妹が嫌がり追放された無能と言われた身代わり令嬢は黄金の出汁で公爵を溶かしながら朝食はふわとろオムレツで使用人も領民もまとめて餌付けしちゃいます!世界一幸せな食卓へようこそ!
「地味な顔にぴったりの呪われた辺境へ行ってらっしゃい!」
妹のニーナが高笑いと共にトランクをドカッと蹴り飛ばす。ここは伯爵家の豪華な邸宅。エイラナに居場所はない。
前世で料理研究家だったのだけど、世界に転生してからというもの実家の厨房に閉じ込められて、家族専属料理人としてこき使われてきた。
それにしても脚力強すぎる。普通蹴ったら捻挫ものなんだけど。
作った絶品料理はすべてニーナが作ったものとして発表され、私は無能な飯炊き女として虐げられる毎日。
今日、わがままな妹が嫌がった冷酷な辺境伯への身代わり婚を押し付けられ、実家を追い出されることになった。
(……よっしゃあ!やっとブラック厨房から解放された!)
馬車の中でガッツポーズ。トランクには実家でゴミ扱いされていた鰹節、昆布、秘伝の味噌。これさえあればどこだって自分だけの王国を築ける。
数日後、たどり着いたのは死の辺境と呼ばれるホワイトワルド領。現れた旦那様のピーヒュト公爵は……噂通りの超絶イケメンだけど、目の下にはクマがあるし氷のように冷たい瞳で睨みつけた。
「は……身代わりか。好きにしろ。食事はいらん、私は忙しい」
執務室に籠もろうとするピーヒュト。でも、料理研究家の目は誤魔化せない。あの人は完全に栄養不足で胃が悲鳴を上げてる。
「任せなさい。料理でクマを消し飛ばしてあげる」
厨房へ猛ダッシュ。辺境の厨房は食材こそ少なかったけれど、調理器具はピカピカ。そこで基本の黄金出汁を丁寧に取る。香ばしい鰹の香りと昆布の旨味が混ざり合い、厨房が魔法のような香りに包まれた。作ったのは鮭の黄金出汁茶漬け。
「旦那様、お夜食を持ってきました」
「だから……言ったはずだ、いらな……っ、なんだ、この香りは」
ドアを開けた瞬間、ピーヒュトの鼻がピクピクと動くとにっこり笑って、湯気が立ち上る碗を机に置く。
「さらさらっといけますよ。一口だけでも、ね?」
ピーヒュト様はおそるおそる匙を取り、スープを一口啜るその瞬間。目が開く
「……っ!!なんだ、身体の芯にまで染み渡るような、優しい旨味は」
さらさら。さらさらさら!
あんなに不機嫌だった氷の処刑卿が、無我夢中で茶漬けを掻き込んでいるじゃありませんか。ふふふ。
「エイラナ。これは本当にお前が作ったのか?魔法だ……胃の重みがスッと消えていくのだ」
最後の一滴まで飲み干した彼は顔を赤らめて見つめた。頷く。
「……明日も、作ってくれるか?いや、朝昼晩お前の料理が食べたい」
「ええ、もちろん。明日はもっとすごいですよっ」
胃袋掌握完了!の一方で料理人を追い出した実家ではどうなっているか。
「な、なにこれ!味がしない!焦げてるわ!」
「エイラナはどこだ!アイツがいないと飯がマズくて死んでしまう!」
今さら泣きついたってもう遅い。美味しい魔法は、これからは大好きな人たちのためにだけ使うのだから
「はわわ……!いい匂いすぎて、天国にいるみたいです……!」
翌朝、厨房に立つとそこには期待に目を輝かせた侍女たちがずらりと並んでいた。昨夜、氷の閣下が夜食を完食したという噂は夜のうちに屋敷中に広まっていたみたい。
「おはよう皆。今日は辺境の新鮮な卵を使って、とびっきりの朝食を作る」
今日用意したのは辺境鶏のふわとろオムレツ特製デミグラスソースがけ。実家のブラック厨房では卵焼きで十分だ!なんて言われてたけど卵料理こそ料理人の腕の見せ所。
バターをたっぷり溶かしたフライパンに溶き卵を投入。トントンと手際よく返せば外はつるんと美しく、中はナイフを入れた瞬間に溢れ出す半熟仕立て。
「……エイラナ、おはよう」
