馬と鹿がバカになるまで
馬と鹿と聞いたら何を思い浮かべるだろうか。四足歩行の動物?哺乳類?漢字を並べると馬鹿と言う頭が悪い意味の言葉を思い浮かべるだろうか?
「はあ?!うるさい!ばか!」
「バカバカうるさいな!その口はうるさくしかできないのか!」
今目の前には、浅い口喧嘩をする馬君と鹿さんが耳を赤らめ言い合っている。2人は幼馴染であり、両片思いである。いわゆるツンデレ同士なのだろう。
これはいつものこと。口喧嘩をしながらも互いを好いている。
私はその光景を幼稚園の時から。
私はその光景を小学校になっても。
私はその光景を中学校に一緒に上がったが。
私はその光景を高校になっても相変わらずに。
私はその光景を……光景を……こうけいを……ブチッ。
「良い加減素直になれよあのアホアホ野郎共がぁ!!バレンタインデー用のチョコ選びを私に手伝わせるな!チョコ作りを一緒にやらせるな!良い加減渡せよ!何度目だ選んだチョコを、作ったチョコを己で喰らう気分は!私まで辛気臭くなるだろうがぁ!!今までいくつイベントがあったと思っている?!はよくっ付け!くっ付いてイチャイチャを私に見せてみろやぁ!!」
高校1年のバレンタインデーの夜。2人それぞれから結果を聞いたあの日。私の中で我慢の南京錠が弾け飛んだ。
〈我等クラスメイト馬鹿応援隊は2人の恋愛を応援しています〉
まずこうなった経緯を説明しよう。2人の交流は狭くは無く、広い方だ。その交友関係のお陰で、2人の友人達から別々に片想いしていることがすぐに判明した。あまりにあっさり判明し過ぎて、念の為の確認も要らなかったかも知れない……
それが改めて判明した時、我慢の南京錠が弾けた時、私は思い付いた。2人を私の手でくっつけようと。馬と鹿を『馬鹿』という二字熟語にしようと。小学生の頃から現在の高校生まで同じだった為、2人のことは深く知っているつもりだ。
現在高校2年生の1学期初頭。2人のクラスは同じ。そして私のクラスも同じ。2人のことはクラスメイトには周知の事実。
そして今、会議室を借り馬君と鹿さん以外のクラスメイト及び別クラス別年の馬鹿応援隊で会議が始まる。
何故こんなにもクラスメイト達が協力的なのか疑問に思う者もいるだろう。それはひとえに2人の幸せをただ願っている者。状況が面白い者。暇つぶしな者など人それぞれ。しかし協力している以上、皆同士だ。正直無茶苦茶心強い。1人でやるよりも安心感が段違いだ。
会議が始まった時、メンバーの1人が言った。2人にぶっちゃけたらどうか?と言うものだが、却下だ却下。2人は互いにツンツン。下手に周りから唆しても反発して破局するのが目に見えている。
これはどれだけ良いシチュエーションでどれだけ自然に自発的に告白させるかが鍵だ。
作戦A。噂流し。
馬には鹿の、鹿には馬の情報を噂のように流す。耳を赤くした、口喧嘩を後悔してるらしいなど。不確かそうな情報を聞かせれば、多少告白などのハードルが下がるだろう。ちなみに流す情報は全部真実だ。新聞部のメンバーが学校内外に聞き込みをしてまとめてくれた。あとで私から何か奢るとしよう。
以下、写真部所属のメンバーが録画した2人の様子。
「……あーうん。へー」
「えっと、しっかー、は何とも思わないの。こんな噂流されて」
「あー、所詮は噂でしょ。噂ウワサ」
