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4-5 刻印が消える時

「リナ……リナ……」


 移動中の天幕で簡易ベッドを机代わりに突っ伏している彼女を揺り起こす。


「リナ……また君は夜更かししたのか?」


 ん〜と言いながら寝ぼけている彼女に、つい笑みが溢れる。


「移動中はいつもより体力を使うから、ちゃんと寝ろって言っただろう」


 寝乱れた髪を撫で付けてやる。

 全く、研究に没頭すると寝食を忘れるのは悪い癖だ。何度も言っているのに……。


「必要な時はちゃんと寝てるわ……、でも最近、あまり眠れないの……」


「眠らないとつらいのは君だぞ」


 彼女は寝ぼけ眼をこすりながら、広げた資料をまとめだす。


「で、夜更かししてまで何をしていたんだ?」


「夜更かしっていうほど寝てないわけじゃないけれど、ねぇフェリクス、この本とっても面白いの……」


 そういってやっと目が覚めたのか、目を輝かせながら本を取り出す。


「ん? 先生の資料庫で見つけた本か? そんなものを君は持ってきていたのか」


 今は護衛の任務中だというのに、待ちきれなかったんだな。


「だって、古代の魔法があるかもしれないってロマンがあるでしょう……?」


「……魔法? 偽物じゃないのか?」


 訝しげに眉をしかめた自分に彼女はむくれる。


「それを確かめるために翻訳しているのよ……難しくてなかなか進まないのだけど……

 多分、ここは古語に似た形があったから<時>、ここは人形が家に入っていくから<戻る>、だと思うの……

 ここを見て、貴方も神聖文字の授業、受けたのでしょう?」


 本をパラパラとめくって神聖文字ばかりの本と資料を突き合わせる。


「私も受けるには受けたが……リナほど詳しいわけじゃない

 そんなことより、もう出発だぞ、ハルト隊長が起こしてこいって」


 そうだ。このカフリンクスをくれた君に私は気持ちを伝えて、今はゆっくりと絆を深めている。

 そうして、周りのレオやハルト隊長も見守ってくれている。


「え……? だって今日は訓練の予定は……」


 明後日なことを言い始めた彼女にさすがにため息がもれる。


「リナ……寝ぼけているのか?

 今はエレーナ様の婚姻のためにレニオン街道を進んでいるんだろう?」


「エレーナ様……? 婚姻……? アシュフォード副隊長と?」


 気持ちも確かめ合ったはずなのに、さすがにこれはない。


「私もガーランドって言った方がいいのか?

 君がこのカフスをくれた時に言っただろう、もう一度言わせる気か?」


「あ………………え?」


 ゆっくりと赤面する彼女が愛しい。


「やっぱり寝ぼけているんだな、早くしないと本は没収だ」


 本を取り上げようとした時、ようやく目が覚めた彼女が私の腕に抱きついてくる。


「おはよう、リナ」


 そう言って彼女の頬にキスをした。

 いつかの出来事。

 いつかの面影。

 そして、私は彼女の生きる未来を選択する。




 フェリクスの持っていた本から目を焼くほどの虹色の光が円陣となって広がったかと思うと、いつかと同じ、大地が鳴動しマナが荒れ狂う遺跡に出た。

 目の前には本を手に魔法陣を発動するフェリクス。

 そして、私を抱き抱えるようにかばうアシュフォード副隊長。


「フェリクス……なんで……?」


 マナの嵐の中でびゅうびゅうと風が荒れ狂う。


「私が……もう一人……どういうことだ……?」


 私を抱えるフェリクスは突然現れた自分自身としか思えない男に呆然としている。


「リナ、ようやく……ようやくだ……」


 本を掲げる彼の手に光り輝く2匹の蛇の紋様が見える。


「蛇が2匹……………………!」


 私は急いでカフリンクスと手袋を外す。

 手の甲の鉄錆色だった蛇が、全て血の色に光り輝いたと思うと端から消えようとしている。

 一際輝いたと思うと、彼の紋様に吸い込まれるようにすうっと消えた。


「何度も何度も、何度も何度も可能性を辿って、そうして答えに辿り着いたんだ。この時間軸なら君は生き延びられる。この時間はまだ閉じていない(・・・・・・)。最初にヴェイルガードで発動した術をこうして閉じれば、君はこの新しい時間軸で生きていけるんだ。そう精霊と約束した。」


