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4-4 全てはこの時のために

 ————————————-セントラルディア王立学院

 エマーソンは王室の宝物庫から新たに見つけた古文書を前に戦慄した。

 王室の宝物庫の古文書の山から見つけ出したその綴りは表紙に愛弟子の手にあったのと似た2匹の蛇が描かれていた。

 そして、なんとか解読した内容がタペストリと合わさり、事の重大さを教えていた。


(なんということだ…………)


 それは<時>を<駆ける>一つの本。そして、歴史の流れで<進む>と<戻る>に分けられ、タペストリとともに二つの王家に分けられた。

 <進む>本は、

 <封印解除>

 <装置起動>

 <動力吸収>

 <開始位置初期化>

 <演算開始>

 <結果選択>

 <戻る>本は、

 <開始位置読込>

 <対象転写>

 <終了処理>

 <破壊実行>

 二つで一つ。装置の役割はあらゆる可能性から望む未来を選択し、その後選んだ未来の過去に戻ることで術が完結する。

 古代北の山脈にあった文明は、災厄に襲われた。そうして、帝都の人々が多く失われる事態に天と地の精霊が魔道士にこの魔法と装置の知恵を授けたのだ。魔道士は時を駆け災厄が訪れることを人々に伝達して帝都を捨てさせた。

 ただし、破棄される時間軸で<戻る>本を発動しなければならないことから、発動した者が破棄される可能性とともに消えてしまう。

 それこそが『代償』だったのだ。


(あの子の手には発動者の紋様が刻まれている!)


 それは術が完成した時、あの子も消えてしまうということではないのか?


「おぉ……リナリア……」


 愛弟子は遠く戦場にある。

 この古文書をもっと早くに見つけていれば……。

 もっと早くにあの子の重荷に気づいてやれていたら……。


(間に合ってくれよ……)


 エマーソンは解読した内容を急いで手紙にしたためたが、その手紙が戦場に届くことはなかった。




 ヴェイルガードの城砦の前にはシルヴァンティアの騎士団が布陣している。

 冬に差し掛かった今は北からの乾いた風が吹き抜けている。

 国境を押し返したことで、休戦を申し込むための使者を送ってはいるが、ノルヴァルトは未だ武装解除せず臨戦体制のままだ。

 こちらは別に全面戦争をしてまでノルヴァルトの国土を侵略したいわけではない。王都からも国境線まで押し返せばさらに押し込む必要はないと指示が出ている。

 だが、未だに休戦の使者は戻っていない。


(威勢だけはいい王太子ヴィクトルが素直に休戦に応じるかは怪しいとは思っていたが……)


 シルヴァンティア王国騎士団団長ヴァルターは堅牢な城壁を睨む。


(あちらが籠城の構えとなれば一旦下がるか……?)


 と、城門が開きノルヴァルト騎士団が撃って出て来た。


(籠城しない……だと……?)


 先頭には銀髪の仮面の騎士の姿がある。そこにノルヴァルト騎士団が続く。


「迎え撃て!」


 ヴァルターの檄を聞いて、第一騎士隊が飛び出した。

 最初に切り結んだのはレオンハルトだ。重いハルバードの一撃は力を受け流され横に逸れる。入れ替わりに下から切り上げたフェリクスの剣を返す刀で弾き返した。


((速い———————————!!))


 すぐに隊長・副隊長に追いついた第一騎士隊とノルヴァルト騎士団で前線は混戦模様になった。

 辺りは一瞬で馬と騎士たちが入り乱れ、土煙がもうもうと上がる。剣戟の音と唸り声、魔術の拮抗するマナの煌めきに埋め尽くされた。

 リナリアも第一騎士隊の後ろについて走る。くるくると入れ替わりながら銀髪の騎士と切り結ぶ二人に交互に衝撃吸収・物理防御を飛ばす。この二人の連携に下手な攻撃魔術は邪魔になる。身体強化は本人たちにまかせて支援に集中する。

 レオンハルトのハルバードを絶妙な角度で剣を当てることで切先をそらし、神速で切り込むフェリクスの剣を弾き返す。二人と一人の斬り合いに他の騎士は切り込むことができずにいた。シルバーの剣は速いだけではない、二人の連携も見切っているような剣捌きだ。そして、二人を相手に切り結んでいるのに、一人ずつを相手にしているかのように攻撃もしかけてくる。

 拮抗するかに見えたそこにレイナルドが投げナイフを放った。

 急所に向けて放たれたそれを、シルバーは剣で弾いたが勢いを殺しただけでナイフはシルバーの眉間に当たる。



(—————————————!!)



