EXの悪戯
1
「こんな世界なんて無くしてしまえばいいんだ」
成宮はそう呟きながら、神へ祈る。人生を破壊した張本人、土井桜の首へ縄を回す。そして絞める。
しばらくすると、彼女の体はぐったりと力が抜けた。土井桜は自分が殺してしまった。土井桜は自分を殺したけど。
全ては計画通りに進んだ。彼女は特に変わった行動を起こすこともなかった。抵抗することも無かった。それならば簡単だった。犯行場所に彼女を連れ出し、殺すだけだった。
とても清々しい気分だ。なぜなら地獄のどん底に叩き落とした奴を殺したのだからこんなことをしたって、文句なんて言われる訳がないんだ。
2
1月3日練馬の西武豊島線の高架下で、遺体が見つかった。DNA鑑定によって土井桜という女性であること、首についた傷跡から絞殺であることが判明している。
また、司法解剖によって死亡推定時刻が1月1日朝〜夜である事も判明している。
「ここまでが今判明していることだ」と沢田係長が言った。
「おい反田、聞いてんのか。」
同僚の狩田が、冷たい目で俺のことを見ていた。きっと呆れているのだろう、捜査一課であるというエリート感に溢れているやつだから。
遺体が見つかったのは練馬の西武豊島線のガード下、風景だけ見るとこんなところで殺人事件など起きそうにない。
「なぁ狩田、何かしらの手がかりは見つかってるのか」
「いいや特に、その時間に怪しい人物を見たという証言もない、凶器も残っていない。不思議なもんだ」と同僚刑事は答えた。
「しかし不思議なもんだ、そして絞殺だ。ならばこんな人通りの多い場所で時間のかかる殺し方なんて、するわけがない。どこかで絞め殺してからここに運んできたとみるのが妥当だ」
「そうだな、そして殺されたのは元日だ。そこには意図があったとしか思えない」
「まあそれのせいで、俺らがこんな年始に働かされているというわけだ」
不満そうな表情を浮かべて言った。
「ほんとほんと。いつもはこれが普通なんだが、年末年始ぐらいは何もなく休ませてほしいものだ」
「しかしまぁ、今は考えることしかできないわけだが……」
「防犯カメラにしたってそれらしい人物は映っているが、顔は隠されているし手袋を付けていた様だから、指紋も残っていない」
「まさに打つ手なしというわけだ」そう、天を仰ぐ。すると何か白い紙のようなものが見えた。
「おい、あれ見ろ」そう言いながら、指をさす。
「あの白いやつのことか?」
「何かわからないがここの管理会社に連絡して、誰かに取らせよう」
管理会社に連絡した所、作業員を派遣してもらい紙を取ってもらった。
紙は、ピンで止められていてピンはとても鋭く、頑丈だった。
そして、紙にはこう書いてあった。
『親愛なる警察の諸君へ
君たちがこれを見つけられたのはどうせ、手の打ちようがないと思って天を仰いだ時なんだろうねぇ。とても良い偶然だ。しかし、せっかく仕掛けたトリックを解いてもらわないと楽しくないもので。警察と僕が入れ替わったってこんなもの一瞬で解けるものだ。トリックさえ分かればね…… 皆さんいい経験になるだろうから頑張ってみてほしい。僕の想像を警察の皆さんが超えることを願っていますよ。
こんなことに利用されてしまった被害者達には弔いを
名も無き EX より 』
「これは一旦本部に連絡だ。見透かされているのには腹が立つがな」
「あぁ、腹が立つ。これはどんな手を使ってでも逮捕してやりたいものだ」
(しかし、EXとは何だろうか。この名義にしていることに意味がないとは思えない。EXに関連するものがどこかにあるのだろうか。EX、エクストリーム?しかしこの事件に関連があるとは思えない。であるならばなんだろうか、英語か?)
