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2-3 戦没者慰霊式典

 あれから数日後、自分の研究室にいつもの白シャツと黒のトラウザーズを身につけたレイが訪ねてきた。


「—————戦没者慰霊式典?」


「そう、リナにも招待状きてたろ? リストに名前が入ってたよ。」


 そういえば、手紙の中にあったかもしれない。資料探しに奔走していて投げっぱなしになっていた。


「その式典の後にパーティーがあるんだけど、リナをエスコートさせてよ。」


 レイはにこにこしながらお茶をすすっている。


「え? でも、私は式典だけでパーティーは隊長以上じゃないの?」


「だから、僕のパートナー。」


「それはさすがに・・・。偉い人ばかりだし、制服の礼装なんて持ってきてないわ。」


「いやだな。ダンスも踊るんだから、ローブじゃだめに決まってるよ。」


「ならなおさらよ。パーティー用のドレスなんて何年も着てないし、そもそも持ってきてないわ。」


「あぁ、そこは心配いらない。こっちで用意してあるから。」


「用意してあるって———-! サイズも分からないのに?」


「あぁ、サイズはバッチリ。最初に会った時に抱き止めたろ。あれで大体・・・。」


「ちょっと! レイ! そういうところよ!」


 街中着のレイを前にするとどうしても気安くなってしまう。


(もう! あんな一瞬抱き止めただけでサイズが分かるなんて特技、騎士隊に必要なわけ?!)


 ぷりぷりしながら自分もお茶をすする。


「怒った顔も可愛いよ。でも、もう一つ。」


 そう言って、レイは私の手袋をはめた右手の甲をトントンと指で叩く。

「これ、見たことがあるかもしれないって言ったの、覚えてる?」


(—————————!)


「王家から昔譲り受けたって古いタペストリがうちにあってね。その中にこれとそっくりな紋様があった。」


「本当?!」


(やっと見つけた手がかり!)


 食いついた私にレイがニヤリと笑う。


「久しぶりに家に帰ってもう一回見たけど、君のそれに似てる。僕が見ただけだとただの模様がかかれたタペストリだけど、魔術史学に詳しい君が見たならもっとたくさんの事がわかるかもしれないと思ってさ。」


「それ、ぜひ見てみたいわ。」


 身を乗り出す私にレイはおっとり言う。


「うん、それじゃ式典の日にうちにおいでよ。」


「どういうこと?」


「うちでドレスとか着替えのお手伝いとか用意するから、支度する時にうちで見ればいいってこと。」


「・・・別の日じゃだめなの?」


 レイはどうしても私をパーティーに引っ張り出したいらしい。


「一応、うちの私的なエリアだからさ。そんな、僕が女性をつれて家を案内するなんて言ったら『すわ、結婚か?』って大騒ぎになるけど。それでもいい? うちの母が早く結婚しろってうるさいし。」


「エスコートするのもそんなに変わらないんじゃないの? それ。」


「いや、僕はリナとなら結婚したいよ。別の日にする?」


「なっ-------------------!」


 とんでもないセリフに赤面してしまう。


「け・・・・・結婚なんて・・・!」


「僕はリナが好きだよ。」


 さらりと言われたセリフに耳を疑う。澄んだ青い瞳が私を見つめる。

 私は思わずカフリンクスを押さえて横を向いた。

 私は彼をまだ助けたって言えない。

 あの事件が起こらなければ、彼はこのまま私とはもう交わらずに生きていくだろう。

 そうしたら終わりなの?

 何もかもを賭けて彼を助けたいって決めた。その後自分がどうなるかは本当は知っている。


(レイの気持ちには応えられない・・・。)


 彼を思う気持ちは忘れたことはない。でも、もう『今』の彼とは交わらないことを選んでしまった。

 だから・・・


「好きとか・・・そういうの・・・私はまだ考えられない・・・・。」


「分かってる。リナの気持ちを待つくらい、僕にだって余裕はあるさ。」


 ごちそうさま、といってレイは風のように去っていった。

 爽やかなシトラスとシナモンが混ざったあのスパイシーな香りだけが研究室に残された。



 

「・・・・レイ、機嫌よさそうだな。何かあったか?」


「ん〜?」


 そうだ。色々問題はあれど、鼻歌でも出そうな気分ではある。

 辺境騎士団の隊長室で書類仕事を片付けている自分を、副隊長のグレンが不審そうに見ている。


(結婚って言った時のリナ・・・・可愛かったなぁ・・・。)


 ニヤニヤしている自分をさらにグレンが冷たい目で見てくる。失礼な。

 最初は監視対象だったものの、誤解だと分かったことだし、何より彼女のあの刻印だ。

 あれがノルヴァルトの陰謀に絡んでいるとなれば、彼女があちら側という線は完全になくなった。

 魔術史学の研究者を目指していたという彼女は好奇心旺盛で、自分の冗談にも屈託のない反応を返してくれる。一生懸命で集中しやすいところは見ていて危なっかしいが、彼女の全てを真綿で包んで大切にするより、彼女の翼になって大空に飛び立つのを後押ししてあげたい。


(きっとリナとならどこまでも行ける気がする。)


 ただ、気になることはある。

 彼女が助けたいと言った人間は誰なのか?


