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小話 第一騎士隊副隊長フェリクス・アシュフォードの日常

【祝3000PV突破!】

応援してくださった皆様のおかげです。

ありがとうございます!

「「誠に申し訳ありませんッしたッ———————!!!」」

 

 騎士団第三隊隊長室に響くのは、第一隊の隊長レオンハルト・シュヴァルツと副隊長である私フェリクス・アシュフォードの謝罪である。

 先ほど行われた合同演習は、いつもと違い騎士団第一隊と魔術師団アズール隊、第二隊とクリューソス隊の組み合わせで行われた。

 アズール隊にはガーランドがいる。

 無意識にちょっとだけいつもより気合いが入ってしまった。

 それがレオに伝播したことで実戦かそれ以上の速度で持って突撃した結果が、クリューソスの防護結界展開前に第二隊の騎士ごと騎士団の備品を破壊する事態になったというわけだ。

 レオのせいというよりは、やっぱり気合いが入りすぎた自分のせいだ。

 いいところを見せたかった気持ちがなかったかと言われると、ないとは言えないと思う。

 

「あーまぁ、壊したもんはしょうがないんでー、謝罪ははっきり言ってどうでもえぇんですけどー」

 

 目の前の騎士団第三隊隊長サイラス・レイヴンはへらへら笑いながら椅子にふんぞり返っているように見える。

 だが、この表情と態度を額面通りに受け取ると酷い目に遭うのは、この人の下でしごかれていた間に学んだ。

 糸目になっていて見えていないが、絶対に笑っていない。

 断言できる。

 

「なぁレオ、あんた防護柵の設置にいくらかかるか知ってますぅ?」

 

 レオは第一隊長だが、第四まである騎士隊の隊長格の中では一番年下だ。

 将来性を買われての人事だが、隊長格の中では「可愛がり」の対象になることが多い。

 

「それは私から……」

 

「フェリクスは黙っとれ」

 

 横から口を出そうとしたのにピシャリと跳ね除けられる。

 

「あ……あー、結構高かった……かなぁ……」

 

 レオのしどろもどろの回答に、レイヴン隊長は一枚の紙を取り出した。

 

「これ、予算書ですわ

 柵一区画あたりはここですな

 ざっとアンタの給料3ヶ月分ですわ」

 

「な……! そんなにすんの……!」

 

 レオの顎が落ちた。

 そんなに呆然とするな。

 刻印で防御結界を組んであるんだ、そこらの木を組んだだけの防護柵とはわけが違う。

 高額に決まっている。

 

「壊しましたはいいんですわ

 で、どうしてくれはりますの?

 二人で折半して弁償してくれたら助かりますけどねぇ」

 

「いや……それは……その……うちは嫁も子供もいますし……給料1ヶ月半飛ぶのはさすがに……」

 

 レイヴン隊長の視線がこちらに向く。

 

「フェリクス、こっちの言いたい事はわかりますねぇ?」

 

 ぐ、と返答に詰まる。

 下手に気負ってやらかしたのはお見通しだ。

 演習場から騎士団長室なら、この人には何がどうなってこうなったのかは手に取るようにわかったろう。

 言い訳はそもそも通用しない。

 

「その……こちらの備品購入用の予備費からいくらか三隊に……」

 

「いくらか、ですかぁ?」

 

「さ……さすがに全額負担は予備費では充当できませんので……できましたら折半で……」

 

「8:2」

 

「いや、6:4ではいかがでしょう?」

 

「7:3」

 

「くっ……、では7:3でお願いします……」

 

 パッとレイヴン隊長の顔がにこやかに変わる。

 負けた。

 

「いやぁ、助かりましたわぁ

 あそこの並びはそろそろ入れ替えなあかんと思ってましたし

 一隊から補助して貰えるなら一気に入れ替え出来そうですわぁ」

 

「「な!」」

 

 くそ! してやられた!