「おい、どうした」狩田が問いかけた。
「すまん、ちょっと調べたいことが出来た。本部に報告すると同時にちょっと調べてくる。お前は、ここらへんで有力な情報がないか聞き込みでもしていてくれ。報告は明日だ。」
「沢田係長、報告です」姿勢を正した。
「分かった」
「事件現場のガード下、柱の近くに張り付けてありました。それにはこう書いてありました。」そう言いながら資料を見せる。
「これは挑戦状だな。全く迷惑な輩もいたものだ、他には?」
「はい。ここからは自分の憶測となりますが、よろしいでしょうか」
「続けてくれ」短く言った。
「わかりました。この挑戦状の名義、『名も無きEX』となっていますが、この挑戦状の中には、『EX』から始まる英単語が『入れ替わる、経験、超える』とあります。これらのことから、この単語たちは、この事件に対するキーワードになっているのではないかと考えました。この中から事件に関係のありそうなものは、入れ替わる。つまり交換です。これらのことから俺は、この事件は交換殺人だと考えています。つまり他のどこかで殺人が起きているかもしれないわけです」
「何とも、突拍子もない憶測だな。しかし、それにしては説得力もある。よし、俺の方でどこかですでに殺人事件が起きていないか、調べてみる。で、何もなかったらお前の案はすぐ捨てるからな。リソースが少ないせいでな。」
3
「あぁ、今日はいい夜だ。」俺はほくそ笑んだ。本当に今日はこいつを殺す日にちょうどいい。そして、今まで俺を苦しめ続けた奴にはこの豪雨の中死んでもらう。もう感無量だ。
俺を苦しめ続けた奴、磯野香奈はストーカーだ。俺と磯野香奈は大学時代付き合っていた。しかし、卒業した後ほどなくして別れた。しかし奴は俺の方に余程ご執心らしく、俺が次の相手を探そうとしたって、邪魔ばかりしてくる。はた迷惑な奴だ。余程俺に自由を与えたくないらしい。
その魔の手は俺の家にまで忍び寄った。何度引っ越したって、俺を付け回しては家を特定し、復縁を迫ってくる。それをずっと断り続けていたら、包丁さえ持ち出してきた。本当にひどい。
いわゆる、ヤンデレというやつなのだろう。ヤンデレでは済まない気がするが……
こいつを殺すためには、やはり人のいないところへおびき出す必要がある。ならば、都心からもほど近く、分かりにくい場所がいい。それならば、静岡県だ。
これならば新幹線で一時間あれば着く。最高だ。
4
俺のところに資料が回ってきた。最近都心やその周辺で起きた殺人事件のデータだ。どこを見ても、怪しい事件は見当たらない。どの殺人事件も犯人が判明していて、一つ一つが単体の事件であることも分かってしまっている。ほかの手がかりを探しに行くべきなのだろうか。しかし、もう一つの事件を見つけない限り、俺の推理は間違っていたということになってしまう。それだけは何とかしたい。
捜索範囲を広げてみよう。東北、中部ぐらいまでは探そう。
だが今は、インターネットの時代だ。日本中どこまでも、知り合うことなんてできる。しかし、交換殺人であるという仮説があっているならば、被害者は犯人の近くにいたはずである。だからそう遠くまで、殺人をしに行くということはないだろう。
事件を調べていたところ、気になる事件があった、12月25日に静岡県の函南町の函南駅近くで、遺体が見つかった。犯人は判明しておらず、証拠もほとんど残っていなかったとのことだ。遺体は坂を転げ落ちたらしく、ひどく損傷しており、他にも顔が潰されたような痕があったという。死因は刺殺のようだ。
「反田。聞き込みをしたところ判明したことが少なからずあってな。」
「何が判明したんだ?」
「えっとな、勝手ながら、高架にあの紙を張り付けた人物を調べてみた。どうやって貼ったのか気になってな。そうしたら、最近柱の地盤を改良するための工事があった。そこでは日雇いのバイトもあったらしく、その中で怪しそうな人物が二人いた。笹野謙介と、釘野寛太という人物だ。
