。
(おじいちゃん、こんにちは)
線香の香りが、ゆっくりと部屋に広がる。
線香の香りとともに、記憶がよみがえる。
* * *
小学生の頃――。
夏休みに、お母さんの実家に帰省した時のこと。
あの日も、今日みたいに晴れていた。
「琉々、お祭り行くぞ」
おじいちゃんが笑顔で言った。
「うん!」
大きな手を握りしめる。
おじいちゃんの温かい手。
「今日は夏祭りだから、綿あめも、金魚すくいもあるぞ」
「やった!」
私は嬉しくて、
おじいちゃんの手を、ぶんぶん振った。
天嶽神社は、人でいっぱいだった。
参道には屋台がずらりと並んでいて――。
提灯の明かり道を照らす――。
焼きそばの匂い。
りんご飴の甘い香り。
太鼓の音が、境内から響いてくる。
「わぁ......」
私は目を輝かせた。
賑やかな神社に、胸が躍った。
「琉々、綿あめ食べるか?」
「うん!」
おじいちゃんが、屋台で綿あめを買ってくれた。
ピンク色の、ふわふわの綿あめ。
一口食べると、
口の中で溶けていく。
甘くて、幸せな味。
「美味しい?」
「うん、美味しい!」
おじいちゃんが、優しく笑った。
「琉々、神社にお参りしようか」
「うん」
おじいちゃんと一緒に、本殿に向かう。
境内は人でいっぱいで、参拝の列ができていた。
順番を待って、賽銭箱にお金を入れる。
二礼二拍手一礼。
手を合わせて、目を閉じる。
(おじいちゃんと、またお祭り来れますように。)
参拝を終えて――。
おじいちゃんと一緒に、境内を歩いていた時――。
チリン――。
鈴の音が聞こえた。
(???)
私は立ち止まった。
チリン、チリン――。
(鈴の音?)
澄んだ、綺麗な音。
音がする方に――足が向く。
おじいちゃんの手を引っ張って。
走った先に授与所があった。
たくさんのお守りが並んでいる。
赤いのや、黄色いのや、白いの――。
でも、その中の一つ。
――青いお守りに目が止まった。
青と白の滝が描かれた、綺麗なお守り。
(あれだけ光ってる…)
その時
(……これを)
女の人の声?
声というより、直接心に響く感覚。
(???)
振り返っても誰もいない。
(なんだろう?)
(......持っていきなさい.........)
(!!!)
また聞こえた。
頭に直接聞こえる不思議な感じ。
私は、そのお守りを手に取った。
「琉々、どうした?」
「おじいちゃん」
私は振り返った。
「なんか、声がして」
「声?」
「うん。『これを持って行きなさい』って」
おじいちゃんが、少し驚いたような顔をした。
でも、すぐに優しく笑って――。
青いお守りを、手に取るおじいちゃん。
「これは、水の神様のお守りだな。穢れを流してくれる」
「水の神様......?」
「ああ。水の神様だ。」
おじいちゃんが、お守りを買って渡してくれた。
「琉々が辛い時――」
「おじいちゃんの代わりに――」
「このお守りが、きっと助けてくれるはず」
そう言って――。
おじいちゃんは、お守りに付いてる、金色の鈴を鳴らした。
チリン――。
澄んだ音が、夏の夜に響いた。
私は、お守りをぎゅっと握りしめた。
「ありがとう、おじいちゃん」
「ああ。大切にしなさい」
おじいちゃんが、私の頭を撫でてくれた。
それが――おじいちゃんとの、最後の夏だった。
* * *
夕方。
荷物の整理が、ひと段落した。
お母さんは、おばあちゃんと何か話し込んでるみたい。
私は――外に出ることにした。
(......天嶽神社、行ってみようかな)
小学生の頃に行った、思い出の神社。
おじいちゃんと、一緒にお祭りに行った、あの神社。
家を出て、坂道を登る。
夕日が、海を照らしている。
オレンジ色の光。
潮の香りが、風に乗って届く。
天嶽神社は――。
おばあちゃんの家がある、清杜町の隣。
天嶽町にある。
ローカル線の終点。
天嶽駅から歩いて十五分ほど。
清杜町から歩いて四十分くらい。
記憶を頼りに、道を進む。
シャッターが閉まった、商店街を抜ける。
この辺りは、ほとんど人通りもない。
そして、道は少しずつ上り坂になっていく。
木々が増えてきて、山の気配が強まる。
天嶽山――。
この町の名前の由来になった山。
神社は、その山の入り口に建てられている。
やがて――見えてきた。
石段。鳥居。
天嶽神社。
でも――。
(......え?)
私は、立ち尽くした。
目の前の光景が――信じられなかった。
鳥居は色褪せて、朱色がほとんど剥がれている。
石段には雑草が生えていて、ひび割れている。
手水舎は壊れていて、水も出ていない。
――こんなに、荒れているなんて。
(なんで??)
石段を上る。
雑草を踏みながら、ゆっくりと。
落ち葉が積もっている。
本殿の屋根は傷んでいて、
一部が崩れかけている。
賽銭箱も古びて、埃をかぶっている。
人の気配は――ない。
誰も、いない。
夏祭りで賑わっていた――。
あの神社は――。
どこにもなかった。
胸が、締め付けられる。
思い出の場所が――こんなふうになっているなんて。
私は本殿の前に立った。
手を合わせる。
二礼二拍手一礼。
それから――。
本殿の手前にある小さな社。
その鳥居をくぐった。
末社、かな。
私はその社の前に立って、手を合わせた。
二礼二拍手一礼。
どんな神様が祀られているのか、分からないけど――。
それから、境内を見回す。
本殿のさらに奥――。
そこに、小さな祠があった。
お稲荷さん、かな。
鳥居はないけれど、両脇に小さな狐の石像ある。
(......結川神社のお稲荷さんと、なんか似てる)
なんとなく、足が向いた。
祠の前に立つ。
こちらも荒れている。
けど――。
なぜか、懐かしく心地よい感じがする。
手を合わせた。
二礼二拍手一礼。
(......お稲荷さん)
心の中で、呟く。
(ここでも、話を聞いてくれますか?)
目を閉じて、手を合わせていると――。
「ねぇ!」
私に話かける、女の子の声。
(誰?)