そこへやってきたのは、心なしか昨夜よりお肌がツヤツヤしているピーヒュト。制服をバシッと着こなした美貌の公爵様だけど、鼻をヒクヒクさせてオムレツを見つめる姿はやっぱりお腹を空かせた大型ワンコにしか見えない。
「おはようございますピーヒュト様。温かいうちにどうぞ!」
ピーヒュト様がナイフを入れると中からとろ〜り、黄金色の卵が溢れ出すそれを一口頬張った。
「っ……!!む……旨い……っ!なんだこれは!雲を食べているのか?卵が舌の上でとろけて濃厚なソースと絡まって、脳が震える!」
ピーヒュトは無言で猛スピードの完食。
おまけに「……おかわりはないのか?」とちょっと恥ずかしそうに空のお皿を差し出してくれた。
「ありますとも。どんどん食べて体力をつけてくださいね〜」
「辺境に舞い降りた女神か?」
氷の処刑卿が一人だけ見せるトロットロの笑顔。はい、旦那様の餌付け二段階目も大成功。
王都の実家伯爵家では大パニックが起きていたけど知らない。
「なっ、なんだ?黒焦げの物体は?ニーナ、お前が作ったのか!」
「ひっ、ひい!違うわお父様!お姉様のレシピ通りにしたはずなのに……っ!」
「エイラナの隠し味がないとこんなに不味いのか……!?オエッ、食べられん!」
エリート気取りだった家族がシェフがいない食卓で絶望しているなんて、最高に気分がいい。辺境で旦那様を美食の虜にして、もっともっと幸せになっちゃう。
「エイラナ様、大変です!裏の畑でまた悪魔の石が大量に見つかりました!」
お昼時、領民の男の子が泥だらけで駆け込んできた。持っていたのはゴツゴツとした茶色の塊……食べるとお腹を壊す呪われた石として忌み嫌われているもの。
でも、料理の研究家にはわかる。
(ジャガイモ!デンプン質が詰まったホクホク系?)
どうやらこの地では芽を取り除いて食べるという知識がないみたい。
「ふふふ……これがあれば禁断の味が作れる!」
さっそく厨房でジャガイモの皮を剥き、芽を丁寧に取り除いて細長くカット。辺境で採れる良質な油で二度揚げに。
シュワシュワッという小気味良い音と共に、香ばしい匂いが屋敷中に充満。仕上げにパラリと岩塩を振れば……フレンチフライ辺境ソルト仕立ての完成。
「な、なんて凶悪な匂いだ……エイラナ、それは本当に悪魔の石なのか?危なくないのか」
公務の休憩にやってきたピーヒュトが、あまりの香りにゴクリと喉を鳴らした。
揚げたてのアツアツをピーヒュトの口元へ運ぶ。
「はい、あーん!毒なんてありませんから信じて食べてみてください!」
「む……はふっ、アツッ……?っ!!表面はサクサクなのに中は信じられないほどホクホクで甘い!塩気がジャガイモの旨味を引き立てて……手が、手が止まらないぞ……たまらない!」
公爵としての威厳を忘れてポテトをパクパク。
「呪いだなんて言ったのは誰だ!辺境を救う至高の宝だろう!あつ!」
「でしょ?領地の名物にしましょう。みんなお腹いっぱい食べられますよ〜」
「ああ……本当に私の、領地の女神だ……君を離したくない」
ギュッと抱きしめられて心もお腹もポカポカ!の頃、王都の実家伯爵家では。
「おのれエイラナめ!辺境で毒を食べて死んでいるかと思えば、何やら美味いものを開発しているだと!許せるか!」
「お父様お腹空いたわ……今日のご飯、炭みたいに真っ黒なんですっ!」
贅沢三昧だった家族がキッチンで飢えに震えている。でも、自業自得。
あちらではポテトパーティーを楽しんでいるから無関係。
「何を作っているんだ?厨房から、えもいわれぬ甘い香りが漂ってきているが?」
夕暮れ時、公務を爆速で終わらせたピーヒュトが吸い寄せられるように厨房へやってきた。
(最近、料理が楽しみすぎて仕事の効率が上がってるみたい。可愛い)