「精霊と約束って……! どうして……!」


 風に負けないように叫ぶ。


「最初に術に巻き込まれた時、いつかノルヴァルトで噂されていた古代兵器だと気づいた

 このままでは君が失われると思ったんだ

 だから、ヴィクトルを斬って術に割り込んだ」


 フェリクスは悲しそうに笑った。


「<時>を<進む>本はあらゆる可能性から未来を選択する

 その中で君が持っていた<戻る>本とノルヴァルトの<進む>本、タペストリ、全てを解読した

 たくさんの可能性を巡っていったけれども、いつも君を救うことが出来なかった

 でも、今回はやっと君を生かす未来を選択することができる」


 吹き荒ぶ風の中でフェリクスがもう一冊の本を掲げた。


「それ!!! 研究室の本!!!! 貴方が持っていたの!!!」


「私だってエマーソン先生の教え子だ、研究室には入れるさ

 この装置に必要なのは元々は1冊の本2冊、本来、この蛇の刻印は代償を支払う者だけに刻まれる

 だが、何度可能性を辿っても<戻る>本を発動する君に刻印が刻まれ、君だけが失われる

 今回はこうして私が刻印を引き受けた

 過去に戻る本は君が発動した時のまま、まだ術は完成していない

 だけど、引き継いだ私がここで最後の<終了処理>をすれば、この装置は止まる

 後は私が作った数多の可能性を装置と一緒に<破壊>すればそれで終わりだ

 君は今この新しい時間軸で、悔しいけれどそこの私と次の君の物語を紡いでいって欲しい」


 今まで黙っていたアシュフォード隊長が叫ぶ。


「お前はそれでいいのか?

 リナリアがどんな思いで今まできたのか!

 お前をずっと……私ではない『お前』を思っていたのに!」


 アシュフォード副隊長の私を抱きしめ支える手に力が入る。

 知っていたの……?

 それを聞いてフェリクスは鼻で笑った。


「いいわけないに決まっている

 例え同じ私だとしても、王女に暗示をかけてまで邪魔してやったくらいだからな」


「な……!」


 王女への干渉が予想外だったのだろう。副隊長は絶句した。


「色んな可能性でリナが他の男性と絆を育んでいくのを見たが、同じ顔のお前が幸せになると思うと一番腹立たしいだろう

 そのくらいの邪魔はしてもいいはずだ」


 憎々しげに副隊長を見たあと、フェリクスがいつかの笑顔で私に言う。


「さようなら、リナ、幸せに」


 二つ目の魔法陣が広がる。

 マナの暴風がいよいよ大きな嵐となって私たちを襲う。


「待って! 行かないで! こんな未来は望んでない!」


 光とともに消えようとするフェリクスに叫ぶ。


「自分だけ幸せになったって———————! 『忘れないで』って言ったのは貴方なのよ—————!

 忘れられるわけない! 他の誰でもない、貴方に側にいてほしいのに!」


 薄れゆく意識の中で、マナの暴風が遠く潮騒のように聞こえた。




 ————————ノルヴァルト国境都市ヴェイルガード

 虹色の魔法陣がきらめく光とともに収束したかと思うと静寂が訪れた。

 北からの乾いた風だけが戦場を吹き抜ける。

 シルヴァンティア、ノルヴァルト双方の騎士たちはそろそろと立ち上がった。

 光が収束したそこにリナリアと二人のフェリクス・アシュフォードの姿だけが忽然といなくなっていた。

 地震と突然の光に戦っていた騎士たちも剣を下ろし、顔を見合わせた。


「総員退却!」


 そこにヴァルターの号令がかかる。

 いち早く冷静さを取り戻したヴァルターが指示を出す。

 大きな地震に城壁の崩れたノルヴァルトの騎士たちもそろそろとヴェイルガードに退却し始めた。


「アーク、シルバーとアシュフォード、それからクリューソス隊のガーランドがいない」


 馬を並べた騎士団副長ジュリアス・スターリングが報告する。


「光に吸い込まれたように見えたな」


「あぁ、周囲を捜索させるが……」


「あれが『マレウスの遺産』だと思うか?」


「神聖文字が並んでいたように見えたが内容まではな……」


(無事でいてくれるといいが……)


 ヴァルターは光の向こうの部下を思った。

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