鹿さんはそう言いながら、視線を噂を流した目の前の友人から窓の空にずらした。私は知っている。これは熟考する時の癖だ。何か考え込む時、鹿さんは別の何かをじっと見つめる癖がある。良い兆候だ。
そして馬君については……
「……あぁ、無い無い。無いよ」
「でもよぉ、結構噂になってるぜ。気になんないのか?」
「…………あいつから告白をして、俺に全部捧げるとか言われたらなびくかもな」
……厨二病?まぁ兎に角、馬君の性格的に、もし仮に鹿さんからそう告白されたとしても真面目に付き合うだろう。そして悪ぶりな発言はどうあれ、証言を得られた。
作戦A……始まりにしては上々だ。不味い、まだまだなのにニヤけて来た。咄嗟に手で私の頬を叩く。パチンと良い音が鳴った。2人に対して全力でニヤけるのは結婚式まで、可能なら取って置きたい。
作戦B。密室イベント。
作戦名の通り2人を閉じ込める。恋愛漫画とかに起きるありふれたイベントだ。
時間は授業時間に影響が無いように放課後。そして2人それぞれにメンバーが頼み事をして誘導。場所は外の体育館倉庫。ロケーションとしてはこれより上の物は無く、正直妥協ではあるがしない手は無いだろう。
閉じ込めるとは言っても、一応脱出手段は用意してある。体育館倉庫にはたった1つだけ窓があり、窓の鍵は中から開錠可能なので肩車をすれば容易に出られる。そしてそこから外に出た片方が閉じた扉を開ければ2人とも出られる。
念の為安全面を考慮し、外の窓付近に小型ながらもトランポリンを設置した。数年前まで存在していたトランポリン好きの教師が主導して作ったトランポリン同好会の備品だ。教師陣からの許可は既に得て、埃をかぶったトランポリンの使用が可能になった。念の為、馬鹿応援隊のメンバーでちゃんと跳ねるかどうかの安全確認は終えている。
ちなみにトランポリン同好会はトランポリンで跳ねるだけの活動で人が集まらず、半年で消滅したらしい。
「どうなってんだ?!か、固い!カギ閉められてやがる。なんでだよ!」
「誰かー!近くにいませんかー?!」
馬鹿応援隊、会議室仮設本部。現在体育館倉庫に仕掛けられた監視カメラとマイクにより、リアルタイムで状況を観察中。馬鹿応援隊隊長である私と、馬君と鹿さんの親友及び馬鹿応援隊中核メンバーが指令役として会議室で状況を観察しながら実行部隊に逐一指令を送り、実行部隊は2人を誘導し閉じ込め、監視部隊は体育館倉庫を校舎やその周囲から監視。異常があれば本部にスマホで通達が来る。
この完璧な体勢で、作戦を遂行させる。
参加したメンバーには今日の夜に食べ放題店にて打ち上げに参加する権利が与えられる為か、凄まじい気合いの入りようだ。ちなみに代金は私を含めた中核メンバーの割り勘である。
「……ど、どうする?」
「え、どうするって聞かれても。スマホは外だし誰も来ないし。アンタと一緒なんて最悪よ」
「ああもう俺もだよ」
2人の間に微妙な空気が流れる。まだこれは想定内。前回の作戦の噂を引きずっているのか、いつも以上に微妙だ。いつまでも2人を閉じ込めるのは心苦しい。だがこれはずっと近付かなかった2人が悪い。もしこの作戦が2人に知られたとしても……近付ける為の仕掛けが閉じ込めるだけだなんて思わないことだ。
「……!危ない!」
おお!これは意外!鹿さんが馬君を押し倒して頭上から倒れ落ちる倉庫の備品を共に避けた!