(カフスか・・・・。)


 夜色のカフスは多分彼女が「助けたい人」のものだ。


「レイ、セントラルディアから密使がきている。」


 書類を置いて顔を上げる。


「『ノルヴァルトの動きに注意せよ』、同じ内容が騎士団と宰相府からだ。」


「あちらは何か掴んでいるということか?」


「そこまでは情報がきてないな。問い合わせるか?」


「いや、構わない。こちらも動き出せということだろう。」


 丸投げしてくるとは、騎士団長も宰相もこちらの力量を示せということか。たぬきどもめ。


「自治領からの入国が増えていたはずだ。探りを入れさせろ。それから、ノルヴァルドの国境線の監視の強化。出来ればあちら側に密偵を出せ。」


「了解。」


 グレンがすぐさま部屋を出ていく。

 彼女の刻印もノルヴァルトと繋がっている。


(タペストリの解読で何か進展があるといいが・・・。)


 もう眠っているだろう、アイリスの香りのする彼女を思って窓を見た。



 

 戦没者慰霊式典当日、フォルティナにはセントラルディアから騎士団、魔術師団の隊長格以上が全員揃っていた。辺境騎士団、ボーモントにある魔術師団分室は全員参加である。年に一回、ノルヴァルトとの主戦場となったこの地で戦没者に祈りを捧げる式典が行われる。

 古戦場に建てられた慰霊碑の前で聖職者がミサを行った後、魔術師団が上空に弔砲を撃って全員で花を手向ける。

 前を見ると、ちらりと見覚えのある銀髪が見える。


(よかった・・・。元気そう・・・。)


 あの泣いて逃げた日以来ずっと顔を合わせていない。ボーモントへ出発する日も騎士団に行ったが会わなかった。

 スザンナは不気味なほど静かだって言っていたけれど、こうして見る限りはいつもと変わらないように見える。

 式典は滞りなく終わり、フォルティナ城へ戻る道を歩く。


「リナ!」


 後ろからレイの呼ぶ声が聞こえた。


「レイ! お疲れ様。」


「今日はこの後よろしく、リナ。」


 軽く走って私に追いついたレイが横に並ぶ。


「こちらこそ。タペストリを早く見たいわ。」


「それも大事だけど、僕の事も忘れないでほしいな。」


 レイは横でおどけて見せる。騎士服でいつも通りにおどけるのは違和感がすごいのでやめて頂きたい。

 でも、悲壮になり過ぎないように気遣ってくれるレイのこういうところにきっと私は救われている。


「そういうの、お父上何も言わないの?」


「うちは放任主義だよ。」


「王都の市民にまで放蕩息子って言われてたわよ。」


「え〜? 失礼だなー、ちゃんと仕事もしてるよ?」


「仕事『も』ってそこがおかしいでしょ。」


 レイの明るい笑い声が響く。

 そこに聞き覚えのある声が重なった。


「ガーランド・・・・。」


 振り返るとそこにはアシュフォード副隊長がいた。

 ハッとして左手で右手のカフリンクスを押さえてしまう。


「アシュフォード副隊長・・・。お久しぶりです。・・・それと、先日は取り乱してしまって申し訳ありませんでした。」


 アシュフォード副隊長は口を開いて言い淀むと続けた。


「いや、私も言いすぎた。すまなかった。」


 私もこれ以上は何も言えない。

 沈黙が流れる。


「・・・リナ、行こう。失礼する、アシュフォード。」


 レイが私の手を取って歩き出す。レイの珍しく張り詰めた雰囲気に、私は黙ってついていく他なかった。




 灰色のローブに喪章をつけたアーモンド色の髪を見つけ出すのに、フェリクスはそう時間がかからなかった。

 式典の後方、魔術師団の整列する中に彼女はいた。

 式典の終わるまでの時間がもどかしい。


(騎士は憂いを残すようなことはしてはならん・・・)