前者は、工事の日雇いのバイトは初めてだったらしく、少し動きにも不審なところがあったようだ。後者は、初めてではなくもうほとんど顔なじみの日雇いだったそうだ。
しかし、この日だけは少し不審な行動をしていたようだが、何かをしているわけでもなく紙を張り付けている。というような行動は見られなかったようだ、ということだった」
「どっちも怪しいな。だが、疑うほどでもないのが微妙なところだ。笹野というやつは、初めてバイトをしたのなら少しは不審になってしまうのも仕方がないと考えることもできる。釘野については、何も
していなかったということだから、分からないな。聞いてみるしかないか」
日雇いをしていた建築会社に連絡し、二人に連絡を取ってもらった。笹野から、事情聴取をすることにした。
「笹野さん。あなたは12月20日に、西武豊島線の高架下にて、日雇いの工事現場のバイトをしていますね?そのことについて詳しく聞かせてもらいたいのですが」
「分かりました。その時は、初めての工事現場のバイトだったので勝手がわからず最初の方は、困惑しっぱなしでした。けど、やっているうちに勝手がわかるようになってきました。」
「そうなんですね。会社によると、少し不審な行動をしていたようですがそこに心当たりはありますか」
「いえ、特には。けど、初めてだったのでもしかしたら不審な行動をしていたのかもしれません。」
「すみませんが、もうちょっと詳しく聞かせていただきませんか」
「ちょっともう時間がないんですけど、今日もちょっと予定が立て込んでいて……」不満げな顔をしながら言った。
「すみません。もうすぐ終わるのでご協力いただけませんか」
「わかりました。疑惑を晴らすためなら仕方がありません」ため息をついた。
「ご協力ありがとうございます。では、他にも、あなたから見て不審な行動をしていた人物はいましたか?」
「名前はよくわからないんですけど、なんか高架下なはずなのに上を見て何かしている人がいましたね。けど、その後にも見ていたんですが、その時以外不審な行動はしていなかったので、伸びをしていたんじゃないかなとも思っていますね」
「ほかにも、土井桜さんを知っていますか?」
「いや、まあ知ってはいますけど。」
「どんな人だったとか分かりますか?」
「大学で同じ授業をとったりしていたので、よくわかります。素敵な人でしたし、頭もよかったようです。」
「他には磯野香奈さんを知っていますか」
「いえ、知りません。」
「わかりました、質問は以上になります。ご協力ありがとうございました」
「特に不審なところはなかったな。しかし、今のところ一番怪しいのがこいつなんだよな。お前はどう思う?」狩田へ問いかける。
「確かに、話を聞いていても不審げなところはなかった。しかし、話を早く切り上げたいという気持ちが見えたな」
「それはそうかもしれない。話を早く切り上げたいという気持ちが言動にまで駄々洩れだった」
「一旦もう一人にも聞いてみようぜ」
「そうだな」
「釘野さん。あなたは、12月20日に西武豊島線の高架下の工事のバイトをしていましたね」
「はい。」
「ではそのことについて尋ねてもよろしいですか?」釘野は首を縦に振った。「あなたはよく工事のバイトをしているようですが、その日は何か不思議なところはありましたか?」
「不思議といいますと?」首をかしげながら言った
「何か不審な行動をしている人がいたとか、なにか変なものを見つけたとかです」
「不審な行動をしている人はいましたよ。初めての人のようで名前は憶えていませんが、なにか高架を下から見上げたりしていました。その時、何かの機械を使っていたような気もしました。」
「ありがとうございます。あなたにも、不審な行動をしていたという証言がありますがそれについては?」
