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2-1 新しい出会い

 —————————ボーモント辺境伯領

 シルヴァンティア王国の首都セントラルディアからアストリア街道を馬車で1週間。ボーモント領は、北西に死の山脈、北側に遊牧民族の自治領と接し、北東はノルヴァルドとの国境線がある森林地帯がある。カークス川の源流が流れているこの土地は、平原には肥沃な穀倉地帯が広がり、山の麓では牧畜もさかんに行われている豊かな領である。

 ノルドヴァルトと直接繋がるレニオン街道が閉ざされていた少し前までは、北へ向かう交易ルートはアストリア街道を経て遊牧民族の自治領を通るか、カークス川を下って海に抜け群島小国を迂回するほかなく、アストリア街道の終着点でありボーモント辺境伯領の城がある領都フォルティナは交易都市としても栄えていた。

 いつもはゆるく編んでたらしているアーモンド色の髪をひっつめにまとめ、旅装に身を包んだ私はフォルティナに降り立った。王都よりも山が近いからか、いくぶん乾いた風が頬をすり抜ける。白を基調としたセントラルディアと違い、ここは焼きしめた赤煉瓦と漆喰の街並みが広がる。


(ここで私はなんとしても手がかりを見つけてみせる・・・。)


 ノルヴァルドとの戦争では前線砦にもなった堅牢なフォルティナ城を見上げ深呼吸すると、ノクス隊の分室のある街区に歩き出した。

 まずはノクス隊の分室を訪ね、着任の挨拶をする。分室には事務の女性が一人いるだけで、研究者はみなおのおの自分の好きな場所で研究に勤しんでいるという。宿舎は市街の住宅を借り上げているとのことで、鍵をもらって今日は荷物整理に充てさせてもらうことにした。




 重い荷物を抱えて地図を見ながら宿舎を探す。

 あちこち見まわしながら歩いていたのがいけなかったのか、横合いからいきなり飛び出してきた子供達としたたかにぶつかった。


 -----------------ドンっ!


「!!」


 重たい鞄が仇となり、よろめいて倒れそうになる。

 すると、大きな手が鞄を掴んでいた私の右手を、そしてもう片方の手で腰をささえてくれて間一髪転倒を免れた。

 抱き抱えられるような格好になって、シトラスとシナモンが混ざったような爽快でどこかスパイシーな香りが鼻をかすめる。


「ごめんなさい!」


 謝ってまた走り出そうとした子供達を、


「待て、坊主ども。」


 私をゆっくり立たせてくれたその男性は呼び止める。


「せっかくフォルティナにきてくれたお客さんに、それはよくないと思うぜ?」


 そう言って、人差し指をくいくいと曲げる。

 子供達はバツが悪そうに顔を見合わせると、握っていた手のひらから私のポケットに入れていたはずの小銭入れを放ってよこす。


(いつのまに--------!)


 私は慌てて自分のポケットに手を突っ込んで確認する。スられたことに全然気が付かなかった・・・。

 彼は小銭入れを空中で受け取ると、反対の手でコインを一枚子供達に投げた。


「女性には親切にしないとな。」


 コインを手に子供達はまたわっと走り去っていった。

 長めの金髪に青い瞳がこちらを見る。白いシャツはラフに着崩され、腕まくりした手は顔に似合わず筋肉質だ。そして、下は黒のトラウザーズを履いた格好はこの街にすっと溶け込んでいる。


「君もよそ見はいけないな。いくら治安はそこまで悪くはないとはいえ、不用心すぎるよ。」


 小銭入れを渡されハッとする。


(まだお礼を言ってない!)


