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1-1 日常の風景

 —————————-ブチィッ!!!


 辺りには衝撃とともに吹き飛んだ防護柵の破片がぱらぱらと乾いた音を立てている。

 それとは違う、何かがぶち切れる音が静まりかえる演習場に聞こえたに違いない。

 いいや、私には聞こえた。


「———————————!!! あ・・・貴方がたは——————————!


 共同演習の意味を! ちゃんと理解なさっているんですかっっっ!!!!」

 私、リナリア・ガーランドの叫びが虚しく響く。

 ここはシルヴァンディア王国の誇る騎士団の大演習場である。今日は第一・第二騎士隊と魔術師団の精鋭クリューソス隊、サポートに長けた術者の多いアズール隊の合同演習が行われているのだが、早々に暗澹たる雰囲気が立ち込めている。

 いつもは第一騎士隊とクリューソス隊、第二騎士隊とアズール隊の組み合わせで出動することが常なのだが、今日は隊を入れ替えて第一とアズール、第二とクリューソスの組み合わせで行われているのだ。

 北に位置する隣国・ノルドヴァルト王国とは、長い戦争の歴史がある。間を隔てる国境線の一部が、我々シルヴァンディア王国の首都セントラルディアにそそぐカークス川の上にあるために、川の水利権を巡って一時は激しい戦闘が行われたと聞く。現在の騎士団長であるアーク・ヴァルターがまだ一介の騎士だった時代で、「死神アーク」の名で相当な武勇を誇ったのだと聞いたことがある。

 私が魔術師団に入った頃にはもう小競り合い程度だったが、主戦派だった隣国の老マレウス王が死去し、穏健派である現在のアルヴァード王が立ったことで恒久的な平和協定が結ばれたのは記憶に新しい。

 とはいえ、騎士団も魔術師団も練度を落とすわけにはいかない。連携も大事である。というわけで、いつもとは違う組み合わせの演習なのだが、演習開始早々に頓挫している。

 私の所属するアズール隊は今回第一騎士隊の支援を担当し、第二騎士隊とクリューソス隊の防衛する陣に攻撃をする、というシナリオだったはずだ。だが、実際はどうだろう? 目の前には、我々アズール隊の攻撃支援魔法が構築されずに散っていくマナの残滓と、クリューソス隊の防御結界ごと吹き飛ばされた第二騎士隊の隊員が数名転がり、気まずそうに頭をかくデカブツ隊長と涼しい顔のメガネ副隊長である。


 ------------------キレてもいいと思うの。


「今日は第一騎士隊と我々アズール隊の連携演習とお聞きしておりました。

 シュヴァルツ第一騎士隊長、認識が違いますでしょうか?」


 明後日の方向を見て韜晦する騎士隊長を睨みつける。


「あー・・・・・。まぁ、連携・・・・してたと思うぞ? なぁ、フェリクス。」


 涼しい顔のメガネ野郎がこちらを向いたので、もうこっちは臨戦体制で身構える。

 どこかで「カン!」という金属を打ち鳴らす音がした。


(ゴングの代わりってわけ? やってやろうじゃないの!)


 周りの倒れていた騎士も青ローブのアズール隊も黒ローブのクリューソス隊の面々に至るまで一緒にくたになって、「あちゃー」だの、「またかー」だの、「やれやれ、また始まったよ」だのと三々午後休憩の構えで散っていく。

 だが気にしてはいられない。

 一つ息を吸い込むと、いつも通りに頭が回転し始める。


(この男とバトる時はいつも真剣勝負なのよ! いくわよ! リナリア!)


 副隊長の正面に立つと身長差で下から覗き込むようになってしまうが、なるべく真正面になるよう対峙する。真っ直ぐに眼鏡の奥の夜色の瞳を見つめて斬りかかるように口火を切る。


「アシュフォード副隊長、今日は共同の連携演習とお聞きしておりました。認識に間違いがございますか?」


 騎士隊長に向けていた鋭い視線を三割増、いや五割増にしてさらに睨みつける。

「いや、その認識で合っている。」

 チャキンと目元と同じく涼やかな音を立てて剣を収めたメガネ野郎に、さらに神経を逆撫でされる。


「では! お尋ねいたしますが! 我々の支援魔法の構築を待たず、あろうことか隊長・副隊長が自ら率先して突出し、挙句の果てに、騎士団きっての力自慢が、フルパワーで騎士団の備品も含めて粉砕するとは、どういうことなんですか! 納得のいくご説明をお願いいたします!」