ちなみにこれは予め仕掛けていた装置が作動しただけである。安全に全身全霊をかけているので、落とした備品は玉入れの玉である。当たっても特に痛くはならない物を選定しておいた。
「「……!」」
おお!カメラの位置的にあまりよく見えないが、急に近くなった両者の顔に思考停止していることだろう。でなければ今の体勢をすぐに止めるはずだ。これには会議室の全員が声を上げた。一部は漫画のような事態に黄色い声を上げ、一部は押し倒した鹿さんの積極性に歓喜の声を上げ、一部は押し倒された馬君に羨ましいと憎たらし気な声が上がる。
馬君と鹿さんの体勢は会議室の声が収まっても終わらず、その馬君と鹿さんが今感じているだろう永遠とも思える時間と一緒に、私達も永遠とも思えるその様子にモニターに映る隠しカメラ映像を凝視する。
その空間を先に破ったのは馬君だ。鹿さんよりも先に冷静になり、押し倒された状態からいち早く抜け出した。
「ん?お前ら何やってんだ?」
「せっ、先生!?」
「え?!」
「「「「?!?!?!?!?!!」」」」
倉庫の扉を開けて現れた突然の来訪者に2人は驚き、会議室にいる全員も別の意味で驚愕で固まるしかできなかった。
完全に予想外の予想外だ。実行部隊は何をしているんだと問いただすスマホの着信が幾つも鳴り響く。
あの調子ならまだまだ煮詰められたはずだと言うのに。一番の敵は事情を知らぬ知り合いか……作戦B、失敗だ。
作戦C。事故キッス。
前回の反省を踏まえつつ、今度こそは円滑に事を進める。作戦名の通り、意図的に事故キッスを起こしそれに伴う場を作る。
事故キッスには色々な種類がある。階段落下で両者がぶつかり唇が触れ合う事故キッスや、乗り物の揺れによる事故キッスなど。シチュエーションによって様々あるが、上記のようなシチュエーションを実行した場合、不意の事故が怖い。人間の反射能力にも限界はある。
ならばと応援隊で意見を出し合い、どんなシチュエーションが良いか考え煮詰め、出来うる限り安全な事故キッスを演出する。
最終的なシチュエーション案は、まず2人を外開きである部屋の扉の前に呼び、縦に真っすぐ並んだ状態で扉を開ける。するとどうだろう。内側から扉を開けると1人の背中が押されほぼ確実に密着する。
正直扉を開ける速度にもよるが、それで確実に事故キッスとなるかは分からない。せいぜい押された側が相手に抱き着き密着する、いわゆるハグになるのが関の山かも知れないが、それもそれで良いと思う。一番重要なのは2人の仲が近付くこだ。事故キッスを成功させる為では無い。
……作戦名。変えるか。
作戦C。事故キッス改め、作戦C事故密着ハグ。
既に配置や役回りの共有は終わらせてある。翌日、作戦決行だ。
翌日。某店のカラオケボックス内にて。
「これより、臨時擬似裁判所にて犯罪野郎の裁決を始める」
メンバーが選定した処刑用bgmが流れるカラオケボックス内には、右に検察、左に弁護、奥に観客兼馬鹿応援隊メンバー。扉近くに裁判官である私とその横に名乗り上げた裁判員2名。最後に中央に事の事態の発起人たる隣のクラスの悪ガキヤンキー。今は逃げられないように縄でグルグル巻きにしている。
「では検察。前へ」
「はい。被告は今日、昼休み時間にてイジメの仲裁に現れた馬君を突き飛ばし指の骨を折るなどの怪我を負わせ、更には馬君に心配で駆け寄った鹿さんの腕を掴み押し倒して唇を奪い掛けました。そうなる前に馬鹿応援隊総出で取り押さえましたが、やろうとしたことは明白!元々イジメの主犯ということもあり、諸々の罪から擁護すらできません。被告には、我々からの制裁を受けて頂く必要があります!」