「ごめんなさい。それから、ありがとう。助かりました。」


「荷物重そうだね。場所がわからないなら案内しようか?」


 私の手にあるメモを見てそう言うと、私の鞄をすっと持っていかれてしまった。

 しょうがない。お言葉に甘えて手渡された住所の番地を途中まで言う。

 途中、買い物に便利な商店街や、おすすめのパン屋、食事の美味しい店、持ち帰りできる屋台、何かあった時に駆け込める騎士団の詰め所など、ここで生活するのに必要な情報をおもしろおかしく伝えてくれる。知らない人のはずなのに会話はつきない。


「この辺が君の言った住所だけど。」


 そう言って立ち止まった彼から鞄をそっと取り返す。


「ありがとう。とっても助かったけど、ここまででいいわ。」


「鞄、家まで持っていってあげるのに。」


「さすがにそこまでは大丈夫よ。」


 彼は路地の壁に寄りかかって腕組みをした。


「用心深いんだね。」


 改めて真正面から彼を見る。しなやかな体はきまぐれな猫を思わせる。


「そんなことないわ・・・。王都に私の友人がいるのだけど。」


 彼は無言で続きを促す。


「颯爽と助けに現れる男はナンパか詐欺師だから注意しなさいって。わざとぶつからせておいて助けるのは常套手段って聞いたわ。」


 首をかしげながら彼はニヤリと笑った。


「それはいい友人だね。僕がナンパか詐欺師だって思った根拠はそれだけ? 助けたのに?」


 私は少しだけさっきの出来事を思案する。


「そうね・・・・。普通、スリを見つかって盗んだものを返したら騎士団に突き出される前にさっさと逃げるのじゃないかしら? でもあの子達、返した後も逃げなかったわ。」


「そうだったかな。」


「それから貴方がコインを投げた。コインの色を確認して、嬉しそうな顔になったから取り決めよりチップが多かったのじゃないかしら?」


 彼はおどけた調子で両手をあげ


「降参だよ。名探偵さん。」


 と言いながら姿勢を正すとくるりと踵をかえした。


「きっと僕たちはまた会えるよ。またね。」


 手をひらひらと振って去る彼の背中を見て、名前も聞いていなかったことを思い出した。



 

 時は少し遡って—————-

 リナリアがセントラルディアを発つ乗合馬車に乗った頃、フェリクス・アシュフォードは魔術史学研究所にいた。

 任務や王女の護衛で忙しくしていたが、レオナルドから彼女が元気にしているらしいと聞き訪ねることにしたのだ。


(彼女とちゃんと話がしたい。)


 以前、避けられているのではないかという疑念と彼女の噂と異動・・・。色んなことが重なり、つい感情的になって彼女を酷く傷つけてしまった。あれは悪手だったと、冷静になった今の自分ならわかる。いつもの軽い言い争いなら、いくらでも続けていい。だが、今のままでいいわけがない。彼女があんなに取り乱して泣いているのを見たのは、少なくない付き合いでも初めてだったのだ。

 彼女と初めて会った時、彼女は真新しい青いローブに身を包み魔術師団の新人研修で騎士団の見学に訪れていた。

 騎士の演習を見学したあと、彼女はふらりとやってきて言いにくそうに自分に言ったのだ。


「騎士様。差し出口かとは思いますが、魔眼の刻印をした真装具眼鏡を試されてはいかがですか?

 騎士様の速さならマナの流れを読む眼鏡をしていれば、今よりもっとお怪我をなさることが減ると思うのです。」


 と。その頃から「神速」と呼ばれていた自分だが、速さがゆえに構築中の攻撃陣を横切ってしまうこともあり怪我が多かったのも事実だ。真装具を試すというのはそれまでの自分にない着眼点だった。


(きっと彼女はあの時の騎士が自分だったと、覚えてはいないのだろうな・・・。)


 彼女はもともと研究志望だった。それも知っている。学院のエマーソン先生は自分の恩師でもある。有事のために研究ではなく魔術師団を選ばざるをえなかったと、先生から聞いた。それでも彼女は魔術師として研鑽を積み、クリューソスでも十分やっていける実力に成長した。一を言えば十を吸収し、百にも千にも変えてくる。打てば響き、面白いように成長していく様をみるのは、隊は違っても小気味良かった。

 魔術師としてだけではない。蛹から蝶になるように、彼女が内気な少女から実力に裏打ちされた大人の女性に変わっていくのを自分はずっと見ていた。

 今までは自分だけが、彼女の理解者でいる気でいた。思い上がりも甚だしい。


(あのカフス・・・。やはり、誰かからの贈り物なのだろうか・・・・。)


 彼女に思いあう男がいるかもしれない。いや、それは自分には口出しできないことだ。

 自分たちはそういう関係では「まだ」ない。では、じゃれ合うような言い争いをやめた時、彼女を前に自分はどうすればいいのだろうか?