「その誰かが何かをやったあと、その高架を見上げてみたんですが何か紙みたいなものがついていて不思議でした。そのことを言っているのだと思います」
「他にも、土井桜さんは知っていますか」
「いえ、知らないです。」
「では、1月1日は何をしていましたか?」
「その日は、実家に帰省していました。」
「実家はどこにあるんですか?」
「静岡の沼津にあります」
「それを証明できる方法はありますか?」
「もちろん。両親に聞けば一発でわかりますよ」
「では、磯野香奈という女性を知っていますか」
「知ってます。」途端に口調がぶっきらぼうになった。
「では、亡くなっていることも知っていますか?」
「はい。ネットニュースで」
「他に何か知っていることはありますか。」
「知ってるも何も、昔の彼女です。」
「他に何かありますか」
「ありますよ。これを言うのは本当に嫌ですが、ストーカーされてました。警察に相談したって、なんもしっかり対応してくれませんでしたが....…」
「すみません。嫌なことを聞いてしまって」
「いいですよ、別に。もう関係ありませんから」
「12月25日は何をしていましたか?」
「特に何もしていませんでした。家でゴロゴロと、怠けてました。」
「それを証明できる人はいますか?」
「家に一人でいたんですからいるわけないじゃないですか。 ――でも、うちの固定電話に電話が来ていたような気もしますね。迷惑電話でしたが一応出たので。」
「そうなんですね。質問は以上になります。ご協力ありがとうございました」
「笹野が確定かな。こういう証言が出てきた以上。」
「ああ、そうだな。しかし、決めつけもよくない。釘野についても調べておくべきだろう」
「確かにそうだ。釘野の疑いも晴らしてはいけないだろう。実家が沼津にあるらしいからな、函南町のすぐ近くだ。ストーカーされてたようだし。」
「だけど、その日は家にいたんだろう? しかし、今回は交換殺人で考えている。とすると、もう一人容疑者が必要なんだ。」
狩田が首を傾げた。「ほかに誰かいないのか?」
「いや、今のところ誰もいない」
「そうなのか。交換殺人かはともかく、笹野を詰ませに行きたい。そうすれば、もう片方もどうにかなるだろう。」反田は思案気な厳しい表情を浮かべている。
「いや待て。釘野についても怪しいところは多い。交換殺人だとしたら、土井桜に恨みを持つ人物と、磯野香奈に恨みを持つ人物が必要だ。そう考えると磯野香奈に恨みを持つ人物は釘野だ。だから、この場合、土井桜を殺したのは釘野ということになる。だから、笹野よりも釘野のが、この場合は、怪しいんだ。」
「じゃあ、釘野は噓の供述をしているということか?」
「いいや、そういうことじゃない。ネットでこれを貼り付けてくれる人を募集すればいい。そうすれば、何もかもにも説明はつく。しかし、本命の1月1日にアリバイがある。ここには、何かトリックがある。後はトリックを解き明かすだけだ。」
「なるほど」
5
怯えていた。しかし、それが妥当なのだ。土井桜に人生を壊されたのだ。会社での評判がガタ落ちするようなあられもない噂を。しかも本人は、それを楽しんでやっているのだ。楽しむためだけに人を動かす。そんな奴だ。
職場は気に入っていた、冷凍用コンテナを貸し出す会社だった。需要もあるし、何より楽しかった。そんな生活をぶち壊されたせいで、会社を辞めざるを得なくなった。その時には三十路を迎えており、もう転職できる年齢でもなかった。そのため、パートに頼らざるを得なくなったが、ことごとく、どうやっているのか知らないが土井桜は邪魔をしてきた。
毎回根も葉もない噂を、それも毎回違う噂を流してきた。余程、俺が幸せな生活をすることが、気に食わないらしい。そして、精神的にも参ってしまった。もう神を信じるでもしないとやってられない。 土井桜は、サイコパスだ。だから、俺が殺す。でも証拠は残さない。それが、俺のやり方だ。
6
土井桜に恨みを持っているのは誰なのだろうか?
