神様が呼んでいる
午後も、掃除を続ける。
紅菜は――。
お稲荷さんの社を、重点的に掃除していた。
朱色の鳥居。
小さな社。
一つ一つ、丁寧に拭いている。
私は――。
もう一つの小さな社へ。
水の神様の社。
天嶽山の中腹にある滝が、ご神体。
おばあちゃんの言葉を思い出す。
丁寧に、拭いていく。
古い木の感触。
少しずつ、綺麗になっていく。
(神様、喜んでくれるかな?)
そんなことを考えながら。
手を動かす。
その時――。
――来なさい。
声が、聞こえた。
私は、思わず手を止めた。
(え......?)
周りを見回す。
でも、誰もいない。
紅菜は、お稲荷さんの社を拭いている。
姫心は、ずっと本殿の柱を拭いている。
麗は、手水舎を掃除している。
みんな、黙々と作業している。
(気のせい......?)
でも――。
確かに、聞こえた。
――来なさい。
また、聞こえた!
聞き覚えのある声。
優しくて、澄んだ、水のような声。
私は――。
ふと、視線を上げた。
境内の奥。
天嶽山の登山口の方。
そこに――。
誰か、いる気がする。
呼ばれている気がする。
(滝の…神...様...?)
胸の奥が、ざわざわする。
お守りを、ぎゅっと握る。
おじいちゃんのお守り。
温かい。
まるで――。
「行ってごらん」と言っているみたい。
私は――。
じっと、登山口の方を見つめた。
何かが、始まろうとしている。
そんな予感がした。
* * *
午後の掃除を終えて――。
気づけば、夕方。
空が、少しずつオレンジ色に染まってきた。
「ふう......」
麗が、手水舎の掃除を終えて。
大きく伸びをした。
姫心も、本殿の柱を拭き終えて。
満足そうにしている。
「みんな、ありがとう」
紅菜が、明るく笑った。
私も――。
水の神様の社の掃除を終えて。
立ち上がる。
でも――。
心の中は、まだざわざわしている。
(あの声......)
(やっぱり、気のせいじゃない)
頭の中で、あの声が何度も再生される。
「そろそろ、日が暮れそうだね」
麗が空を見上げて言う。
「そうだね」
姫心も頷く。
「そろそろ、帰ろうか」
紅菜が提案した。
みんな、頷く。
でも――。
麗が、ふと思いついたように。
「あ、そうだ!」
「みんなで写真、撮ろうよ!」
「いいね!」
紅菜が賛成した。
「せっかくだもんね」
姫心も微笑む。
「うん」
私も頷く。
四人で、境内の真ん中に集まる。
麗がスマホを構える。
「はい、チーズ!」
パシャッ。
撮れた写真を――。
麗が確認する。
「わ!......」
「どうしたの?」
紅菜が覗き込む。
そして――。
紅菜も、驚いた顔をした。
「すごい......」
私も、写真を見る。
四人の笑顔が映っている。
そして、その背景には――。
綺麗な夕日の光が。
放射線状に広がっている。
まるで――。
神様の気配が、そこにあるみたい。
神秘的で、美しい。
「わぁ......」
姫心も、言葉を失っている。
しばらく、誰も何も言えなかった。
それから――。
紅菜が、小さく笑った。
「神様が――」
「応援してくれてるみたい。『頑張れよっ』て」
その言葉に――。
私は、妙に納得した。
「神様、きっと喜んでるね」
私が呟いた。
「もっと――」
紅菜が、真剣な顔で言う。
「もっと、多くの人に来てもらいたいな」
「この神社に」
「そうだね」
麗も頷く。
「うん」
姫心も賛成する。
「みんなで、天嶽神社を盛り上げようね!」
四人で、顔を見合わせる。
そして――。
自然と、笑顔になった。
私たちの気持ちが――。
一つになった瞬間。
* * *
しばらくの沈黙の後。
