天嶽山の登山
次の週の日曜日。
朝十時。
天嶽神社の境内。
私、琉々は――。
もう来ていた。
麗も、姫心も、すでに到着している。
「おはよう」
「おはよう、琉々」
挨拶を交わす。
今日は――。
いよいよ、天嶽山に登る日。
神様に呼ばれた、あの山に。
胸が、ドキドキする。
「紅菜、遅いね」
麗が言う。
「うん......」
姫心も頷く。
それから、しばらくして――。
「ごめん、ごめん」
紅菜の声が聞こえた。
振り向くと――。
紅菜が、石段を登ってきた。
でも――。
なんだか、顔色が悪い。
「紅菜、大丈夫?」
私は駆け寄った。
「ああ…うん…」
紅菜が、少し疲れたように笑う。
「昨日ね――」
「親戚と繁華街に行ってから」
「なんか、体調悪いんだよね」
「大丈夫なの?」
姫心が心配そうに聞く。
「うん」
紅菜が頷く。
「たまに、こういうことあるから」
「気にしないで」
でも――。
やっぱり、少し辛そう。
(紅菜......)
心配だけど。
紅菜が大丈夫って言うなら――。
信じよう。
* * *
四人で、天嶽神社の裏手へ。
そこから――。
天嶽山の山道が始まる。
天嶽山は――。
天嶽神社の背後にそびえる霊山。
古くから――。
「天と地を結ぶ山」と呼ばれている。
緑に覆われた、美しい山。
そして、神秘的な山。
(この山に、登るんだ)
期待が高まる。
「じゃあ、行こう」
ちょっと元気のない紅菜が言った。
「うん」
私たち四人は――。
天嶽山への登山を開始した。
* * *
最初は、長い石段。
一段、一段。
登っていく。
「ふう......」
私と紅菜は、早くも息を切らす。
麗は――。
大きなカメラを、首から下げている。
石段を上りながら――。
「毎回、この石段で心折れそうになる」
「毎回?」
私が聞くと。
「うん」
麗が頷く。
「写真撮りに、何回か登ったことあるんだ」
「そうなんだ」
麗は、よく来てるんだ。
「麗、カメラ重たくないの?」
私が聞くと。
「慣れてるから平気」
麗が笑う。
「これくらい」
麗にとっては、カメラは自分の一部なのかも。
石段を登り切ると――。
そこから、山道になる。
木々に囲まれた、静かな道。
秋の木々が、華やかな赤に染まってる。
山の澄んだ空気は――。
ひんやりと冷たく、少し肌寒い。
「ちょっと寒いね」
姫心が言う。
「うん」
私も頷く。
紅菜は――。
やっぱり、少し辛そう。
足取りが、重い。
(大丈夫かな......)
心配になる。
* * *
姫心は――。
足取りが、とても軽い。
運動部だけあって。
スイスイ登っていく。
「姫心、速いね」
紅菜が言う。
「毎年ね――」
姫心が振り返って。
「お父さんと、富士山登ってるから」
「これくらいの山は、全然平気!」
「富士山!?」
私は驚いた。
「すごい......」
「じゃあ――」
私は、姫心がいつも付けているお守りを思い出す。
「いつも付けてるお守りって、富士山近くの神社?」
「そう!」
姫心が嬉しそうに笑う。
「いつもね――」
「お父さんと一緒に登る前に」
「無事を祈って、お参りした後に、必ずお守り買うの!」
その言葉を聞いて。
なんとなくわかった。
紅菜が姫心を誘った理由が。
* * *
私と紅菜は――。
すでに、息切れし始めていた。
「はあ......はあ......」
紅菜も、辛そう。
「紅菜、大丈夫?」
「うん......」
紅菜が、小さく頷く。
「なんとか」
でも――。
やっぱり、顔色が悪い。
(やっぱり、心配だな......)