そう、反田は思案にふけっていた。今までやってこなかった、土井桜の周辺調査をしてみよう。先ずは、土井桜の職場からだ。
土井桜の勤めていた会社は冷凍用コンテナを貸し出す会社だった。土井桜が所属していた部署の部長に話を聞けるように許可をとった。
その部長によれば、土井桜が、ある噂を流したことがあったそうだ。
成宮正俊という社員が、会社の金を横領しているという噂だった。驚くべきことに、監視カメラにもその状況がバッチリ写っていたようで、成宮正俊はずっと自分はやっていないと主張していたようだが、その騒動から程なくして辞めてしまった。しかし、土井桜に恨みがあったとしてもとても実行しないような、優しい人物だったという。
それと共に今、成宮正俊が住んでいるであろう家の住所と電話番号を教えてもらった。これは使えるだろうな。そういえば、狩田は別行動だ。
であるならば、釘野にそそのかされたのだろうか。しかし、釘野についても決定的な証拠が存在していない。そして、交換殺人ならば非常に検挙することが困難であるし、そこに複雑なトリックが関わっているならばより困難な事件となってしまう。
しかし、このままでは動機があったとしても実行したか否かが分からないため、逮捕することもできないだろう。しかし、交換殺人において、近い日程で殺人を犯すだろうか。しかし、近い日程で交換殺人が行われたことは死亡推定時刻が物語っている。どこかに、トリックがあるはずなんだが……
――死亡推定時刻を覆すことが可能ではないのか?成宮正俊が勤めていた会社は、冷凍用コンテナを貸し出す会社だ。交換殺人を作り出す過程で、冷凍用コンテナを使うというアイデアが出てきたって、全く不思議ではない。そうすれば、死亡推定時刻を誤魔化すことができたって何ら不思議ではないし、何とも面白く実効性のあるアイデアだ。
成宮正俊に事情聴取を行いたいものだが、家に居るかは分からない。それならば、これの出番だ。
成宮正俊の家に電話をかける。
「すみません。宅配の者なのですが、成宮さんのお宅で間違いありませんか?」できるだけ柔和に聞こえるように心がける。そうしないと怪しまれる可能性がある。
「はい。大丈夫です」
「ありがとうございました。失礼します」
7
成宮は、やはり怯えていた。警察は在宅確認のために宅配便などを装って電話をかけてくると聞いたことがあったからだ。今まで引っ越してこなかったことを後悔した。
引越しをするのは面倒臭いし、金にも余裕がない。引越しをするなんて言う貯金もないのだ。それもすべてあの忌々しい土井桜のせいだ。しかし、もうそんな奴はいない。その必要もない。
さて、連絡も取れたことだし向かうとしよう、成宮の家に。
ドアのチャイムを押すと、やっぱりお馴染みのフレーズが鳴り響く。やっぱりこれじゃなきゃな、とふと思った。
ドアが会いた。苦労したが、やっと最も怪しいとされている容疑者に会うことができた。
「すみません。警察の者ですが、すこし事情聴取宜しいでしょうか?」
「え⁉警察?宅配便じゃないんですか?」
成宮は、確かに優しそうな人相を浮かべた人物だった。これでは、あの証言も本当だったのだろう。
「すみませんが、今、とある事件について調べていまして。任意の事情聴取宜しいでしょうか?」
「はぁ、まあいいですけど。」成宮は、どうぞ。と言って、家の中に警察を招き入れる仕草をした。
家の中は少し散らかっているが意外と掃除が行き届いている。すごいな、俺の家より全然きれいだ、ほとんど俺の家ゴミ屋敷みたいなもんだしなぁ。
「お茶でも入れましょうか?」
「いえ、大丈夫です。あまりお時間は取らないつもりなので。」
「わかりました。」成宮は、一応二つある椅子のうちの一つに座った。座ってくださいと、俺に座るように促した。俺も座る。
「あなたは昔、冷凍用コンテナを貸出する会社に勤めていたそうですね。」
「はい、一年ぐらい前までですがね。」
「その時に土井桜さんという女性がいましたが、最近殺されていることが判明しました。」