馬君を助けに鹿さんが来たと言う、正直シチュエーションとしては中々だが、実害が大きい。安全第一でやって来た馬鹿応援隊としては由々しき事態だ。
検察側の発言が終わり、それを決定付ける為に言葉の後に証拠が出される。提出したのは一連の録音、映像。それに対し悪ガキヤンキーが口を開く。黙れよ。
「なんでだよ!なんで録音なんかしてんだよ!あとコイツらは何なんだ?!おい!聞けよ!」
「最低野郎が何やらほざいていますが無視しましょう。では弁護人。弁護を始めてください」
「極刑」
まぁ弁護を頼んだら心底嫌な顔をしたから予想通りではある。だとしても何故そんな行動に出たかなどの理由くらいは周知させなければ。情報収集が得意なメンバーがいる為、既に色々と分かっており弁護側にも情報共有は済ませてある。
「極刑は確定としても、理由について共有をお願いします」
「……以前から被告は鹿さんに歪んだ恋心を抱いていたようですが、その理由がイジメがいがあるとかで、実際に小学生の頃に鹿さんを軽くイジメていたようです。その際、馬君が庇いこの野郎を糾弾したことで馬君に対し恨みを募らせ、今に至ります。救えねぇなこいつ」
本音が漏れているな。だがそれも仕方ないだろう。私としても、この悪ガキヤンキーを放置した私自身に怒りが募る。今まで2人を長年共にいたと言うのに、何故気付けなかったのか。いや、馬君と鹿さんだけしか見ていなかったのかも知れない。だからこそ、こんな事態にまで発展したのかも知れない。
……1人反省会はまた後だな。
どちらにせよ、悪ガキヤンキーのお陰で作戦Cを中止にせざるを得ない事態になった。本当にやってくれたと心底思う。
「では判決を言い渡す。極刑。誰か異論は?」
弁護も検察も野次馬も、何も言わない。ただ1人目の前の悪ガキヤンキーが口うるさく反論している。良い加減うるさくなって来た。ガムテープで口を塞いで置こう。
検察側によって口が塞がれ、もごもごと未だに何か言おうとしている悪ガキヤンキーを尻目に、野次馬の1人が手を上げた。
「私から制裁の後についてのことで。今、証言や証拠を募りこの野郎を退学及び少年院入りを確実にする為の情報を精査しています。以前からの噂や中学小学のやらかしを考慮すれば、退学は確実に可能となるかと」
「良くやった。そのまま続けてくれ」
「了解であります」
生き生きとした表情と声色で返事をし、そのまま持ち運んだノートパソコンに視線を落とした。
この状況だけ見れば私達が悪ガキヤンキーをイジメているように見えるかも知れないが、既にこいつは色々とやってくれた。この程度は順当だろう。
後日、悪ガキヤンキーは馬鹿応援隊が提出した資料から退学となり、悪ガキヤンキーと私達が別々となった中学時代にやらかしたという情報から更に精査し、余罪が色々分かった後に証拠諸共警察に突き出した。
悪ガキヤンキーの少年院入りが分かり、馬鹿応援隊が盛り上がったのは言うまでもない。
作戦D。ばったり映画館。
先日悪ガキヤンキーへの制裁に盛り上がってしまっていたが、そもそもの目的は馬君と鹿さんがくっつき恋仲となること。作戦Cは改めて思い直すと背中が痛くなるだろうなと冷静になり止めた。安全第一だ。まぁと言う訳で、新たな作戦を考えついた。
シチュエーションとしてはこうだ。まず2人それぞれを映画に誘い、偶然を装ってばったり同じ映画を見るように仕向ける。席が隣同士なら尚良い。
