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2-2 解明の行き詰まり

 3軒目の古物商を見て収穫なく通りに出た時、後ろから聞き覚えのある声に呼び止められた。


「また会ったね。名探偵さん。」


 前と同じ、白いシャツに黒のトラウザーズ、少しクセのある長めの金髪に青い瞳、好奇心旺盛できまぐれな猫を思わせる青年だ。


「あら、こんにちは。」


「今日は髪を下ろしているんだね。結い上げた君も素敵だけど、下ろしていると可愛らしいな。」


 言われて無意識に髪に手をやる。先日は旅装だったためひっつめにしていたが、今日はいつものようにゆるくまとめて後ろに下ろしていた。外見をこんなにストレートに褒められたことがないので、どぎまぎしてしまう。


「今日はお買い物かい? 何か手伝おうか?」


「買い物というわけではないのだけど、観光・・・かしら・・・?」


 参考になるような資料があれば持ち出しでも購入しようと思っているが、今のところ収穫はない。


「観光で古物商とはまた渋いね。店は他にも知ってるから案内できるよ。」


 青年はちらと私が出てきた店の看板を見ると、思案気に「あそことここと・・・」と指折り数えだす。

 確かに現地に詳しい人に案内してもらう方が効率がいいかもしれない。だが、


「ごめんなさい。友人のアドバイスをもう一つ聞いて欲しいのだけど。」


 今すぐに案内を始めそうな彼を遮る。


「へぇ・・・ナンパの常道の彼女ね、それは僕も聞いてみたいな。」


「知らない人についていっちゃいけません、って。」


「———————!」


 一瞬呆気に取られた顔をした後、彼は爆笑した。


「あははははは! それは確かにそうだね! 僕はレイって呼んで。君は?」


「リナリアよ。」


「リナリアか・・・。素敵な名前だね。リナって呼んでも?」


 その愛称で呼んでくれたのは違う人だ。でも、もう彼とここで交わることはもうない。


「・・・・構わないわ。」


「これで僕らはもう知らない人じゃない。じゃぁ、リナ。もうお昼時だけどお腹はすいてないかい? こないだの名推理に敬意を表して僕が奢るよ。」


 そうして連れていってくれた地元民おすすめの煮込み料理のお店は、ほろほろと柔らかいお肉と大きめの野菜が食べ応えのあるシチューが看板メニューで、レイの熱心なフォルティナの見どころ案内を聞きながら一緒に味わう。スパイスの効いたシチューは王都にはない異郷の味がした。

 午後も古物商、古本屋を何軒か回ったが大きな収穫は得られなかった。

 今日も何も進まなかったことに焦りだけが募る。

 心配そうなレイにお礼を言って家路についた。




 ——————夕刻、ボーモント辺境騎士団本部


「あれ? 隊長が隊舎にいるとか天変地異の前触れですか? いや、最近地震多いけれども。」


 癖のある金髪に青い目、しかしいつもの白シャツにトラウザーズではない茶色の騎士服は辺境騎士団のものである。


「私だってボーモントだからね。仕事っぽいことはしておかないと。家から追い出されちゃうだろ。」


 軽口を叩く騎士をあしらいながら隊長室に入る。

 自分の部屋ではあるのだが、ほとんど部屋にいつくことがない、ほぼ副隊長の事務室と化している部屋だ。

 席につくと未決済の箱は自分のサインが必要な最小限、そして優先順位順に纏められている。書類を上から順番に処理していく。実際はこうして常人の何倍ものスピードで実務をこなせることを一般の騎士が知ることはほとんどない。

 ほどなく、部屋が申し訳程度にノックされ返事も待たず副隊長のグレン・ベックが入ってくる。


「レイ、帰ってたのか。」


「・・・・あぁ、もう少しで終わる。ちょっと待て。」


 それなりの分量のあった書類の最後の一枚にサインを入れて、決済済みの箱に投げ込む。


「で、彼女はどうだ?」


 グレンは隊長室に持ち込んだ自分の事務机の椅子に腰掛けながら聞いた。


「ん〜・・・・。決め手にかけるな。クリューソスレベルの魔術師で、このあっち(ノルヴァルト)が色々ときなくさい時期に左遷とも取れる異動、それでいて市中を嗅ぎ回ってる。かといって騎士団まわりは全スルーだ。今日直接接触してみたが、行きたい場所の法則性が分からん。あれこれ興味を引きそうな話題も出してみたんだがな・・・。」


