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4-1 血の婚礼事件

 レニオン街道を北上する途中の隊舎に到着すると、私は急いで今までの資料をありったけ机に広げた。

 少しでも時間が惜しい。

 今、手元にある資料と新しく手に入れたタペストリのスケッチを並べる。

 地上にある塔、天井から地下に立つ塔、地上の人形、雲上の人形、本を中心に左右に並ぶ人形、そしてタペストリそのもの。

 これらはすべて二つで一対になっている。

『二つで一つ』というのはこういうことか。

 全ての資料を俯瞰してみる。


『星が落ち、帝都は崩れ、大いなる技を失った』


 星が落ちる。

 塔から流れる天上から地上に降り注ぐ光、塔から天井に流れる光。

 帝都が崩れる。

 遺跡は崩れようとしていた。

 今、大地は揺れ各地で地震が頻発している。

 そうだ、この地震だ。手の甲の蛇の刻印と繋がっている。

 思い出して。


(前のあの時もずっと地震は起こっていたわ……)


 クリューソス隊に配属され、カフリンクスをあの人に渡し、ゆっくりと絆を育んでいたあの時も、地震はゆっくりと頻度を上げていた。

 ただ、今のように平和協定の破棄は無かった。

 違う選択をしたことで全く違う歴史になってしまったのかと思っていたけれど、違うのかもしれない。


(あの時はどうだった?)


 春になってエレーナ王女とノルヴァルトの王太子ヴィクトル殿下の婚姻のために、私たちは今と同じようにレニオン街道を北上していた。

 地震に不安になりながらも、国境都市ヴェイルガードに着いたのよ。


(それから?)


 ヴェイルガードの門で黒い騎士服のノルヴァルト騎士団が整列する中、ヴィクトル殿下が王女を出迎えた。

 その中にフェリクスも私も護衛としてエレーナ王女の側についていた。

 にこやかに出迎えた王太子は、突然


「ふふ……ははは……あはははははは!!!!」


 と高笑いを始めた。

 気が触れたのかと思うような笑い方だった。


(そう……それから……)


 王太子は突然剣を抜いて、


「もうおまえなど必要ない!!!!」


 そう言って王女に切りかかったのよ。

 私はとっさに王女に対物障壁を張り、側にいたフェリクスが王女を突き飛ばしてくれた。

 だけど、至近距離でしかも王女をかばったフェリクスは背中を斜めに斬られて……

 飛び散る鮮血と王女の悲鳴、それから自分の叫び声……

 何もかもが一緒くたになった時、王太子が『()』を取り出した。


(本! ……本だ!)


 王太子は本を持っていた。

 そうして、その本から魔法陣が現れて王太子と王女、そしてすぐ側にいた私たち、ノルヴァルトの魔道士もあの遺跡に移動した。

『転移』の魔法だったの?

 その後すぐにフェリクスは王太子と魔道士たちを切り伏せた。


(あの本、私が持っていた本とそっくりだった……)


 装丁ぐらいしか見ていない。

 自分の持っていた本とじっくり見比べたわけでもない。

 ただ、王太子の持っていた本、そして自分の本。

 これも<2>だ。

 私の持っていた本は<時>を<戻る>本だった。

 あの時、フェリクスが斬られ、それから鳴動する大地を前に全てを失ったと思った私は一か八か本に賭けた……。

 そのせいで手に刻印はついたけれど、フェリクスが斬られることのない平和な日々が続いていくのなら、代償を支払っても構わないと思っていたのに。

 でも地震は起きた。 

 刻印と地震が繋がっているなら、今もあの遺跡は生きている。


(あともう一つ、王太子は『もうおまえは必要ない』って言ったわ)


 ならば、あの場に王女が必要だったということ?

 それならば協定破棄された今ならば、王女は王太子と会うことはない?