今回の作戦は何人ものメンバーを動員せず、少数で遂行する。いつもは隠しカメラで別の場所から2人の動向を観察しているが、そもそも映画館で隠しカメラとか犯罪。最悪警察のお世話になる。それに今回に関しては私自身が動いた方が都合が良い。自慢する訳では無いが、私は馬君と鹿さんの1番親友であると言う自負がある。私が誘えば確実に来てくれるだろう。
ちなみに見る映画は今話題の恋愛映画である。ぶっちゃけ2人には参考にしろと言う私怨を込めてこの映画を選んである。
作戦当日の日曜日。私は馬君を。鹿さんには馬鹿応援隊メンバーであり鹿さんの友達である者達が誘い。同時間、同映画館。2人の目を盗みつつ相手側の方とスマホで情報共有をして、隣同士になる席を探す。既に鹿さんの方は席を選び座っているそうで、座っている席はFの3。Fの4が開いているらしいので、馬君をそこに誘導する。
馬君は映画館で席にあまり固執しない。だからいつも私にどんな席が良いのか、オススメを頼む。だからこそこの作戦が実現可能となった。
ちなみに2人にはオススメの映画があるとだけ言ったので、今から見るのが恋愛映画なんてちっとも思っていない。私怨をぶち撒けるのに丁度良い映画がやっていて本当に良かった。
ポップコーンサイズを買い、コーラを買い、鹿さんのいるシアターへと向かう。馬君は骨折が治った指でポップコーンとコーラを両手に持つ完全装備。ワクワク感が良い感じに滲み出ている。今から反応が楽しみだ。
「げっ」
「な、何でいるの?」
予想通りの反応であった。突然のことで一音だけ発し固まる馬君。周囲の迷惑にならないように静かに慌てる鹿さん。そして驚くフリをする私と馬鹿応援隊メンバー。
そうこうしている内に照明が消えて行き、映画前のCMが流される。それに気付き急いで座ろうと馬君が動くが、座る場所を認識して再び固まる。そんな馬君に私から早く座るように促し、やっと座った。ここまでは計画通り。
位置は左から馬鹿応援隊メンバー、鹿さん、馬君、私の順番だ。流行りの映画であるが故に席はほぼ満席。更に見渡したところカップルが多い。流石に馬君と鹿さんはこの映画館内の事態に気付き、気不味い雰囲気を漂わせている。ガッツポーズをしたくなったが、心の中に留め映画に一旦集中する。未だ2人は何とも言えない雰囲気の中、映画が始まる。
映画が始まり数分。鹿さん側にいるメンバーからアイコンタクトが飛び、あからさまにならないように鹿さんに視線を移す。
鹿さんが手を強く握りしめ、ただ、馬君を静かに見つめていた。馬君に気付かれるのを恐れてか、映画を横目に見ながらであからさまにならないように。肝心の馬君は手を目の位置に置き、視界を完全に塞いでいる。私が誘った映画が恋愛映画だとは微塵も思わなかった反動であろう。
そんなのいいから早く横を見ろと声を大にして言いたい。早くあの恋愛映画のように至近距離で見つめ合え!
「ふぅぅ……」
一旦息を吐いて落ち着こう。メンバーの方は鹿さんが馬君を見つめている状況に黄色い悲鳴を今まさに上げ掛けているという、私とは全く別の事態になっている。無言になれという意味を込めたジェスチャーをして、メンバーを落ち着かせる。
まぁ馬君は兎も角、鹿さんに関してはかなりの進展だろう。チケットを奢ったからにはちゃんと映画を見ろと、別の意味で声を大にして言いたいが、他の人の迷惑になる為なんとか抑え込む。
恋愛映画が終わるまで、鹿さんはずっと馬君を見つめ続けた。映画が終幕に進むにつれ、その目が恋慕から愛に意味を変えて行ったことを馬君は知らずに。
その夜、メンバー全員に今回の作戦での結果をメールで送信したところ、歓喜に近い通知の雨霰で私は一夜だけ不眠になった。
作戦E。あ!告白練習中に思い人が!
