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2-4 フォルティナの夜

ブクマして下った方、ありがとうございます。

「やぁ、思ったとおりだ。すごくよく似合ってるよ。綺麗だ、リナ。」


 あまり手放しに褒められると照れ臭い。こんなにドレスアップしたのは学院の卒業パーティー以来だ。

 私はタペストリを書き写した後、辺境伯家の侍女たちによって文字通り『変身』させられた。

 普段は適当に漉いて後ろでゆるくまとめていた髪は香油を塗って丁寧に櫛削られ艶を増し、自分では絶対に再現できない形に複雑に編み込まれてハーフアップに結い上げられている。そして、桃色の頬紅に少しだけ血色を増す口紅。ドレスはレイの見立てで薄いラベンダー色が重なり合って下に向かって濃いグラデーションを描いている。光の加減で小さな宝石が煌めくなんとも清楚なデザインだ。手袋も今日はいつものではなく、ドレスの共布の手袋をつけた。カフリンクスはポケットに持っているけれど。

 どちらかと言うと素材()よりここまでにしてくれた侍女を褒めてあげて欲しい。

 実際、変身している間中


「お若いのですから、もっとご自分を磨く努力をなさって!」


「こんなに素材はいいのに勿体無い!」


 と、散々怒られたのだ。

 スザンナほどお洒落に気を遣ってはいないが、最低限は手をつくしているつもりだと言ってみたのだが、侍女たちには


「「全然足りませんよ!!!」」


 と、さらに怒られてしまった。


「本当にドレスのサイズがピッタリでびっくりしたわ。なんて特技を持ってるの。」


 微調整もしなくていいほどにピッタリなのが恐ろしい。


「あ、それは君の内偵してた時に仕立て屋の情報も知ってたからだね。君の体型が王都にいた時と変わってなくて良かったよ。」


「ひどい! そんなことまで調べなくてもいいじゃない!」


 あははと笑ってごまかそうとするレイを叩くふりをする。


「おっと、仕上げを忘れるところだった。」


 そう言って、レイはポケットから宝石箱を取り出した。


「お姫様、こちらをおつけしてもよろしいですか?」


 ぱかりと開いた宝石箱には、紫水晶のアイリスの花を模した可愛らしいイヤリングとネックレスが入っている。


「自分でできるわ。」


「だめ。僕がやりたいの。」


 受け取ろうと手を出したところを、ひょいと手の届かない所に遠ざけられた。

 そんな、アクセサリーをつけてもらったことなんて


(あのカフリンクスを最後にもらった時だけなのに・・・)


 恥ずかしさで俯いてしまう。


「アイリスの花の香りがする君に。知恵の化身に相応しいよ。」


 耳を剣だこのある指が掠める。そして、頸も・・・。

 掠める程度とは言え、異性に素肌を触れられることに若干の怯えを感じてしまう。


「出来たよ。」


 レイが両肩に手を置いて鏡に映った私を覗き込む。

 頬が熱い。


「見せびらかしたいけど、閉じ込めておきたいな。こんなに綺麗な君を誰にも見せたくないよ。」


 鏡越しに目があう。


「そんなこと言うのは貴方だけよ。モテたことないもの。」


 恥ずかしさにふいっと横を向いて憎まれ口を叩いてしまう。


「そういうところが可愛いんだけどね」


 行こうか、と言って差し出された手を取る。

 応えられないと分かっているはずなのに、このまま真っ直ぐなレイの思いに耐えられるのか不安になった。



 

 辺境伯アルフレッド・ボーモントの挨拶でパーティーが始まって、お偉方への面通しが済むと、フェリクスはレオンハルトとも別れて壁際でずっとリナリアを見ていた。

 彼女がレイナルドのエスコートで会場に現れた時、頭をぶん殴られたような衝撃だった。

 彼女はあの言動から遠巻きにされがちだが、元々美しい顔立ちをしている。

 だが、綺麗に着飾った彼女は、まるで今まで自分だけが知っていた秘密の野花を暴き立てられたような気がした。

 艶を増して結い上げられたアーモンド色の髪、日に照らされたことのない白い頸、ラベンダーのドレスは彼女の知的な雰囲気によく似合い、腰は艶かしく細くくびれている。薄い頬紅の影から上気した頬、濡れた唇。細い腕、長い指先。