 その笑っているとも泣いているとも見える白い仮面が割れた。

 誰もが時が止まったように感じた。



「な、|フェリクス・アシュフォードだと《・・・・・・・・・・・・・・・》?!」



 黒い騎士服に銀髪のその男はフェリクス・アシュフォードと同じ顔をしていた。



 

 その男の顔を見て、騎士団長ヴァルターは納得した。


(レイヴンの情報は正しかった)


 レイヴンは最初から内通者を疑っていた。あまりにもこちらを読みすぎているからだ。そして、国境を越えた銀髪の騎士、突如王太子の側近となったシルバー、そして進軍中のシルバーをレイヴン本人の目で見て確信した。


『所作がフェリクス・アシュフォードです、間違いありません』


 フェリクス・アシュフォードは一隊になる前、三隊でレイヴンにしごかれた部下だ。レイヴンが見てはっきりと判断したのであればそこに間違いはない。

 奴ならば、あの速さも剣術も納得だ。シルヴァンティア騎士団の内情も精通している。そして、自分の手の内も。

 同じ人間が二人存在するという異常にどう対処するべきか判断がつかなかったから静観していた。

 ただ、一隊の制服を着ているフェリクスも本物だ。

 あの、黒騎士服のシルバーことフェリクスがどういうカラクリかは分からないが、今は敵であることは間違いない。


「一隊にまかせる、好きにやれ」


 向こうはレオという暴れ馬がいない。レオとフェリクスという二人が揃うことで、さらなる真価を発揮する。

 騎士団長の迷いない言葉に、フェリクスが二人という状況に動揺しかけたシルヴァンティア騎士団もすっと冷静さを取り戻す。


(だが、それは向こうのアシュフォードも分かっているはずだ……なぜ撃って出てきた……?)


 ヴァルターだけが言いようのない気持ち悪さを抱えていた。



 

 その銀髪の騎士の仮面が割れた時、リナリアは一隊のフェリクスの後ろにいた。

 真正面から顔が見え、夜色の瞳と目が合った。


「なん……なんで……」


 懐かしい顔は眉間に傷を負い、血が滴っている。


「なんで…………?」


 混乱する戦場で立ち尽くした私をアシュフォード副隊長が叱る。


「リナリア! 止まるな!」


 それでも動けない……だって……


「|どうしてあなたがここにいるの? 《・・・・・・・・・・・・・・・》」


 あなたは光の向こうに、あの場所にいるのではないの?

 そのために私はここに戻って、それから貴方を助けようとしていたのよ?

 ここの貴方があんな惨劇に巻き込まれないように、そうしたら貴方を助けられると思って。

 それだけ見届けたら私もあの場所に帰ろうと思っていたのに。



フェリクス(・・・・・)、|どうしてあなたがここにいるの? 《・・・・・・・・・・・・・・・》」



 銀髪の騎士の口が

「リナ」

 と動いた気がした。



「リナリア!」


「リナ!」


 アシュフォード副隊長とレイの声が重なる。

 立ち尽くしている私の横合いから飛び出してきたノルヴァルトの騎士をレイナルドが切り伏せた。

 向こうのフェリクスにはレオ隊長が猛然と切り掛かっている。

 血で塞がっているだろう視界をものともせず、フェリクスはレオ隊長のハルバードを受け流した。




 その時、今まで感じた事のない衝撃が地面から突き上げた。

 大地が鳴動し、唸り声を上げる。

 戦闘をしていたシルヴァンティアの騎士も魔術師もノルヴァルトの騎士も一様に立っていることができなくなって膝をつく。ヴェイルガードの城壁から持ち堪えられずに崩れた石組みが転がり落ちて、さらなる轟音が響き渡る。


(——————————!!!)


 右手が……右手が熱い……!



 剣を下ろしたフェリクスが私を見る。

 彼は微笑んでいた。


「時は満ちた、リナ

 さようならだ」


 そうして、彼は手に持った本を発動した。




 魔法陣が虹色の煌めきを持って勢いよく広がっていく。

 いつかと同じ、王太子の本だ。


「なんで、あなたが……?!」


「これの発動に王家の血なんか必要ない

 誰でも発動できるんだよ、君もそうだっただろう?」


 そう、私も<戻る>本を発動した。

 できるかどうかは一か八かだった。

 どうして、あなたは知っているの?


「私こそ聞きたい、どうして君はあの時のことを覚えているんだ?」


「なんでって……私は…………」


 封印が解け、『転移』が発動する。

 私と二人のフェリクスは魔法陣に吸い込まれた。



 

 —————————そう、時は満ちた。

 

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