作戦の名称は……新規メンバーの1人に分かりやすく面白くなるように、と言い勝手につけられた。他メンバーはこの作戦名に好印象である。何故だ……
作戦名そのままだからほとんど説明は要らないだろう。メンバーであるどちらかの友人が唆し、告白の練習をさせる。もう片方を上手く誘導し鉢合わせれば完璧だ。
告白練習をさせる対象は鹿さん。今までの作戦の結果、馬君の言動、そして鹿さん本人の行動から、自身の気持ちを真に理解したと判断し、鹿さんに馬君をどう思っているかを私から直接聞いた。
すると鹿さんは素直に馬君を好きだと言い、両思いだったら良いのになと呟きながら、私まで恥ずかしくなるようなことまで言い始めたのでそこで止めた。
どちらにせよ、問題は馬君である。あのアホは未だに気付きやがらない。
鹿さん視点では『鹿さん♡→馬君』だが、馬君視点では『鹿さん←?馬君』となっている。鹿さん本人は両想いに微かに気付き始めていて、馬君は自身の気持ちをちゃんと理解していない……良い加減気付けよ畜生。劇薬はここで使うのが一番だろう。
私から鹿さんに馬君をどう思っているかを先日聞いた。その延長として恋バナに昇華させ、告白練習に移行させるのが今回の作戦の肝。その為に必要なのは会話の変化スピードとタイミング。
まず、急がず焦らず恋バナをある程度盛り上げる。
「え?!うー君と恋人になりたい?って、いきなりそんな……恥ずかしいから……ちょっと落ち着かせて」
鹿さんがもじもじしながら、誰もいない教室の隅で縮こまる。ちなみに『うー君』は鹿さんが小学生の頃の馬君の呼び名である。そして馬君は鹿さんを『しーちゃん』と呼んでいた。今は恥ずかしくて絶対呼ばないだろうが。
現在時間は放課後。そして恋バナで少しずつ盛り上がる私と鹿さん以外誰もいない教室。
恋バナの場所は会議の結果、容易に人払いが可能な私達のクラスであるこの教室となった。この教室のほぼ全員が応援隊メンバーな為、すぐに無人と化すことが可能である。
鹿さんとの会話は慎重に、そして小走りで話題を進めつつ、タイミングを探る。現在馬君はメンバー達が気を引いて駄弁ったりしながら学校に留まって貰っている。鹿さんの告白練習が始まり次第、私のスマホからメールが飛び、あちら側に届く。
スマホはポケットに中に入れ、メール送信画面で止めてあるのでワンボタンで届き、会話から外れている役のメンバーに伝わる。そこからアイコンタクトで馬君を留めているメンバーに届き、適当な頼み事をしてこの教室に来て貰う。
基本彼は優しいので、断ることは無い。張り出されてた予定表の写真を撮って欲しいなどを頼めば良い。更に頼み役に急ぎの用があると知れば、尚更断ることは無い。
だから、他の誰よりも、私は1番重要なんだ。誰よりも鹿さんを知っているという自負が、私にはある。適任な人は他にもいるかも知れないが、私は間近で見たい。今までとは違う、私の知らない鹿さんを。
「……そうかもね。今まで何回も、うー君とぶつかっちゃた。アナタの言う通り、ぶっつけ本番は厳しいと思う。ぜったい、カミカミなる自信しか無い。って笑わないでよ。辛気臭くなった私がバカみたいじゃない。すぅ……はぁ……分かった。やってみる」
鹿さんは準備万端になった。次は、馬君の番だ。鹿さんが誰もいない方向を向き深呼吸している内に、メールを送る。ここに来るまでの時間を逆算して、少しだけ鹿さんと喋り告白練習までの時間を稼ぐ。
ここまでの下準備は長かった。今までのどの作戦よりも緊張感が凄い。失敗しないだろうか、馬君が途中でトラブルに遭い来なかったらどうすればいいのか。そんな不安を抱えた本音を心の中に抑え込み、練習とは言え緊張している彼女を励ます。数十秒の後、鹿さんが想像で目の前に馬君を想い描き、口を開く。
「私は……私はうー君が好き!だから、だから……私と——」
もじもじしつつも、決意を込めた表情で目の前の仮想の馬君を見つめ、溜めて来たものを吐き出すように言い連ねる。
そして、予想通りに作戦通りに彼が来た。
「……っ」
ガラガラと音の鳴るはずの扉を、音をほとんど鳴らさず少しだけ開けていた。その小さな隙間でも、本番前の予行とはいえ、誠心誠意の告白の声量だ。充分、聞こえただろう?