 あれは、あんなふうに衆人の前にさらしていいものではないはずだ。

 自分だけが知っていた・・・。

 自分だけが・・・。

 でも、今は他の男によって磨き立てられ、そして彼女の魅力を最大限に光り輝いている。

 辺境騎士団の隊長でゆくゆくは辺境伯となる男と、王立学院でも名高いエマーソン老師の秘蔵っ子で優秀な魔術師の組み合わせは、辺境伯家の慶事も近いのかと噂好きの雀が囁いている。レイナルドの隣でお偉方と談笑し、控えめに微笑む彼女は越えられない壁の向こうにいるような気がした。

 音楽が鳴り響き、レイナルドが彼女の手を取る。一礼するとレイナルドが彼女の細い腰を抱いた。

 ポジションを取るために彼女をぐっと引き寄せる。

 彼女は一瞬困惑した表情をしたが、レイナルドと目を合わせると力を抜いてリードに任せているのが分かる。

 すると、ふわっとまた彼女が笑った。


(———————————!)


 ぞわりとまたさっきの衝動が体を駆け抜ける。


(やめろ----------!)


 目の前で繰り広げられているのが悪夢のようだ。

 あまりの嫌悪感に瞑目する。

 何もしてこなかった自分が今更彼女に何ができる。

 もっと早く、何かをしていればこんな気持ちを抱えずに済んだのか。

 あぁ、先生の言うとおりだ。自分の「速さ」は戦場以外では役立たずだ。

 自分の中のどす黒い感情を無理やり振り切って部屋を出た。




「パーティーなんだもの。一曲くらい踊ってよ。」


 というレイに、


「踊れないから」


 と散々断ったのだが、


「大丈夫。リードするから、任せて。」


 とダンスの輪に連れ出される。

 言うだけあってレイのリードは巧みだった。力を抜いて彼の動きにまかせると、まるで自分がダンスがとても上手くなったかのようにくるくると踊る。


「ほら、大丈夫でしょ?」


「不思議。パートナーでこんなに違うなんて、知らなかったわ。」


「よっぽどダンスが下手なやつとしか踊ってないんだね。」


「そうかしら?」


「そうだよ。だって、こうやって。」


 と言った瞬間、レイが反動をつけて私をくるりと回転させる。

 そして、一回転したところで、またホールドした。

 辺境伯令息の華麗なダンスに、周りからわっと歓声が上がる。


「ね?」


「ね? じゃないわよ! びっくりさせないで!」


「ふふ。だって、君と踊れて嬉しいんだよ。」


「—————————!」


 無邪気に笑うレイに言葉が出なくなる。

 私だってダンスがこんなに楽しいと思ったのは初めてだ。


「ありがとう、レイ。」


 こんなにたくさんのものをくれて。でも私がレイに返せるのはこんな言葉だけ。


「お礼を言うのはまだ早いよ。」


 レイが言ったのと同時に音楽がやんだ。

 辺りがダンスを入れ替わる喧騒に包まれる。


「休憩するかい?」


「えぇ、そうね。」


 そうして、私たちは中庭に出て、あの日秘密を打ち明けた場所に出た。


「疲れさせちゃったかな? 足は大丈夫?」


 レイが私の手を引きながら言う。


「靴は平気だけど・・・慣れないドレスだから、ちょっと疲れたかも。」


「リナ・・・。」 


 レイは立ち止まると私の右手を取ったまま振り返る。


「聞きたいことがあるんだ。」


 夜の中庭は人気もなく、虫の鳴き声だけが響く。パーティーの来客用にそこここに薄灯が灯され、爽やかなハーブの香りが流れている。

 青い瞳が真っ直ぐに私を見つめる。


「君にカフスをくれた人を助けたら、その後君はどうするの?」


(————————————!)


 ハッとしてレイから目が離せなくなる。

 このカフリンクスの話はレイにしたことがないはずだ・・・。なんで・・・?


