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4-3 開戦

 ———————————レニオン街道国境付近

 線端はシルヴァンティア騎士団の進軍によって開かれた。

 精鋭第一騎士隊を筆頭に第二騎士隊、クリューソス隊・アズール隊の魔術師団が続く。

 数多の剣戟と鬨の声、火・水・風の攻撃魔法が乱れ飛び、土のエレメンツで作り上げられたゴーレムが進撃する。

 双方拮抗するかに見えた戦況は、レイナルド・ボーモント率いる辺境騎士団の遊撃によってシルヴァンティアが押していた。

 第一騎士隊隊長『血壁のレオンハルト』ことレオンハルト・シュヴァルツと、副隊長『神速のフェリクス』ことフェリクス・アシュフォードがノルヴァルトの隊列に飛び込んだ。レオンハルトのハルバードが身体強化の魔術で強化され脅威のスピードで振り払われると、あたりに血の花が咲く。そして、ハルバードの死線から逃れられたものも、レオンハルトと息を合わせ入れ替わったフェリクスによって切り伏せられるのだ。先の戦役でもコンビを組んだ二人の連撃は熟練の域に達している。ノルヴァルト騎士団の騎士たちが反撃しようにも怒涛の攻撃によってそれが届くことはない。

 ノルヴァルト騎士団は『死神アーク』に勝るとも劣らない二人の死の舞踏に恐怖した。

 そこに、馬を華麗に操り混戦となっている戦場を駆け抜けるレイナルドが加わる。馬と一体となったかのような俊敏さでノルヴァルト騎士団の隊列に飛び込むと、ひらりひらりと剣の合間をぬって馬上から急所を切っていく。

 3人の戦いぶりはシルヴァンティア騎士団の中でも群を抜いて際立っていた。

 混乱状態に陥ったノルヴァルトの戦列がジリジリとだが確実に下がっていく。


「下がるな! 取り囲んで戦え!」


 ノルヴァルトの指揮をとっているだろう男の声が虚しく響く。

 その喉笛にレイナルドの投げナイフが突き刺さった。

 指揮官の戦死を見て、ノルヴァルトの戦列は目に見えて崩れ出した。




 シルヴァンティアの戦列の後方で、騎士団長アーク・ヴァルターは副長ジュリアス・スターリングとともに馬上で指揮を取っていた。


「第一隊が出過ぎているようですが……」


 渋い顔の副長にヴァルターは前線で文字通り「暴れている」レオンハルトを見る。


「あれは好きにさせておけ、その方が士気も上がる

 右翼でそろそろ押し込むぞ

 隊列を組み直せ」


 ヴァルターの指示にスターリングが伝令に指示を飛ばす。

 戦いの流れはシルヴァンティアに傾いているように見えたその時、伝令の緊迫した声が響く。


「左翼から新手です!」


 ヴァルターが混乱の向こうの左翼を見ると、銀髪に白い仮面の男が馬上にある。


「出て来たか……、シルバー」


 王太子ヴィクトルの側近だという出自不明の仮面の男。

 その銀髪の男はあっという間に崩れかけていたノルヴァルトの戦列を掌握し、右に流れていたシルヴァンティアの隙をついて左翼側を押し込んでいる。


「アーク、私が出る」


「頼む」


 長年の相棒に言葉は多く必要ない。

 馬を返したスターリングをヴァルターは見送る。


(あのシルバーという男、騎士風だと聞いていたが

 レイヴンの情報が真実だとするなら、こちらの動きをある程度読んでいるのかもしれんな……)


 スターリングの率いる隊が左翼の増援に回ると、ノルヴァルトはさっと受けつつ後退し崩れつつあった右翼の部隊もまとめて後退を始めた。シルヴァンティアは後退するノルヴァルトを追ってそのまま国境線まで進撃する。

 ヴァルターは国境線まで敵を押し下げたのを見て取ると全隊に停止を命じた。


「これ以上深追いはするな、損害の報告を」


 ヴァルターの後ろに控えていた伝令が走る。


(やはりな……部隊指揮も出来るだろうと思ってはいたが……

 しかし、別人であるということはこれで証明されたわけだ、どういうカラクリかはわからんがな)


 ヴァルターは帰投してくる第一隊を見やった。



 

 フェリクス・アシュフォードは戦場の中にあって、その銀髪の男を見た。

 自分と同じ銀色の髪、黒い騎士服、笑っているとも泣いているとも見える白い仮面。

 剣をふるいながら隊列を整え、鮮やかとも思える手並みでノルヴァルトの崩れかけた騎士団の士気を立て直した。

 レオンハルトと切り開きながら、一瞬その男と目が合った気がした。


(——————————!)


 鋭い眼光だけが白い仮面から覗く。

 焦燥とも憧憬とも取れる。


(なん……だ……?)