 だからこの人は苦手なんだ!

 

「ほな、書類は回しときますんでよろしゅう」

 

 ひらひらとにこやかに手を振るレイヴン隊長を残して隊長室を出た。

 

 

 

 一隊の隊舎に戻る道すがら、アーモンド色の髪が揺らめくのが見えた。

 目の端に捉えて横を見ると、レオが訳知り顔で「先に行く」といって足早に去っていった。

 さっきは演習中ということもあって、少しも話せなかった。

 待ちきれなかったのか、そわそわとした様が愛しい。

 

「アシュフォード副隊長、今お時間よろしいですか?」

 

「ああ、構わない」

 

 騎士団の隊舎の間にある木立に誘う。

 あの時もこうして声をかけられて、ここに誘った。

 きっと彼女もそれを覚えている。

 

「あの……これを……受け取って欲しくて」


 そう言って取り出したのは、夜色の魔石を嵌め込んだカフリンクス。

 二人の因果を繋ぐもの。


「そのこないだ訓練で怪我をしかけたとお聞きしたので……

 余剰魔力を保持して、守護結界を発動します

 発動は自発の防御が間に合わない時に勝手に展開しますので、あと動力は常時身につけて頂ければマナを取り込みます」

 

 照れくさいのか少し早口に効果を説明するが、それも『知って』いる。

 彼女も。

 

「ありがとう、大切にする

 その、私は君に惹かれている……

 ガーランド……いや、リナリアと呼んでも……?」


「はい、副隊長……

 いえ、フェリクス……フェリクス!

 会いたかった!」


 どちらからともなく抱きしめ合った。

 私たちは長い旅路の末にここでまた再び出会えた。

 天と地の精霊の導きによって。

 

「リナ……君がつけてくれるか?」

 

「えぇ」

 

 制服のシャツの袖に、夜色のカフスが光る。

 地の白金はシンプルで、夜色の魔石は自分の瞳の色でもあるが、制服の濃紺とも合っている。

 収まるところに収まった感覚。

 リナの魔力も感じられる。

 

「右手を見せてくれないか」

 

 リナの手を受け取り、支給の手袋をそっと外す。

 綺麗な手だ。

 刻印もない。

 

「良かった……よかっ……」

 

 今まで彼女の手だけに刻印が刻まれた数多の可能性を思い返す。

 もうこれで彼女だけが失われる未来は来ない。

 ようやく、ようやくこうして彼女と共に歩むことができる。

 自分だけが時を過ごして巡り歩いた日々もこれで終わる。

 彼女の手を押し抱いて熱いものが頬を滑り落ちた。

 これからは、自分の手で彼女を支え守り慈しんでいくことができる。

 誰の手にも渡さない。

 

「フェリクス、貴方の手も見せて」

 

 同じく涙ぐんでいる彼女に手袋を外し右手を差し出す。

 そこにあの血の色の蛇はいない。

 

「あぁ……これで、本当に終わったのね……」

 

 彼女は破顔すると涙が溢れ出した。

 もう一度彼女を抱きしめ、涙に口づける。

 

「リナ、愛している」

 

「私もよ、フェリクス

 もう二度と置いて行かないで!」

 

 そうして私たちは気持ちを確かめ合ってすぐに婚約した。

 騎士団内からは生温い反応だったが知るものか。

 どちらにしろ、彼女は最初から私のものだ。

 <時>を<戻っ>てから地震は起きていない。

 あの装置もどこかで眠ったまま、忘れ去られていくのだろう。

 どちらにしろ、本は2冊揃わなければ魔法は完成しない。

 こちらの本があの資料庫で眠っているのならば、ノルヴァルトでいくら研究したところでもう二度とあの災害は起こることはない。

 


 こうして、私フェリクス・アシュフォードとまもなくリナリア・アシュフォードになるリナリアとの日常は続いていく。

 災厄も時戻りも戦争もない。

 平和な日常が。

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