* * *
しばらく登ると――。
大きな杉の木が見えてきた。
御神木。
太くて、立派な木。
「ごめん――」
紅菜が言った。
「ちょっと、休ませて」
「うん」
みんなで、御神木の前で休憩する。
それぞれ、水筒を取り出して。
お水を飲む。
「美味しい......」
冷たい水が、喉を潤す。
山で飲む水は――。
なんだか、特別に美味しい気がする。
「ここでね――」
麗が言った。
「登山の無事を祈るといいんだって」
「そうなんだ」
みんなで、御神木に向かって。
手を合わせる。
(神様――)
(無事に、下山できますように)
心の中で、祈る。
紅菜も――。
真剣な顔で、手を合わせていた。
* * *
休憩を終えて――。
また、山道を登り始める。
ひたすら、登る。
足が、だんだん重くなってくる。
「ふう......」
息が、上がる。
でも――。
頑張らなきゃ。
途中――。
ちょっとしたアクシデント。
麗が、石につまずきそうになった。
「わっ!」
「大丈夫?」
姫心が、すぐに手を貸す。
「うん、ありがとう」
麗が笑う。
「カメラ覗いてたら、足元気づかなかった」
「もう......」
姫心が苦笑する。
そんな、小さなアクシデントもありながら。
登り続ける。
* * *
しばらくすると――。
遠くから、音が聞こえてきた。
ザアアア......
水の音。
「滝......?」
私が呟く。
「そう」
麗が頷く。
「もうすぐ、天嶽の滝だよ」
天嶽の滝。
水の神様の、ご神体。
神様が、私を呼んでいた場所。
胸が、ドキドキする。
* * *
そして――。
琉々は、気づき始めた。
この景色――。
見たことがある気がする。
この道も。
この木々も。
(なんで......?)
来たことがあるような。
でも、思い出せない。
不思議な感覚。
デジャヴのような。
でも――。
もっと、確かな何か。
(この先に――)
(滝がある)
そんな気がした。
* * *
やがて――。
視界が開けた。
そこに――。
滝があった。
天嶽の滝。
高い岩場から――。
白い水が、勢いよく流れ落ちている。
ザアアアア......
水の音が、辺りに響く。
美しい。
そして――。
神秘的。
「わあ......」
思わず、声が出た。
水しぶきが、キラキラと光っている。
水の音に――。
心が、癒される。
(ここ――)
私は、じっと滝を見つめた。
(来たことある、かも?)
遠い記憶の糸を探るように。
思い出そうとしてみた――。
でも、思い出せない。
* * *
麗は――。
すぐにカメラを構えた。
滝を、いろんな角度から撮っている。
パシャ、パシャ。
「綺麗……秋の滝も、すごく良い!......」
高いテンションでシャッターを切る麗。
「うん、綺麗」
紅菜も頷く。
「みんな――」
紅菜が言った。
「滝に向かって、手を合わせよう」
「うん」
四人で、滝に向かって。
目を閉じて、手を合わせる。
(神様――)
(来ました)
心の中で、呟く。
その瞬間――。
滝の音が、消えた。
シン......
静寂。
(え......?)
そして――。
声が、聞こえた。
――役目を果たしなさい。
澄んだ、水のような声。
――仲間と共に。
優しい、でも、厳かな声。
(役目......?)
私は、心の中で問いかけた。
(神様、私の役目って?)
でも――。
水の神様は――。
その一言だけを伝えて。
消え去った。
滝の音が、また聞こえ始める。
ザアアアア......
(役目......)
(仲間と共に......)
私は、じっと滝を見つめた。
* * *
「琉々――」
紅菜の声で、我に返った。
「なんか、一生懸命祈ってたけど」
「どうかした?」
みんなが、私を見ている。
私は――。
正直に言うことにした。
「あのね......」
「『役目を果たしなさい』って、言われた」
「仲間と一緒に、って」
一瞬、静まり返った。
それから――。
紅菜が、目を輝かせた。
「すごい!」
「神様と、話したの!?」
「うん......」
私は頷く。
「仲間って――」
麗が言った。
「私たちのこと?」
「たぶん」
私は答える。
「てか、紅菜――」
姫心が、不思議そうに言う。
「体調は、大丈夫なの?」
「あれ?」
紅菜が、思い出したように。
「なんか、治ったかも!」
本当だ。
さっきまで、顔色が悪かったのに。
今は、元気そう。
「不思議......」
紅菜が呟いた。
「それにしても、琉々の役目って、なんだろうね?」
私たち四人は――。
滝を見つめながら。
それぞれ、何かを感じ取っているようだった。
静かな時間。
水の音だけが、響いている。
それから――。
紅菜が、パッと笑顔になった。
「ま、とりあえず――」
「山頂、目指そう!」
「うん!」
私たちは、また歩き出した。