「おかえりなさい。今日は辺境の豊かなミルクと新鮮な卵をたっぷり使って、とろとろのプリンを作ったんです」
冷蔵庫代わりの魔導具から取り出したのは、ガラスの器に入った黄金色のスイーツ。上にはほろ苦いキャラメルソースがたっぷりと。スプーンで叩くとぷるんぷるんと、愛らしく揺れる。
「ぷりん……ぷ?見た目は可愛らしいが甘いものはあまり得意では。騎士たるもの、常に厳格で」
「まあまあそう言わずに。はい、あーん!」
有無を言わさず銀のスプーンで一口、彼の口に運ぶと。
「……っ!!んっ!な!」
瞳が、かつてないほど大きく見開かれ。
「噛んでいないのに舌の上で儚く消えてしまった!濃厚なミルクと卵のコクが怒涛のように押し寄せてきて。ほろ苦いソースとの相性も完璧」
「お口に合いました?」
「合うどころではない!身体中の疲れが甘みと共に溶け出していくようだ。一体どれだけの魔法を隠し持っているんだ?」
もう、スプーンを持つ手が止まらないらしい。厳格な騎士はどこへやら、最後には器を名残惜しそうに見つめるほどの溺愛っぷり。プリンをね。
「作るものは心も胃袋もすべてを支配してしまうな。君なしの生活なんて考えられないよ」
熱い視線に今度は顔が真っ赤になる一方、王都の実家伯爵家では。
「ニーナ!このドロドロの塊は何だ!スイーツだと!?泥を固めたような味がするぞ!ああ!?」
「な、ひっ、そんなこと言われても!お姉様がいた頃は勝手においしいおやつが出てきたんだから、私のせいじゃないわよ!責めないで!」
「宝石のようなお菓子が食べたい……誰かアイツを連れ戻してくれ……今すぐっ!」
飢えとストレスでギスギスな実家。
*
「大丈夫だ。そばを離れるな」
王都の王城で開催された夜会。豪華なドレスに身を包んだ自分を力強くエスコートしてくれる。
辺境の美味しい食事で健康になったオーラは凄まじく、会場中の令嬢たちがため息をつくほど。
そこへ、血色の悪い顔をした一団が近づいてきた。元家族の伯爵家。
「は……あ、おお、お姉様……!?ドレス、どうしたのよ!泥臭い辺境で死にかけてるはずじゃ……なんでよ!生きてるなんて!」
妹のニーナが震える声で叫ぶ。かつての美しさはどこへやら。肌は荒れ、髪はパサパサ。美味しいものを食べていないのが一目でわかる。
「ニーナ、お久しぶり。辺境は空気も食べ物も最高。ピーヒュト様のおかげで毎日とっても幸せ。ふふ」
にっこり微笑むと今度は父である伯爵が、縋るような目で身を乗り出す。
「お前がいないせいで我が家の食卓は地獄だ!代わりの料理人はみんな逃げ出した!今すぐ屋敷に戻ってお茶漬け、とかいうやつを作れ!作れ作れ作れ作れ!」
狂気がある。周囲の貴族たちが「お茶漬け?」とざわつく。ピーヒュトの腕をぎゅっと抱き寄せ、きっぱりと言い放つ。
「お断りします。私は伯爵家の人間ではありません。料理を卑しいと蔑んでいた方々に食べさせる一皿はありませんから」
「は、な、なんだと……っ!親に向かって!許さん!親の躾としてっ」
父が手を上げようとした瞬間、ピーヒュトの冷たい声が会場に響き渡る。
「……妻に触れるな。辺境の宝であり、愛する女性を侮辱し、酷使してきた貴殿らの行状はすでに王家には報告済み。沙汰を待つがいい」
許さないという眼光に伯爵家の人たちは腰を抜かして床にヘタリ込む。辺境を救い、国王陛下にも絶賛された美食の聖女を追い出した愚か者として、会場中の失笑を買うことになった。
「行こう、こんな場所にいるより屋敷に戻って君の新作スープが飲みたい。夢中なんだ」
「そうですね。今日はとびきりのキノコクリームスープを作ります」
絶望に震える実家の人たちを背に、華やかに夜会会場を後にした。優雅に。
その後、王都の夜会で恥をさらした伯爵家は、あっという間に社交界から孤立した。エイラナという家政の要を失ったことで屋敷の経営もボロボロ。