「じゃぁ、彼女は白か?」


「いや、何かを必死で探していることは確かだ。ただ、それがノルヴァルトに利する行為でないことを祈るよ。」


 ニヤリと猫が獲物をいたぶる目をする上司にグレンは呆れた顔をする。


「遊ぶのはいいが、ミイラ取りがミイラになるなよ、レイ。」


「分かってるさ。」


 旅装だった時はわからなかったが、今日のゆるく編んだ髪は辺境の日差しでアーモンド色がきらめき、知的な薄い紫色の瞳はこちらの話題への好奇心でくるくると輝く。倒れそうな彼女を抱き止めた時、大人びた見た目に反して初心な少女のような反応だった。細い手首、日に焼けていない白いうなじ、うっすらと香るアイリスの花の匂い。だが、こちらを見据えて論理を展開する彼女は知的な女性そのものだった。右手の真装具手袋には夜色の魔石がついた男物のカフスをつけていたが、何かの符牒だろうか?

 彼女の持つ危ういアンバランスさが自分の中にある何かを惹きつけているような気がした。




 ボーモント辺境伯との面会の許可が降り、その日私は約束の時間にノクスの灰色のローブでフォルティナ城を訪れた。

 アルフレッド・ボーモント辺境伯は伯爵領の領主であり、辺境騎士団の団長でもある。国境防衛の要、交易の要衝として、この地を守る堅実な人物との噂だ。王家との関係も良好だ。

 エマーソン先生からの紹介状と合わせ、こちらの文献調査に協力をお願いしたい、と手紙には書いた。

 フォルティナ城の行政府区画にある客間に通されしばらく待つ。

 窓からは薄曇りのやわらかな日差しが差し込んでいる。

 ノックの後、領の文官が扉を開ける。


「やぁ、待たせたね。」


 明るい癖のある金髪に氷を思わせる青い瞳、がっしりとした体躯の人物だ。渋い声色が室内に響く。

 私は立ち上がると胸に手を当て魔術師の正式な礼をする。


「お初にお目にかかります。ノクス隊中級魔道士リナリア・ガーランドと申します。本日はお時間を頂き、ありがとうございます。」

 

辺境伯は騎士団式の答礼を返すと、椅子をすすめてくれた。


「ガーランドだったね。老師からの手紙も読んだよ。優秀な生徒だと、あの気難しい老師が生徒を手放しで褒めるのは珍しい。」


 文官が横からお茶を配膳すると扉を閉めた。


「恐縮です。」


「それで?」


 お茶をひとくち口に含むと、辺境伯は促した。


「はい。古代神聖文字を使う遺跡について調査をしています。死の山脈にあるかもしれない古代遺跡についても何かわかれば、と。」


「面白い研究テーマだ。それで、ボーモントに来たのは、こちらの方が近いからかね?」


「それもありますが、王都の魔術史学研究所ではほとんど資料と呼べるものがありませんでした。エマーソン先生から、こちらのノクス分室の資料庫も探してみろ、と。あと、王家ゆかりのものが所蔵されているのではないかと、アドバイスを頂きました。」


「そうか・・・・。」


 カップをテーブルに戻し、辺境伯はしばらく思案する。


「一つ質問をしたい。」


「はい。」


「君の研究は学術的な探究心によるものか?」


「・・・。」


 一瞬、答えられなかった。

 なぜ、答えを探しているのか?

 なぜ、不確実な遺跡なんかを一生懸命探しているのか?

 なぜ、魔法なんてわけのわからないものを解明しなければならないのか?

 なぜ・・・・

 なぜ・・・・・・。


(私が、彼を助けたいから・・・。)


 たぶんこれは「学術的な探究心」なんて高尚な目的なんかじゃない。

 私の意地だ。

 あの時この運命を選んで、なんとしても彼を助けたいという私のエゴ。


「違い・・・違います。」


 辺境伯の目を見て続ける。


「助けたい人がいるんです。そんな高尚な理由じゃありません。ただ・・・それだけです・・・。」


 言ってしまった。

 最後は尻すぼみになって俯いてしまう。協力をしてもらわなければならないのに、自分は何をしているんだ。

 目の端に涙が滲む。


「だ、そうだ。レイナルド。」


 辺境伯は扉に向かって呼びかけると、辺境騎士団の茶色の騎士服に隊長を示す飾緒をつけた金髪の青年が入ってくる。

 癖のある金髪に青い瞳、猫のようなしなやかな体、それは私の知っている街の青年だった。


「------------------レイ!」


(辺境騎士団! しかもまさか隊長だったなんて!)