「騎士団の備品」のくだりで流石に無神経な筋肉ダルマでも、粉砕され飛んでいった防護柵に目をやる。

 ちなみに、悲しく散っていった防護柵は本来剣で吹き飛ぶような代物ではなく、刻印魔術で強化もされており、普通は攻城兵器か貫通力を上げた攻撃魔法ぐらいしかダメージは入らない。一般的な攻防戦であれば守備陣形を取っている騎士隊に、味方の支援を得て攻撃陣形を組んで挑むのがセオリーだ。そして、それだけの防御力があるからこそ、設置にはそれなりのお値段がはるものである。


「備品が吹き飛んだのはクリューソスの防御結界の強度に問題があるのではないか?」


「だから! 騎士団一の力自慢に、貴方がさらに物理強化を重ねがけしたんでしょう! しかも、クリューソス隊の衝撃吸収結界が間に合わない速度を狙って突っ込まれたら、結界の強度がどうとかいう以前の問題ではありませんか! 大体、『連携』演習と申しました! こちらの支援魔法が届く前に飛び出されては、どう支援しろっていうんです!」


 本来、真っ先に抗議をしてほしいウチ(アズール)の上司はクリューソスの隊長を捕まえて呑気に天気の話などを始めている。


「支援ったってなぁ・・・・当たらなければどうということは」


「そういう事を言っているのではありません!!!!」


 筋肉ダルマがトチ狂ったことを言い始めたのでさらにヒートアップする。


「アシュフォード副隊長! シュヴァルツ隊長(この暴れ馬)をなんとかするのも貴方の仕事でしょう?!」


「フォローはしていた。問題はないはずだ。それよりガーランド。君の防御結界についてだが、強度にムラがあるのではないか?」


 サラリと音がしそうな銀髪をかきあげながら小首をかしげるという、イケメンにしか許されない行為をさらっとやってくるのがさらにムカつく。そしてそれが似合うところがもっとムカつく。


(なんなの! この男! 一回そのお綺麗な銀髪、全部ハゲ散らかしてしまえばいいのに! 抜けないなら、私が抜いてあげるわよ!)


「演習では問題ない強度だったはずよ。」


 怒りに任せて言い返す。

 すると、話にならないというようなため息をつかれた。


「実戦のための演習だろう。演習だからといって手を抜かれては、演習の意味がないだろう。」


「私が手を抜いていた、って言いたいの?!」


「実際そうだろう。それ以上の強度が出せたと、君が言ったばかりだ。」


「何ですって---------------!」


 後ろから「おー! 女史がキレたー」だの、「副隊長も言ってやれー」だの、ヤジが飛んでくるが、コレは聞き捨てならない。


「大体、貴方はいつもいつもそうやって全部自分で出来るからって、役割分担とか考えるのが副隊長の・・・・」


 言いかけたまま言葉が途切れ、時が止まる。


(そうやって、何でも全部・・・・一人で・・・・やっちゃうから・・・・だから・・・)


「・・・・・?」


 次のセリフが出てこない。そのまま固まる私をシュヴァルツ副隊長が不審げに見る。


「・・・・・・・。」


「ガーランド・・・・・・・?」


「あのー、お二人さん。見つめ合っているところ悪いんだけどさぁ、そろそろ演習再開してもいいかなぁ?」


 そこに二隊のウェストブルック隊長の呑気な声が割って入った。



 その声にハッとする。そうだ、「今」は演習中だった。



「失礼しました、二隊長。ガーランド、配置に戻ります。」


 慌てて礼をして自分の位置に戻ろうとする私を、アシュフォード副隊長が物問いたげな視線を寄越すが、敢えて無視する。今は副隊長の顔を見て、何かを言い返せる自信がない。言いかけた言葉も、飲み込んだ言葉も、感情も一緒くたになって余計なことまで言ってしまいそうだ。

 その後の演習は当初の予定通りのシナリオで進められ、各隊ごとに課題訓示の後解散となった。ただし、第一隊の隊長・副隊長は揃って現場待機し騎士団長に報告せよ、とお達しがきていたから少し溜飲が下がる思いである。こってり絞られてしまえ。

 同僚と隊舎に引き上げる私を、アシュフォード副隊長が後ろから見ていたことに、私はこの時気づかなかった。



 ———————演習終了後

 一旦隊舎に戻って、訓練用の手袋を外す。

 右手の甲には、まるで生きた蛇がのたうって自分の尾に喰らいついたらこうなるのでは? 、という生々しく不思議な紋様がうっすらと見える。今日はどうせ激しい演習になるから、と手袋をしていて良かったが、見ていてあまり気持ちのいい代物でないのは確かだ。