一方、エイラナとピーヒュトの暮らすホワイトワルド領は奇跡の美食の地として空前の大ブームを迎えていく。
「開発したポテトチップス辺境の岩塩味が、王都で飛ぶように売れています」
「良かった。冬の間の領民たちの蓄えもバッチリね」
領民から聖女様と崇められる存在。そんなある日、屋敷の門前にボロボロの服を着た三人組が現れた。元が付く父、母、妹のニーナ。
「頼む、この通りだ!借金で家も差し押さえられた。雇ってくれ!料理の助手でも何でもするから」
門番に追い返されそうになりながら父が地面に這いつくばって叫び、隣でニーナも泥だらけの顔で泣きわめく。
「お姉様!悪かったわ!料理も教わるから美味しいプリンを食べさせて!お腹が空いて死にそうなのぉぉ」
ちょうどそこへ夫妻が仲睦まじく馬車で帰宅した。手には焼き立てのとろ〜りチーズの厚切りガーリックトーストが。香ばしいバターとニンニクの香りが、空腹の三人組の鼻を容赦なく直撃。
「ん?伯爵様ではありませんか。遠くまでわざわざ……でも残念ですね。ここは私の職場であり聖域。家族を道具としか思わない方を招き入れる予定はありません」
「そんな!見捨てるというのか!」
「見捨てたのはお父様たちでしょう?私はあなたたちの知っている飯炊き女ではありませんので」
ピーヒュトが一歩前に出すと圧倒的な覇気に、三人は言葉を失う。怒らせた。
「エイラナは皆を救った賢者。貴公らのような強欲な者たちが触れていい存在ではない。二度と領地に足を踏み入れるな。連れていけ」
「え」
「ま、待ってくれ」
「お願い!雇って!」
合図で三人は領地外へ強制送還されることになり、彼らが去った後にはエイラナが持っていたガーリックトーストの、たまらなく美味しそうな香りだけが残っている。
「中へ入ろう。料理を今日も一番に味わわせおくれ」
「はい、ピーヒュト様。特製のビーフシチューですよ」
数年後、呪われた死の辺境と呼ばれたホワイトワルド領は世界中から商人と料理人が集まる美食の聖都へと変貌を遂げていた。
領地の至る所からお出汁のいい香りや、香ばしいパンが焼ける匂いが漂う。
中心にある公爵邸でエプロンを締め、大切な人たちのために料理を作る。
「一段といい香りだ……香りを嗅ぐだけで世界で一番幸せな男だと確信できる」
後ろから優しく抱きしめたのはピーヒュト。今では氷の処刑卿なんて呼ぶ人は一人もいない。料理を誰よりも愛し、領地を豊かにした慈愛の守護者として尊敬を集めている。
「子供たちのリクエストで、特製デミグラスハンバーグとお茶漬けセットです」
「和洋折衷か、最高じゃないか……おや、客か?」
門を叩いたのは王都からやってきた視察団……ではなく、料理を学びたいと願う若者たちと、虐げられていた料理人たち。キッチンは美味しいもので世界を幸せにするための聖域になったおかげ。
追い出した伯爵家の人々はというと……風の噂では、王都の片隅で昔食べたエイラナの料理の味が忘れられず、どんな豪華な食事も砂を噛むようにしか感じられない味覚の呪いにかかったまま、貧しく暮らしているそうだが関係のないことだろう。
「ママ、お腹すいたー!」
「今日のデザートはぷるぷるプリン?なの?」
駆け寄ってくる子供たちの笑顔。それを見守るピーヒュト様の優しい瞳。
孤独に料理を研究していた自分が見つけた、一番大切なレシピ。大好きな人と美味しいものを笑顔で食べること。
「お待たせ!ご飯の準備ができたよ」
「早く早く!」
「いっぱい食べる!」
声と共に世界一幸せな夕食の時間が始まる。これからもずっと温かい食卓から続いていくのだ。
「いただきます」
「「いただきます」」
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。