 深呼吸をして、「ガーランド」の名札がかかった研究室をノックする。

 しかし、応答はなかった。

 中に人の気配がない。

 そっと、扉を開けると綺麗に整頓され片付けられた書斎机とカーテンが閉め切られた薄暗い部屋があるだけだった。


「ガーランドさんなら、今日ボーモント領に発ちましたよ?」


 通りすがりの研究員に声をかけられる。


(ボーモント領だと————————!)


 彼女はこの間ノクス隊に異動になったばかりだ。なぜ、辺境伯領に?

 教えてくれた研究員に礼を言うと、エマーソン先生の研究室に走る。

 やや乱暴に先生の研究室をノックし、返事を待たずに扉を開けた。


「やれやれ、誰かと思えばフェリクスか・・・。騒々しいのう・・・。」


「先生、リナ・・・ガーランドは? 彼女はノクス隊にきたばかりのはずです。なぜ辺境伯領など・・・?」


 かけていた老眼鏡を外し、先生はため息をついた。


「リナリアなら資料探しに行ったよ。大事な研究テーマを見つけたようじゃな。」


「そう・・・・ですか・・・・・。」


 力が抜け、目の前の椅子に座り込む。


「彼女に・・・謝りたいと思っていたのです。以前・・・・、酷く傷つけてしまいました。」


 先生は眉間の皺を揉んで何も言わない。


「・・・・・・。」


「・・・・・・。」


 研究室の中に静かな沈黙が落ちる。


「人間の時間は有限だよ、フェリクス。そなたは騎士なのだから、憂いを残すようなことは避けねばならん。」


 その通りだ。自分は今、忙しさを理由に後回しにしたことを後悔している。


「・・・戦場では『神速』でも、それ以外では発揮されんようじゃな。」


 先生の正論に、何も言い返す言葉がなかった。

 泣いていた彼女の顔が眼裏に甦る。

 きっと・・・、きっと自分はあのまま彼女を抱きしめて、

 あの紫色の瞳に自分だけしか見えないようにしてやりたかったのだ・・・。




 フォルティナにきてしばらく経って、私は分室で資料整理をしながらひたすら古代神聖文字に関係ありそうな文献を探し尽くした。

 いくつか発見もあった。

 北の死の山脈と言われる今は氷河地帯となっているあたりに、かつて魔法文明があったのではないか? とする研究論文だ。ただし、参考資料が散逸していて論理も抜けがあり、これをそのまま信じるのは危険すぎる。

 やはり、ここでもそう簡単にはいかないらしい。

 机に突っ伏しかけた時、手が手紙の束にあたる。


(あ・・・・・!)


 そうだ。先生は「フォルティナに王家由来のものがある」といっていなかったか?

 そして、ボーモント辺境伯に協力を求める紹介状も!

 目の前の資料をさばくのに必死で、色んな視点から読み解け、という先生の教えを忘れるところだった。

 早速、紹介状と合わせて伯爵に面会を願い出る手紙をしたためてフォルティナ城宛に出した。


(「色んな視点から見る」・・・か。)


 フォルティナに初めて来た日、街を巡って紹介してもらったことを思い出す。ここは交易の街だ。古書・古道具・古美術を扱う店もたしかあったはずだ。


(明日からはこの街でフィールドワークね。)


 あの金髪の彼にはまた街で会えるだろうか?

 名前、聞けるといいのだけど・・・。

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