 先生の言葉が頭をよぎる。

 このボーモント行きでは必ず彼女に会える。そうして、あの時言えなかったことを言わなければならない。

 言わなければならないのに・・・


「リナ!」


 金髪の優男が彼女に声をかける。

 あれはボーモント辺境騎士団の第一隊長だったはずだ。確かボーモント辺境伯の長男でレイナルド・・・。

 彼女は笑って振り返るとレイナルドを愛称で呼んだ。


(俺は彼女のあんな笑顔を一度でも見たことがあるだろうか・・・。)


 いつも、怒っているか、不機嫌か・・・、そしてあの日酷く泣かせて・・・

 彼女がボーモントに来てから、それほど月日が経っているわけではない。それなのに、自分が彼女と過ごした期間よりずっと短い時間であの男は彼女の懐に入り込んだっていうのか?

 どうして?

 どうやって?

 彼女を愛称で呼ぶなど、あんな笑顔で笑いかけてもらえるなど。


(そこに居ていいのは自分のはずだ。)


 分かっている。これは根拠のない嫉妬だ。

 胸の内を、あのカフスを問い詰めた時と同じどす黒い感情が駆け巡る。


(抑えろ・・・。)


 これは彼女にぶつけていい感情ではない。だから、


「ガーランド・・・・。」


 彼女は振り返るとこわばった表情で手元のカフスを抑える。


「アシュフォード副隊長・・・。お久しぶりです。・・・それと、先日は取り乱してしまって申し訳ありませんでした。」


 君を謝らせたいわけじゃない。謝るなら自分の方だ。

 追い詰めて傷付けた。それしか出来ない自分が情けない。


「いや、私も言いすぎた。すまなかった。」


 こんなことを言いたいわけではないのに・・・。もっとたくさん伝えたいことがあるはずなのに・・・。

 沈黙が流れる。

 と、鋭い青い瞳がこちらを見据える。


(—————————!)


 これは殺気だ。こいつは放蕩息子なんかじゃない。これは肉食獣の類だ。

「・・・リナ、行こう。失礼する、アシュフォード。」

 去っていく彼女の背中を呆然と見送ることしか出来なかった。




 フォルティナ城は堅牢な砦でもある。城に入った手前側の棟に辺境伯の行政府があり、中庭を通る回廊を進んで北側の棟に辺境伯の住居区画がある。

 私はレイの案内で住居区画の居間に足を踏み入れた。

 確かにこんなプライベートスペースに何の理由も無しに案内してもらうのは敷居が高過ぎたかもしれない。凝った刺繍のカーテンは温かみのある色で、毛皮のラグが敷かれた上には一人がけのソファが3脚並んでいる。壁には古い剣が交差して飾られており、湖を描いた風景画と書棚、蒸留酒の飾り瓶が並ぶサイドボードもある。

 きっとここで辺境伯の家族が歓談して過ごすのだろう。

 そして、大理石の彫刻に縁取られた暖炉の上にそのタペストリはあった。


「すごい——————————!」


 かつては金糸だったろう鈍色の紋様。地の色は藍だろうか。全面に細かい刺繍が施されて不思議な色合いを出している。これは一体何色の色で織られているのだろう?

 まず目を引くのは中央の高い塔だ。塔の先端から地上に向かって数多の線が引かれている。先端が星になっているから・・・光? を表しているのだろうか。そして地面には人のような形をした背中に羽の生えたシンボル、そして、塔の上の雲? のようなものの上にも人の形をしたシンボルがある。右端と左端にはそれぞれ3行ずつ古代神聖文字の連なりがあるが、自分の知識だけでは今すぐ読み解けない。


「ここを見てごらん。」


 そう言ってレイは塔の中心を指した。


「これって———————!」


「そう、似てるだろう?」


 そこには蛇が自分の尾に喰らいついた不思議な紋様がある。

 だが、このタペストリの蛇は2匹いる。

 私は急いで手袋を外して見比べた。

 そっくりだ。ただ、私の手の甲には1匹の蛇しかいない。


「どういうことなの・・・?」


「あと、このタペストリなんだけど、一応父にも聞いてみたんだ。父も詳しくは知らないそうだけど、過去に王家から賜ったって父の祖父から聞いたことがあるって言ってたよ。その来歴とかあればよかったんだけどね。」


「いいえ・・・ありがとう。すごい手がかりだわ。これ、写させてもらってもいい?」


「そう言うと思って、筆記用具は用意してあるよ。この後パーティーだから、それまでに出来るかな?」


「急ぐわ。」


 私は大きな手がかりに高揚した気分のまま、詳細に神聖文字とタペストリの絵柄を書き写した。


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