 驚きのあまり立ち上がる。


「こんにちわ、リナ。びっくりしてくれて嬉しいけど、僕が騎士だってそんなに意外かな?」


「え・・・えぇ、びっくりし・・・いえ、失礼しました。ノクス隊中級魔道士リナリア・ガーランドです。」


 胸に手を当て魔道士の礼をする。


「いやだな。僕たち、友達だろ。」


 辺境伯は苦笑いしながら、レイをいさめる。


「レイナルド、公私をわきまえろ。」


「失礼いたしました。閣下。」


 それでもおどけた声色は変わらない。


「ガーランド、君の意思は分かった。研究も人助けのためというなら協力もやぶさかではない。君たちは友人同士のようだし、窓口にこのレイナルドをつけるから使ってやってくれ。それでいいかな?」


「あ・・・・ありがとうございます!」


 望外の言葉に私は最敬礼で返す。これで、やっと少しだけ進んだ!


「あとは頼む。レイナルド、レディ相手にあまり失礼なことをするなよ。」


「分かっていますよ、父上。信用ないなぁ・・・。」


 軽快なやりとりに、そういえば辺境騎士団の一隊長といえば辺境伯令息だった、と思い出す。王都の噂では、「辺境騎士団の隊長は隊舎でほとんど見かけない放蕩息子」という話だったが、なるほどあれだけ街を徘徊していたのでは隊舎にはほとんどいないのは事実なのかもしれない。よくよく見れば癖のある金髪と青い目は辺境伯と瓜二つだ。


(レイナルドの方が少し優しい顔立ちなのはお母様に似ているのかもしれないな。)


 辺境伯は立ち上がると、


「では、フォルティナを楽しんでいきなさい。」


 そう言って退室した。

 私も立ち上がって再び礼をして見送る。


「じゃ、続きは外で話そう。」


 レイは自然に私の手を引き、自分の腕にかけさせる。あまりの自然さに呆然とし、されるがままだ。


(きっとお父様が信用なさらないのはこういうところではないの?)


 街での彼の華麗なナンパ術が思い出され、こっそり苦笑いした。




 辺境伯が退室した後、レイナルドに案内されたのはフォルティナ城内の中庭だ。どこからかハーブのさわやかな香りがする。王都のバラを中心にした華やかな庭園とは違った、ありのままの自然を切り取って移し替えたようなしつらえの庭園だ。

 木陰のベンチに私を座らせると、少し間を空けてレイも隣に腰掛けた。


「実はね、正直に言うと最初疑ってたんだ。」


 そう言いながら遠くを見る。


「君はクリューソス隊に異動の話もあったろう? それを蹴って突然こんな辺境に来た。」


「えぇ・・・。そうね・・・・。」


「そして、街の中を確たる目的もなくウロウロしている。何かを探っているんじゃないかってね。」


(----------------------!)


「そんなわけ! ・・・そんなことしてないわ! ノルヴァルトのスパイだと思われてたって言うの? そんなわけない! 私はこれでもシルヴァンティアに忠誠を誓った魔術師よ! 国を裏切るようなことをするわけないわ!」


 思いもしないことを言われて声がつい荒くなる。


「ごめん。僕たちもこの国境で国を守る義務があるからね。疑わしい人物の出入りは精査しなくちゃならないんだ。でも、君がこのフォルティナで本当は何をしたいのかを正直に話してくれるなら、僕たちはちゃんと協力できると思うんだ。」


 素直に謝られると二の句がつげない。


(ずるいわ・・・・。)


「どう?」


 まっすぐな瞳に見つめられる。

 どうしよう。話して大丈夫なの? でも、どこまで話していいのか・・・。


「僕を信じてくれないかな?」


 右手を押さえて黙り込む。


(ここで迷っていてはだめ。前に進むと決めたんだから。せっかく手を伸ばしてくれているのよ。)


 心を決めて私は口を開いた。


「荒唐無稽な話よ。でも、信じてくれる?」


「もちろんさ。」


(私も貴方を信じる・・・信じてみるわ。)