 ぞわりとした悪寒が背筋を駆け上る。

 全隊に停止命令が出て敗走するノルヴァルト騎士団を見送った後もその悪寒は消えなかった。


「どうした? フェリクス?」


 ハルバードから途中で剣に持ち替えたレオンハルトが血糊を落としながら声をかける。


「……あの銀髪、見たか?」


 自分は思ったまま口に出した。


「あぁ、あっさり引かれちまったな

 ありゃ、確かに手強い」


「レイヴン隊長の?」


「あぁ、手強い側近がいるってのはアレのことだろう

 確かに頭は切れるみたいだが……」


「?」


「あれは、戦ってもお前と同じくらい強いだろうな」


「どういうことだ?」


「ん〜〜〜〜なんとなく、そんな気がする

 速いんじゃねぇかなって。」


 ノルヴァルトが去っていった国境の先を見る。

 あの男を打ち倒さなければこの戦争は終わらない。

 この後も続く激しい戦いに戦場のどこかにいるだろう彼女を思った。



 

 ——————————ノルヴァルト国境都市ヴェイルガード

 シルバーは国境の向こうに押し込んでいたノルヴァルト騎士団をまとめると、ヴェイルガードに後退した。

 シルバーにとってみれば予定の行動であるが、彼の主君にとっては違ったようである。


「シルバー、どういうことだ?! 僕が来たら総攻撃する手筈だろう!」


 王太子ヴィクトルの執務室に怒声が響く。


「ヴェイルガードは城砦も整っております

 殿下の御身を戦場に出すには危険が多すぎますゆえ」


 淡々と答えた。


「だからと言って、本の威力があればどうという事はないだろう!」


「城砦の中から発動していただければ十分に届くかと

 それに、殿下の偉業を見る国民が多ければ多いほど、即位への布石にもなりましょう」


「それは……そうだが……」


 幾分落ち着いたのかヴィクトルは椅子に踏ん反りかえる。


「殿下、本はどちらに……?」


 静かに尋ねる。 


「あぁ、本ならここにある

 古代の王家の血族が揃わなければ使えないとお祖父様は言っていたから、こんなもの使いようがないと思っていたが、僕一人でも使えるというなら話は別だ

 これで大陸の誇るシルヴァンティア騎士団を破ったとなれば、僕の威信も高まろうというものだ

 やっと……これで……」


 言いかけたヴィクトルが椅子に沈んで振り上げようとしていた手が落ちる。


(そう、殿下の出番はここまでですよ)


 魔術による昏睡状態になったヴィクトルの体を抱え上げると、隣の寝室に運ぶ。

 本を殿下にこのヴェイルガードに運んでもらう事が必要だった。

 もうここから先は後少し。


「殿下はしばらくお休みになる、誰も近づけるなと仰せだ」


「は」


 部屋の外に待機していた侍従に命じると、シルバーは本を手に執務室を出た。



 

 朝から始まったシルヴァンティアの攻撃に、クリューソスの私も第一隊の後方にいた。

 突出しがちなレオ隊長とアシュフォード副隊長の後ろから支援魔術を飛ばす。相変わらず後ろのことを全く考えない戦いぶりだが、以前の訓練のおかげかいくらか予測もでき強度も確保できるようになった。怪我もなく終えられたことにホッとする。


「ガーランド……」


 自分に割り当てられた天幕に戻ろうとしたところを後ろからアシュフォード副隊長に呼び止められた。


「お疲れ様です、アシュフォード副隊長」


「その……怪我はないか?」


「はい、問題ありません」


「ガー……」


 視線をふいと彷徨わせて副隊長が口を開きかけた時、


「リナ!」


 レイナルドが横から現れた。


「リナ! 無事だった?」


「ボーモント辺境騎士隊長、無事です

 怪我もありません」


 3人の視線が交錯する。

 3人が揃うのはフォルティナの夜以来だ。

 先日の口論の記憶が蘇る。

 先に口火をきったのはアシュフォード副隊長だった。


「レイナルド・ボーモント……、私はガーランド……いや、リナリアに気持ちを伝えた

 エレーナ殿下には応えられないとも、けじめはつけたつもりだ」


 レイはそれを聞いてニヤリと笑った。


「へぇ、それで? ボーモントは彼女に求婚している、辺境伯である父も了承済みだ」


(—————————!)


「嘘! そんなの聞いてないわ!」


 驚いてレイを見る。


「今言ったよ?」


 レイはいつものフォルティナの街にいた猫のような青年のまま微笑んだ。


「この戦争が終わったら、一緒にフォルティナに帰ろう。母上も手ぐすね引いて待ってるんだ」


 そう言って、おどけた仕草で私の右手をとってキスをする。


「…………手を離せ」


 アシュフォード副隊長の聞いたことがない低い声が出る。


「私と争いたいならそのくらいの気概を見せろ、アシュフォード、じゃぁね、リナ」


 レイがひらひらと手を振って去っていくのを見送って、慌ててアシュフォード副隊長に向き直る。


「私は……! その……! そんな話しは聞いてなくてですね……」


 結局何が言いたいんだろう。


「いや、構わない、噂通りの軽薄さだな」


 副隊長が吐き捨てると私を見た。


「君の気持ちが決まった時でいい、君の重荷を私にも分けてくれ

 一人では解決できないことも、私が加わることでなんとかできるかもしれない

 関係ないと君は言ったが、やはり私は君を放っておくことができない」


 真摯な夜色の瞳に胸が詰まる。


「リナリア、私にもチャンスをくれないか」


 それはずるい……ずるいわ。

 私には答えられないのに。


「生き残って、セントラルディアに帰ろう」


 それだけ言うとアシュフォード副隊長は踵を返した。

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