「そうなんですか。」嬉しそうな、悲しそうな、何とも言えない表情をしていた。
「その時にあなたは、土井さんに、会社の金を横領したという噂を流されてしまったようですね。」
「はい。本当に会社のお金なんて横領するわけがないのに、ひどいものです。それも、ご丁寧に俺に見えるように変装した状態で監視カメラに映るなんてことしてくれまして。」まさに笑っているが目は笑っていないという表情だった。これは俺たちが想像しているよりずっと、恨みが深そうだ。
「それは災難でしたね。土井さんについてのその事件が起こる前の印象などはどうだったんですか?」
「まさに普通という感じでしたよ。普通の会社員という感じでした、けど、自分の利益のために人を動かすことに何も罪悪感なんて感じてない様子で少し怖かったですね」成宮は、サイコパスみたいだった、と呟いていた。
「では、磯野香奈さんという女性について何か知っていることは、ありますか」
「いえ、全然。知らない人です」
「わかりました。では、釘野寛太について知っていますか」
成宮は少し考えてから、ネットゲームで知り合って、時々会ったりしていました。と言った。
(どうやら、この二人の関係は、ネットゲームで知り合って意気投合した。というところらしい。)
「会ったりする時には、どんな連絡手段を使っていたんですか?」
「えっと、SMSとか、メッセージアプリとかですかね。」彼が言ったメッセージアプリは、秘匿性が高く、簡単に会話の履歴を消せてしまうものだった。
「その画面を見せていただくことは可能ですか。」
「いいですよ、」そう言って、彼はSMSを開いて見せた。その文面に何ら問題はなく、確かに何日に会おうとかそういうものだった。メッセージアプリにも問題はなかった。履歴を消してしまったのだろうか。
「最後に、あなたは釘野さんが、あなたの昔勤めていた会社のコンテナを借りているようなのですが、心当たりはありますか?」
「まあ、知ってますよ。借りるときに、どうやって借りるんだって聞かれましたから。何のために借りるのかは教えてくれませんでしたが。」
「ありがとうございました。質問は以上になります。」
コンテナを借りているといったのは、カマかけだった。確かに釘野はそれを借りているが、成宮が、あんなにもサラッと重要な情報を与えてくれるのには驚いた。あんなにも警察に情報を与えていいものか。あっちも容疑者の一人なんだがな。あんなものでいいのだろうか。いや待てよ、犯人ならばここでミスリードを誘って来るだろう。ならば――
8
2月1日、釘野寛太が逮捕された。殺人の容疑で。
釘野のが借りているレンタルコンテナから、包丁、麻縄、犯行に使ったとみられる衣服が出てきた。
それぞれ包丁からは、釘野の指紋、磯野香奈の血液が見つかった。DNAによって判明している。
麻縄からは、釘野の皮膚と、土井桜の皮膚の一部が見つかった。こちらも同じくDNAによって判明した。
土井桜は12月10日に殺されており、そこから、1月1日まで冷凍されていた。そこから、解凍することによって死亡推定時刻を誤魔化していた、ということだ。ここだけは絶対に見破られないと思っていたそうだ。確かに、とても思いつかないようなトリックだ。
磯野香奈を殺した時は無我夢中で恨みをぶつけたせいで、返り血が相当ついてしまったようだ。ここに関しては馬鹿らしい。
何と、成宮は無実だった。しかし、釘野が逮捕されたと聞いて、相当ショックを受けている様子だった。自分が土井桜ののことを話したために―― と後悔もしていた。確かに、犯人にしては不可解な行動が多すぎた。確かに、何も知らないのならば、あんな簡単に情報を言うような真似はしないだろうし、あんな動揺することもないだろう。
笹野が怪しいという表現は、すべて噓だった。機会を作動させていたのは釘野の方だ。解かれないと楽しくない、でも解かれないでほしい。と思っていたそうだ。
しかし、釘野はすべての罪を認めた。成宮を、そして自分を魔の手から解放したかったと言っていた。