私は――。
思い切って、切り出した。
「あのね......」
みんなが、私を見る。
「実は――」
言葉を選びながら。
「掃除してる時」
「『来なさい』って――」
「神様の声が、聞こえたの」
一瞬、静まり返った。
それから――。
紅菜が、目を丸くした。
「え!?」
「神様と、話せるの?」
「ううん」
私は首を振る。
「ただ、『来なさい』とだけ、聞こえたの。」
「どこに?」
麗が聞く。
私は――。
登山口の方を指差した。
「多分――」
「天嶽山」
「それで――」
私は、勇気を出して言った。
「私、天嶽山の滝に行ってみたい」
「おばあちゃんが言ってた」
「水の神様の、ご神体の滝」
みんなが、顔を見合わせる。
それから――。
麗が、パッと笑顔になった。
「いいね!」
「私も、秋の天嶽山の写真、撮りたい!」
「私も――」
姫心が、少し照れくさそうに言う。
「山登り、好きだから」
「行きたい」
紅菜が――。
嬉しそうに笑った。
「じゃあ、決まりだね!」
「次の神社部の活動は――」
「天嶽山の登山にしよう!」
「うん!」
私たちは、声を揃えた。
四人で、天嶽山に登る。
水の神様の滝を見に行く。
神様が、呼んでいる。
その声に、応えに行く。
そう決めた瞬間――。
また、風が吹いた。
温かい、優しい風。
まるで――。
「待ってるよ」と言っているみたい。
* * *
日が完全に沈む前に――。
私たちは、境内を後にした。
道具を片付けて。
ゴミを集めて。
最後にもう一度、本殿に向かって。
四人で、お辞儀をした。
「ありがとうございました」
小さく、呟く。
そして――。
石段を下りる。
麗と姫心は、自転車で帰って行った。
「また来週ね!」
手を振る二人。
紅菜と私も、手を振り返す。
* * *
紅菜とは、途中まで一緒の帰り道。
二人で、自転車を並べて走る。
天嶽町から清杜町へ。
坂を下っていく。
夕日が、私たちを照らしている。
「来週の登山、楽しみだね」
紅菜が、嬉しそうに笑う。
「うん!」
私も笑顔で答える。
「神様の声、聞こえたんだよね」
紅菜が、少し真剣な顔で言う。
「うん......」
私は頷く。
「不思議だけど――」
「確かに、聞こえたの」
「そっか」
紅菜が優しく笑う。
「琉々が聞こえたなら――」
「きっと、本当だね」
その言葉に――。
私の胸が、じんわりと温かくなった。
紅菜は――。
いつも、私を信じてくれる。
それが、とても嬉しい。
しばらく、二人で並んで走る。
風が心地よい。
夕日が美しい。
そして――。
紅菜がいる。
(紅菜と出会えて良かった)
(みんなと出会えて良かった)
そんなことを思いながら。
自転車を漕ぐ。
* * *
やがて――。
分かれ道に着いた。
ここから、紅菜は別の道。
「じゃあ、琉々」
紅菜が自転車を止めて。
手を振った。
「気をつけてね」
「うん。紅菜も」
「また明日!」
明るく笑って。
紅菜は、自分の家に向かって走り去った。
その後ろ姿を見送って――。
私も、家に向かって走り出す。
一人になると――。
また、静かな時間。
振り返ると。
遠くに、夕日に染まった天嶽山が見えた。
力強く。
そして――。
神秘的な山。
(来週――)
(あの山に、登るんだ)
(神様が、呼んでる)
心から、そう思った。
今の私には――。
友達がいる。
もう、一人じゃない。
そう思うと――。
目頭が、熱くなった。
私は、もう一度。
天嶽山を見上げて。
(来週、伺います)
そう、心の中で呟いて。
自転車を力強く漕いだ。
秋風が――。
優しく、私を撫でるように通り過ぎて行く。