馬君は扉を更に開けることは無く、そのまま昇降口方面に駆け出した。鹿さんが気付くほどの足音を鳴らしながら。
「……うー君?」
ここまで来た。その達成感が全身に染み渡るが、まだ終わりでは無い。その喝を込めて、改めて現状を整理しよう。
現状を整理すると、私の主観ではあるが馬鹿応援隊を設立する前は馬君と鹿さんは自身の気持ちを恋だとは確信していなかった。だから友チョコとして渡そうとしても気持ちの違和感と恥ずかしさで直前で止めていた。
痺れを切らした私によって馬鹿応援隊を設立し、2人をくっつけようと画策。私達の作戦を越えていく内に、鹿さんの違和感を確信に変えることに成功。そして今回の作戦で馬君も確信に変えられただろう。
決戦は明日。明日で馬鹿応援隊の存在意義の全てが決まる。
最終作戦。どっちも一緒にネタバラシ。
今までの作戦から互いと自身の気持ちを理解し合った2人に、クラスメイト全員で茶化さない程度に今まで両思いだったことを話し、2人の告白を全員で後押しをする。場所はまぁ、屋上が無難だろうか。
ちなみに今までの作戦については話さないつもりだ。変に白けては不味いし、2人には運命によって結ばれたと心から信じて欲しい。
ちなみに作戦名だが、今回は新人発案では無く私の案を何とか勝ち取れた。少々疲れた……無駄な体力を使った気がしないでもない。
作戦決行日は作戦Eの翌日。何日も長考させるなんてことはさせない。間髪入れず馬鹿応援隊の創り上げた道でラストスパートを駆け走って貰う。
作戦Eが終わった当日の真夜中。馬君から電話が掛かって来た。十中八九あのことだろう。迷うことは無い。すぐにスマホを手に取り、通話を繋げる。あの時開けていた扉の開け具合を考えれば、馬君に届いていたのは鹿さんの告白練習の言葉だけだ。
『俺は、あいつをどう見れば良いのか、もう……分からないんだ』
あちら側からぽつぽつと、馬君が私からの返答を待たず呟いていた。そしてまだこの呟きは続きそうだ。
『だから教えてくれ。お前なら分かるんじゃ無いのか?ずっと一緒にいたなら、知ってるはずだ!お願いだ!』
……さてどうしよう。今のを聞く限り、全部をぶち撒ける必要性は感じない。だが少し背中を押す程度では、馬君は日和る。確実に。ならばどうするか。ふむ……そうだ、あれがあった。既に劇薬は投下している。あと1つ投下しても大丈夫だろう。
『え、写真を送るから待ってろ?まぁ待つけど、何するつもりなんだ?』
一度電話を切り、今まで取って置いた2つのラブレターを取り出す。かなり拙い文字で書かれているこれは、私達が小学生の一年生の頃に馬君と鹿さんが互いに書き送り合った物だ。当時の教師の企画で、互いに手紙を送ろうという企画で書かれた。
当時、2人は何を思ったのかラブレターにしか見えない物を互いに送り合った。これの内容は将来結婚しようなどの言葉がつづられている。企画が終わった後、2人は何を思ったのか無くしそうだから預かって、と私に今の今まで預けている。応援隊を作る前の関係性から、2人はこれを確実に忘れているだろう。だからこそ今、馬君の背中を大きく突き飛ばせる代物と化している。
よし、写真を撮れた。後は馬君に送信するだけ。もしこれでも日和ったのなら、背中を殴り飛ばしてでもくっつけてやる。
夜が過ぎ、昨日から見れば今は明日になった。野次馬である私ですらかなり緊張しているのだから、当人達の緊張は計り知れないだろう。
「馬君。ちょっと、良いかな」
『おお!鹿さんが馬君に声を掛けた!実況はこの私、馬鹿応援隊幹部と解説の馬鹿応援隊隊長がお送り致します』
『……静かに』
『おおっと、隊長からお叱りを受けてしまいました。一旦静かにします。この実況は学校内の会議室からお送り致します。さて、誘った鹿さんに対し馬君の反応は如何に』