 私は右手のカフリンクスを外し真装具手袋を外した。今まで誰にも見せたことのない、右手の甲を。

 そして、そこに刻まれた刻印をレイに見せる。

 生きた蛇がのたうって自分の尾に喰らいついた不思議な紋様、あの日私の意識が「戻って」きた時からこの手にこの刻印はある。


「なんだ・・・・これ・・・・・!」


 地震のたびに焼け付くような痛みとともに不穏な血の色に淡く光る。そして、端から鉄錆色に染まっていくこれはもう半分が変色している。

 レイは私の右手を取って絶句した。


「ごめんなさい。見ていてあまり気持ちのいいものじゃないのはわかっているのだけど。」


 レイの手がそっと刻印をなぞる。


「痛くはないの・・・?」


「今は痛くない。」


「じゃ、痛む時もあるんだね。」


 レイの顔が痛ましそうに歪む。


「レイ、最近地震が多いと思わない?」


「そうだね、シルヴァンティアはあまり地震のない国だ。うちの騎士団も調査しているが、これといった原因はわかっていない。」


「この刻印、地震のたびに光って痛むの。」


「——————! そんなことって-----------!」


 私は苦笑いする。


「ごめん。君を信じると言ったばかりなのに・・・・。では、君は地震とこの刻印が関係あるというんだね。」


「そう。それと、そうね・・・なんていったらいいか、私は『知って』いるの。」


 レイの目が続きを促す。


「この地震はもっと大きくなるわ。それから、エレーナ殿下の婚姻の日、何もかもが終わってしまう。」


「・・・・随分、抽象的だね。」


「ごめんなさい。どう言ったらいいのか私もわからないの。あの日、ノルヴァルドの王太子がエレーナ様に切り掛かって、それから古代遺跡のような場所で大地震が起こって・・・それから・・・。」


「待って。ごめん。ちょっと待って。」


 取り留めのなくなってきた私の話をレイが止める。


「ノルヴァルトが絡んでいるの? それから古代遺跡はどこから出てきたの? 婚姻がそこであったわけじゃないだろう? しかもエレーナ様の婚姻はまだ半年も先だ。」


「えぇ、私にはエレーナ様の婚姻の日までの別の記憶を『知って』いるの。そこでは私はクリューソスへ転属していて、エレーナ様の婚姻にも護衛として同行したわ。レニオン街道のヴェイルガードで王太子がエレーナ様を出迎えた時、王太子の持っていた本から魔法陣が広がって、それから場所が古代遺跡になった。」


「魔法————! 魔法だって————!」


「そこはマナが荒れ狂って暴走してた。あんなのは自然なマナの流れ方じゃない。星が壊れてしまうわ。」


「それが君の言う『終わり』なんだね?」


 レイは黙ってしまう。


(こんな荒唐無稽な話、信じろって言う方がどうかしてるのよ・・・。)


「君が助けたいのはエレーナ殿下かい?」


「エレーナ様はその時は無事だったわ。騎士がかばったもの。私が助けたい人は魔法陣の向こうに消えてしまったの。」


「そうか・・・・。それじゃぁ、もう一つ。どうして君がそれを『知って』いるのかは聞いても?」


「どういえばいいのか・・・。これもきっと魔法なのよ。」


「君の調査の目的はその魔法かい?」


「そう、魔法があったかどうかじゃない。魔法の『結果』がこの刻印なのよ。この地震と刻印は繋がってる。そして転移先で見た古代遺跡も。私はあの時光の向こうにいってしまった人を助けたい。今からコレを解明すれば、その人が光の向こうに行かなくて済むかもしれない。私はそれに賭けているのよ。」


 レイは俯いて考え込んでしまった。


(私もこんな話されたら奇人変人だと思うわ・・・・。)


 そっと握られたままだった右手を抜き、真装具手袋とカフリンクスをつけなおす。

 すると手袋の上からレイが右手を押さえた。


「君はずっとそれを一人で抱えていたのかい?」


 レイの目がまっすぐに私をみる。


(—————————!)


「そんな大きな荷物、一人じゃ苦しいよ、リナ。それに、ノルヴァルトがその件に関係しているなら辺境騎士団も加わらなくちゃ。だろ?」


「レイ--------------! 信じてくれるの?」


「君を信じるって最初に言ったじゃないか。それにこの刻印だよ。確かに現代の魔術とは違うものだ。それにこの紋様、見たことがあるかもしれない。僕は君の助けになれると思うよ。」


「ありがとう・・・・ありがとう! レイ!」


 困ったように笑ったレイの手を握りしめて、私は久しぶりに泣いた。

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