ある終末
目が覚めて、最初に思ったことは、体がうまく動かないことだった。昨日まではまだ何ともなかったのに。彼女はまだ眠っていた。このまま起こさないでおいて行ってしまおうか、とふと考える。だめだ。俺が見捨てたら、彼女はこのまま死んでしまうに違いない。一人ではもう食べることも移動することもできないのだから。
「ああ、あなた。もう起きたの。朝なのね。」
彼女が身体を起こす。
「おはよう。待っててくれ、すぐ食べ物を手に入れてくる。」
無理に元気なふりをして彼女のそばを離れる。このあたりでは手に入れられる食べ物も、もう限られたものになってきた。「奴ら」に追い回されることや、このあたりの数少ない仲間に顔を見るだけで避けられることにももう慣れてしまった。俺たちはよそ者だから。俺の故郷はもうなくなってしまったのだから。
少し前までは平和だった。「奴ら」は確かに脅威だったけれど、よほどのことがない限り襲ってこなかった。生まれ故郷は平和だったし、みんなうまくやってたんだ。
ある日。突然にそれはやってきた。俺たちが抵抗できないことを知って、奴らはいきなり俺の生まれ故郷をつぶしにかかったんだ。見たこともないほど大きな機械が、俺たちの住んでいたところを壊し、後には死体とがれきで埋められた残骸の大地が残った。一旦逃げ出した者の中で、勇気のある者が翌日見に行った。そして、ふらふらになって戻ってきて叫んだ。
「毒だ、やつら俺たちが戻ってこないよう、毒を撒きやがった。」
こうして俺たちは難民になった。毎日毎日が、その日食べる物と眠る場所を探すことに追われた。仲間たちは散り散りになり、俺の心は荒んでいった。わずかな食べ物のためにどれだけ争っただろう。自分が生きるために誰かの命を犠牲にすることは、もうあたりまえになっていた。
彼女に出会ったのはそんなときだ。彼女もまたよそ者で、皆からつまはじきにされていた。大きな目のかわいい子だったけれど。
「わたし、奴らに一度捕まったの。」
と彼女は言った。
「怖かったわ。からだをあちこち弄り回されて、ろくに食べ物もなかった。一緒に捕まった子たちは次々死んでいった。」
彼女は空腹で動けなくて、仲間の死体と一緒に捨てられたのだと言った。気がついたら片腕が動かなくなっていたという。彼女に食べ物を運んでやるうちに、俺たちは親密な仲になった。
「どこか、落ち着けるところをさがして、子供を産みたい。」
それが彼女の願いだった。そのころには奴らのせいなのか、少しずつ食べ物が減っていった。彼女だけじゃなく、俺の体も少しずつ動きが鈍ってきた。仲間に出会うこともめっきり少なくなっていった。みんな、どうしたのだろう。
一昨日、やっとの思いで見つけた小さな集落で、彼女は子どもを産んだ。けれど彼女の体力はもう限界だったのだ。
「ごめん、遅くなった。なかなか食べ物が手に入らなくて…」
彼女は待ちくたびれて眠っていた、ように見えた。
「おいっ、なあ、大丈夫か。」
彼女の目にほんの少し生気が宿り、そして、弱弱しい声が聞こえた。
「元気に、生きてね、…わたしたちの赤ちゃん…」
彼女の動かなくなった羽が、風にかさこそと鳴った。
「ねえ、おじいちゃん。大きい虫がいる。」
「どれ、ほうトンボか。こりゃめずらしい、ギンヤンマだな。もう二匹とも死んどるよ。」
「死んじゃったの。きれいなのに。」
「トンボは少し涼しくなるとすぐ死んでしまうんだよ。」
「ふうん。どこからきたんだろうね。」
「たぶん、あそこのマンションの建設をしてるところだろうな。あの古いお屋敷には大きな池があったからなあ。」
盆栽や草花のプランターと並んで、メダカを飼うための大きな陶器の鉢があるささやかな「庭」。二人は二匹のトンボの亡骸をごみの袋に捨てた。
高校生の頃に星新一さんのショートショートにはまって、書いたもののリメイク版です。
まさかのどんでん返しでした。気持ちよく騙されてくれた方、どうもありがとう。