現在時間は夕方の放課後。2人は会話の接点を中々作れず、遂に放課後にまで伸びてしまった。で、最終作戦ということで応援隊で会議室を貸し切り、前の倉庫のように隠しカメラから2人の様子を覗いている。だがそれだけでは味気ないとかで挙句の果てに実況までやり始めた。これから起きることにテンションと緊張が上がるのは分かるが、にしても自由過ぎでは無いだろうか。
馬君と鹿さんは現在教室。鹿さんから声を掛けられ、馬君が頷き、教室から別の場所に移動し始めた。こんなこともあろうかと、移動動画送信班を作り向かわせてある。スマホのビデオ通話を使えば会議室にも2人の様子を見ることができる。正直助かっている・スマホが無ければかなりの出費が掛かるところだったのだから。
『おおっと、2人が会話しないまま夕陽の見える屋上に到着した!これ以上のロケーションが学校の敷地にあるでしょうか?!いや無い!応援隊のみんなの緊張が、私以外の無音に包まれた会議室から容易に想像できます!なので私だけでもハイテンションに実きょ——』
流石にうるさいので応援隊の連携で口を塞ぎ手を縛り椅子に固定させる。塞がれた口からもごもごと実況させろと言う意思は伝わって来る。だが一旦静かにして欲しい。
私達がこんなことをしている間にも、校舎の屋上に来た馬君と鹿さんの何とも言えない沈黙が破られる。馬君の言葉によって。
「……悪い。昨日のあれ、聞いちまった」
「あー、あれ、かぁ……」
未だ雰囲気がたどたどしい。メンバーの1人から息を呑む音が聞こえた。
「色々俺からも、そっちも聞きたいことがあると思う。だけど、その前に、これだけは言いたい」
手汗が粒になって手首を垂れる。さあ言え!ここまで行ったのだから、あのラブレターを見て決心したんだろう?!
「俺は……好きだ。君を……その、えっと、色々言いたいけど、その、とにかく好きでした!君……いや、し、しーちゃん!俺と付き合って下さい!」
「うん!私も、ずっっと昔からうーくんが好きです」
あぁ、ほろほろと涙が溢れる。本当に、本当に、やっっと今までの頑張りが報われた気がする。馬鹿応援隊全員から、静かに安堵の声が漏れて行く。盛大に歓喜する訳でも無く、達成の喜びを体で表現する訳でも無く。ただ静かに立ち上がり、後片付けをしていく。
メンバーみんなには本当に助かった。お陰で、この幸せな景色を見れた。
正直もう、悔いは……悔いは……いや悔いはあるな。ありまくりだな。まだ2人のイチャイチャを見れてない。この光景を見てると、3人家族の写真が欲しくなる。うーむ、次は結婚式でも計画するか。
『新婚夫婦の入場です』
パチパチと拍手が式場の中で響き合う。
2人は何も知らない。恋物語の裏に私達、馬鹿応援隊がいたことを。今までの苦労が脳裏を過ぎ、感傷に浸る時間がすぐに過ぎ去り、結婚式が終わりパーティーが始まった。
ちなみに結婚式のスケジュールはほぼ全て私が構築し、馬君と鹿さんに見せて2つ返事でOKを貰っている。
「おめでとう。馬君に鹿さん」
「お前、まだそのあだ名を使うつもりか。まぁ良いけどな」
「ふふ。本当に、今は特別な時なのに、そのあだ名で呼ばれるだけで日常感がほんと凄いよ」
幸せそうに2人が口をほころませている……が、なんだその、にやにやとした顔は。何を企んでいる……?
「ありがとうな。お前が色々手を回してくれたんだって?」
「……?!」
咄嗟に視線を元馬鹿応援隊メンバー達に向ける。出所としてはそこが最有力候補。私の視線に気付いた数人が、てへぺろ顔で返答した。って、お前らぁぁあぁああぁぁぁ?!?!?!!
「私からも。アナタが馬鹿応援隊、だっけ。そのリーダーになって私たちを応援してくれたって、皆んなが言ってた。ありがとう」
「と言う訳で、友達代表として何をやったか全部言って貰うぞ。言えるくらいのネタはあるだろ?」
「……ふは、ははは!」
いやはや。墓まで手を回していたことを隠すつもりでいたが、私に味方はいないらしい。大人しくここは、バカのように素直に全部話すとしよう。




