蒼戸先生の過去
翌日の放課後――。
四人で、二年の教室に向かった。
「ほんとに、これ見せるの?」
姫心が心配そうに聞いた。
「大丈夫!」
紅菜が自信満々に答える。
麗がスマホを手に持っている。
画面には――太鼓を叩く蒼戸先生の動画。
(これで、本当に引き受けてくれるのかな......)
不安だった。
二年の教室の前に着いた。
放課後で、生徒の姿はない。
教室の中――。
蒼戸先生が、机で書類を見ていた。
「あの、蒼戸先生」
紅菜が声をかけた。
先生が顔を上げる。
「......君たちか」
少し困ったような顔。
「また、顧問の話かい?」
「はい!」
紅菜が元気に答えた。
「昨日も言ったけど、僕は――」
「先生、これを見てください」
麗が、スマホを差し出した。
蒼戸先生が、画面を見る。
その瞬間――。
先生の表情が曇った。
動画が流れる。
ドン、ドドン、ドン、ドドン――。
太鼓の音。
山の中で、太鼓を叩く蒼戸先生。
「......これは」
蒼戸先生の声が、低くなった。
「夏休みに、天嶽山で偶然撮りました」
麗が説明する。
「すごくかっこよくて......デザインの資料にと思って…」
「勝手に撮って、すみません」
麗が頭を下げた。
蒼戸先生は――。
黙ったまま。
「先生」
紅菜が切り出した。
「もし、顧問を引き受けてくれないなら......」
「この動画、学校中に広めちゃうかもしれません」
姫心が目を丸くした。
(え......本当にゆするの!?)
私も驚いた。
蒼戸先生は――。
深いため息をついた。
「......分かった」
「え?」
紅菜が聞き返す。
「顧問、引き受けよう」
蒼戸先生が小さく頷いた。
「ほんとですか!?」
紅菜の顔が、ぱっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
四人で、頭を下げた。
「ただし――」
蒼戸先生が続けた。
「僕は、あまり部活に関わらない」
「名前だけの顧問だと思ってくれ」
「はい! それで十分です!」
紅菜が嬉しそうに答えた。
蒼戸先生は――。
諦めた様子で、またため息をついた。
* * *
――職員室。
担当の先生が、書類を確認している。
「えーと......部員四名、顧問は蒼戸先生ね。よく受けてくれたわね」
「はい、熱意が伝わりました!」
紅菜が明るく答えた。
「ゆすってね」
姫心がボソリと呟く。
「神社部ね。面白い活動だと思うわ」
担当の先生が笑顔で言った。
「では、正式に部として認可します」
カチャン。
承認の印が、書類に押された。
「やったー!!」
紅菜が飛び跳ねた。
姫心も、麗も、笑顔になる。
私も――。
嬉しかった。
(やっと......部になれた)
* * *
みんなで部室に戻った。
四人で、机を囲んで座る。
「いや~、よかったね!」
紅菜が満面の笑みで言った。
「うん。本当に」
姫心も嬉しそう。
「麗の写真のおかげだよ」
私が言うと、麗が小さく笑った。
「たまたまだけどね〜」
紅菜が立ち上がった。
「せっかく部になったんだから、祝勝会しない!?」
「祝勝会?」
姫心が首を傾げる。
「うん! みんなでご飯食べに行こうよ!」
「いいね〜」
麗がすぐに賛成した。
「琉々は?」
紅菜が聞いてくる。
「......私も、行きたい」
素直に答えた。
「姫心も来るでしょ?」
「うん、まぁ」
「決まり! じゃあ、ファミレス行こう!」
紅菜が嬉しそうに言った。
* * *
一方――。
四人が教室を出て行った。
静かになった教室。
蒼戸先生は、椅子に座ったまま――。
窓の外を見ていた。
夕日が、校舎を赤く染めている。
(また、部活の顧問か......)
ふと――。
過去のことを思い出した。
* * *
三年前――。
前の学校。
僕は、和太鼓部の顧問をしていた。
生徒たちと一緒に、太鼓を叩く。
楽しかった。
充実していた。
ある日――。
部員の母親が、学校に来た。
「先生、いつもうちの子がお世話になってます」
笑顔で話しかけてくる。
最初は、普通の保護者だと思っていた。
でも――。
次第に、様子がおかしくなっていった。
放課後、職員室に訪ねてくる。
「先生、息子のことで相談があるんです」
最初は、生徒の話だった。
だか、次第に。
「先生、お休みの日は何されてるですか?」
「先生、今度食事に行きませんか?」
何度も、誘われた。
もちろん。
全て、丁寧に断った。
「申し訳ありません。そういうのは......」
でも――。
女性は、諦めなかった。
そして、ある日――。
男性が、学校に乗り込んできた。
女性の夫だった。
職員室に、怒鳴り込んできた。
「蒼戸ってやつは誰だ! 出てこい!」
大きな声。
職員室中が、静まり返った。
数人の先生が僕を見る。
気づいた男性が、怒りの形相で向かって来た。
「お前が、妻をたぶらかしたんだろう!」
「え!? 僕は何も――」
「嘘をつくな! 妻の様子が最近おかしいから問い詰めたら、蒼戸先生に言い寄られて困ってるって言うじゃないか!」
全くの誤解だ。
いくら説明しても、信じてもらえなかった。
怒りが収まらない夫は、拳を握りしめ、僕に殴りかかろうとした。
他の先生が、慌てて止めに入った。
でも――。
噂は、すぐに広まった。
「蒼戸先生、保護者と不倫してるらしいよ」
「あの先生なら、やりそう〜」
生徒たちの、ヒソヒソ話。
廊下を歩くたびに、視線を感じた。
数日後――。
校長室に呼ばれた。
「蒼戸先生」
校長が、重い口を開いた。
「申し訳ないが......自主退職をお願いしたい」
「え......」
「君に非はないのは分かっている」
「でも、学校として......」
校長が言葉を濁した。
僕は――。
何も言えなかった。
* * *
それから――。
数ヶ月後。
清杜高校に、赴任が決まった。
新しい環境。
新しいスタート。
でも――。
同じことを繰り返したくないために、髪を伸ばした。
前髪で、顔を隠すように。
(目立たないように)
(また、トラブルに巻き込まれないように)
部活の顧問も、全て断った。
授業だけ。
それ以外は、受けない。
そう決めていた。
* * *
夕日が、さらに赤くなっていた。
蒼戸先生は、窓から視線を外した。
「それにしても、織部琉々か......」
ふと――。
琉々の顔が、頭に浮かんだ。
「まさか、こんなところで出会うとは…」
(守らなければ......)
そんな衝動が、込み上げてきた。
何かを思い出すように、天井を見上げる。
(それにしても......また、部活の顧問か)
(今度こそ、何も起こらなければいいが......)
蒼戸先生は、小さくため息をついた。