(さすがにこれどう見ても刻印魔法っぽいし、刺青って言い切るのは難しいか。若干漏れてるマナの偽装もしなくちゃだし、となると、魔装具手袋必須になっちゃうわね・・・。)


 必要に迫られているとはいえ、ため息が溢れる。

 訓練用の手袋は制服と同じく支給品があるが、術者のカスタムメイドの魔術を仕込む魔装具はやり方次第で詠唱の短縮や増幅などに応用でき、繊維にマナ伝導率のよいものを利用したり、魔石を嵌め込んだりもできる。こだわればこだわるほど楽しい分野ではあるのだが、こういった品はどちらかというと趣味品であって、正統派を自認する魔術師団ではあまり使うものはいない。魔法素材はどれも希少品で、そして大量生産に向かない、が揃うとどうなるかというと、要するにお高いのである。


(あぁぁぁ・・・・私のバカ。)


 ポケットから小袋に入れたままのカフリンクスを取り出す。プラチナのシンプルな土台に夜色の双子石を一粒ずつ嵌め込んだ一点ものである。そもそも魔石がやたら高かった。そして、防御結界と余剰魔力吸収の術式を自分で刻み込み、作り上げたものだ。


(もう渡せなくなっちゃったな・・・。コレ買ってなかったら、もう少し余裕あったのに・・・でももうカスタムしちゃってるから売れもしないっていうね・・・とほほ。)


 しょぼくれていてもしょうがない。どうにかならないものはどうにかするしかない。


(とりあえず、ご飯にしよ。)


 小袋にカフリンクスをしまいポケットに入れると、訓練用の手袋を身につけて食堂へ急いだ。




 ————————その頃の演習場

 第一隊隊長・副隊長は指示に従って、揃って現場待機し騎士団長を待っていた。

 廊下の立たされ坊主よろしく、直立不動で休めの姿勢を取っていた二人だが、横の副隊長のかすかなため息にレオンハルトの口元がニヤリと笑う。


「どうした?」


 溢れたため息を聞かれたことが気まずいのか、珍しく不貞腐れた顔をするフェリクスに、さらに追い討ちをかける。


「ガーランドだろ?まぁ、防御結界のムラって言ってもなぁ。彼女のだけはお前に届いてたんだよなぁ。」


 そうなのだ。アズール隊の防御結界は対象を捉えきれずに霧散したが、彼女の・・・彼女の結界だけは、この「神速」と呼ばれる自分に届いていた。術の完成速度を優先し、対象の移動速度を予測、効果範囲をぎりぎりまで削ぎ落として、変動値を絶対値に置き換えることで可能にした。攻撃よりも支援に偏重しているアズールではあるが、彼女の応用力・即断力・展開のスピードを鑑みればクリューソスでも十分やっていける人材である。引き抜きの噂は絶えないのに、人事異動ではいつも音沙汰がない。


「アズールに置いとくには惜しいんだがな?」


「それは・・・そうなんですが・・・。」


「そっちじゃないとすると、あれか? 『手抜き』か?」


 ズバリと指摘されて、今度は堂々とため息をつく。


「どうしていつもお前らはこうなっちゃうのかねぇ〜」


 両手を頭の上に天を仰ぐレオンハルトに、憮然としたフェリクスが答えようとした時、


「どうしていつもいつもこうなるのか、私も聞きたいんだがな。レオンハルト・シュヴァルツ。」


 ピリッとした空気をはらんだ重低音が響く。


「「ハッ! 騎士団長!」」


 慌てて姿勢を正し敬礼した二人を順番に見やる。

 騎士団長アーク・ヴァルターは答礼をし軽く手を振って休んでよしのハンドサインを出す。

 ヴァルターの目が壊れた防護柵をチラリと見た後、レオンハルトを見据えた。

 破片は第一隊によって綺麗に片付けられているが、がっつりと抉れた防護柵はそのままだ。


「で?」


「ハッ。報告いたします。演習中の事故で、騎士団の備品を破損いたしました。申し訳ありませんっ。」


 レオンハルトは騎士団長の上方に視線を固定したまま答えたが、そういう時は大体都合の悪い報告だとヴァルターは知っている。


「事実か? アシュフォード」


「概ね相違ありません。」


 不穏な沈黙が流れる。


「ふむ、そうか。破損については了解した。だが破損理由について、三隊の意見は違うそうだ。」


 フェリクスの顔にやられた! という苦味が広がる。


「というわけだから、修繕の費用については三隊とよく話し合うように。以上だ。」


 騎士団の中で謎の多い三隊は同じ騎士団であっても魔窟と呼ばれるところである。しかもその隊長と交渉せよとは・・・。

 フェリクスの今日の仕事は日付を跨ぎそうである。

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