「これは・・・・これは元々私が作った私のものだわ。誰かからもらったものじゃない・・・。」


「なら、今は渡してないから君の元にある。違う?」


 とっさにレイから右手を引き抜こうとするが、手はレイに握られたまま、そんなに力を入れて掴まれているわけでもないのに引き抜けない。


「君は先を『知って』いるんじゃなくて、今に『戻った』んじゃないか? 半年後までは今と違う選択をしてた?」


 レイの言葉に声が震える。


「な・・・なにをいっているの・・・?」


「今までの話で君のカフスが出たことは一度もなかったね。でも、君は手の刻印よりカフスの方が大事そうだ。」


「そんな・・・そんなわけない・・・。」


「違う選択をしてきたなら、そのカフスの男を選ばない選択もあるんじゃないかと思って。」


「レイ、やめて。」


「僕なら君にそんな苦しそうな顔をさせたりしないよ。」


 もう一度右手を引くが、レイが離したと思った瞬間指をからめて引き寄せられた。

 レイのシトラスとシナモンが混ざった香りに包まれる。


「この刻印の件が解決したらでいいんだ。僕を選んで、リナ。」


 それはできない。


(自分が最後にどうなるかも、もう『知って』いるのよ・・・・!)


「リナ・・・愛してるよ・・・。」


 だめなの・・・。

 こんなの裏切りだわ・・・。


(私はあの人と「忘れない」って約束をしたのに・・・。)


 涙が頬を伝う。

 レイが私の顎に指をかけ、頬の涙にそっと口付けた。




 —————————!


「何をしている———————!」


 アシュフォード副隊長の声がしたと思うと、レイはさっと私から距離を取る。

 離れなければ副隊長が掴みかかっていただろう。


「レディを口説いている最中に無粋だな。アシュフォード。」


 レイの口調が私の知っている彼とは変わる。


「泣かせるのは口説くとは言わない。」


「会場からはここは見えない。覗きでもしていたか? へぇ、侯爵家には高尚な趣味があるもんだな。」


 明らかな侮辱に私も息を飲む。


「レイ! 言い過ぎよ!」


「リナは黙ってて。」


 黙っていろって言ったって・・・。


「辺境伯家は泣いている女性に無理やり口付けを迫るのか?」


(————————!)


 いつものアシュフォード副隊長じゃない!


「私は不実な男に泣かされるくらいなら辺境伯家に嫁いでこいって言っただけさ。」


 副隊長の顔が歪む。


「・・・彼女の思い人は貴様じゃない・・・。」


(なん・・・で、なんで副隊長がそんなこと・・・・!)


「へぇ、そこは知ってるんだな。リナリアの今の思い人は私ではないが、アシュフォードお前でもない。だが、今そばで彼女を支えているのはこの私だ。不実なのはお前の方じゃないのか? アシュフォード。エレーナ殿下のような小娘にいいように振り回されて、噂を否定するわけでも、殿下を諭して突き放すこともしない。一方でリナリアの保護者気取りだ。何様なんだ? お前は。」


「貴様に・・・貴様に何が分かる------------!」


「もう・・・もうやめてください! 二人とも!」


 その時、すっとレイが唇に人差し指をあててシィっと私たちを静かにさせ、上を見上げた。


「?」


「ピィッ—————————!」


 レイが短く指笛を吹いたかと思うと、大きな鷹がファサリという羽音とともにレイの肩に降り立つ。

 鷹の足に巻かれていた短冊を取ってやると、鷹は再び空に舞い上がる。

 短冊をさっと見て眉間に皺を寄せたレイは重々しく言った。


「・・・・・・アシュフォード、急いで王都に戻れ。騎士団は全員、緊急招集だ。」


 レイはさっきの短冊をマナを練り上げて音も光もなく消し去る。




「ノルドヴァルトから平和条約破棄の通告が来た。夜明けには国境線が封鎖される。」


「「———————————!!」」




 平和条約の破棄、それは以前にはなかったことだ。

(どういうことなの? 歴史が変わってしまった・・・?)

 新しい選択がどこをどう変えてしまったのだろう。

 少し先へ進めたと思った私はまた途方にくれた。

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