 あの『転移』は起きないということだろうか……。

 ダメだ。今日はもうそろそろ出発だ。少しでも寝ないと……。


『君はまた夜更かししたのか・・・?』


 優しい声が聞こえた気がした。



 

 ———————-ノルドヴァルト王国ヴェイルガード

 王太子ヴィクトルが到着したとの知らせに、シルバーはすぐ王太子の執務室となる部屋を訪ねた。


「遅い! シルバー!」


 相変わらずいらいらと爪を噛んでいる。神経質で小心、おだてられやすく自尊心だけは山のように高い。

 そんなヴィクトルを冷たい視線で見る。


「申し訳ありません、殿下」


 いつもの仮面の下でニヤリと笑うがそれを誰も知ることはない。


「本は持ってきた、これでシルヴァンティアを叩きのめせるぞ」


 ヴィクトルの声は弾んでいるが目は血走っているのが見て取れる。

 和平を成立させた父アルヴァード王は賢王として名声を確立しつつあった。それを離宮に押し込めて、戦時動員をかけたヴィクトルを国民は不安の目で見ていることは知ってはいるのだろう。何せ、首都アイゼンブルクの市民は城を進発する王太子を喝采するどころかざわめきを持って送り出したという。ここで戦果を上げなければ、裏切られ幽閉されるのは自分かもしれないという疑心暗鬼に追い込まれている。


(そう仕向けているのは私なのだが……)


「首尾はどうだ?」


「は、滞りなく」


 努めて殊勝に答えておく。


「ボーモント辺境伯騎士団は自治領の義勇軍と睨み合っていて膠着状態にあります

 シルヴァンティア騎士団の主力はヴェイルガード南の平原に展開中、こちらの先発隊で先に押し込みました

 現在はシルヴァンティアの国境を越え布陣、殿下の到着次第総攻撃の構えです」


 報告に王太子がふふと不気味に笑う。


「いいぞ……、そこで僕の出番というわけだ

 それで、本の内容は?」


 問われて手に持っていた綴りを王太子に手渡す。

 ヴィクトルはそれをひったくるように受け取ると忙しなく目を通した。


「はは……ははははは……いいぞ

 術の発動には僕一人いればいいということだな?」


「御意」


「シルヴァンティアを叩きのめす日が楽しみだ、下がれ」


「失礼いたします」


 一礼してシルバーは部屋を出た。

 本はノルヴァルトにタペストリとともに伝わる王家の秘伝だ。

 マレウス王はタペストリの絵を見て「古代の超魔法兵器」だと解釈したという。だからこそ、「大陸統一」などという野望を持ってノルヴァルトの優秀な魔術師・魔術史学研究者を選りすぐってそのありかと使い方を躍起になって調べさせた。


(まぁ、破壊は間違っているわけではない)


 さっき王太子に渡した研究所の解読報告書は嘘っぱちだ。

 嘘の中にほんの少しだけ真実を混ぜると信憑性が増すというが、その通りの代物である。

 自分はあのタペストリの意味も、本の使い方もすでに知っている(・・・・・・・・)

 地震は頻度を増し、舞台は整った。

 知らず右手を握りしめる。

 あとは仕上げをするだけ。


(ようやく私の旅も終わる。全てを賭けても私は成し遂げてみせる……)


 シルバーは近くぶつかるであろうシルヴァンティアの方を見つめた。




 シルヴァンティア騎士団主力部隊に第三隊隊長サイラス・レイヴンが合流したのは、まもなく両軍が激突するであろう平原に騎士団が展開した頃である。

 騎士団の司令部が置かれている天幕でノルヴァルトで得た情報を報告した。

 が、諜報のスペシャリストが現地で得た情報は内容が内容だけに騎士団長・副長のみに共有され伏されることとなった。

 内容はノルヴァルト王太子ヴィクトルの側近シルバーの情報である。


『真実が判明する前に動くのは得策ではない』


 何より、彼らをしてあまりの内容にどう対処すべきか判断がつかなかったからだ。

 そして、もう一隊。ボーモント辺境騎士団から第一隊隊長レイナルド・ボーモントを含む精鋭が合流した。

 ノルヴァルトの主力が南下しているのに合わせて、膠着状態になった辺境伯領から主戦場となるこちらに増援という形である。何より、国境砦を失ったレイナルドにしてみれば、雪辱戦の格好の機会となるだろう。




「リナ!」


 レイナルドは陣営の中で集まるクリューソス隊の一団の中からアーモンド色の髪を見つけて声をかけた。


「レイ! 無事で良かった! 辺境砦が燃えたと聞いて心配していたのよ」


「なんとか大丈夫だったよ、砦は僕のせいで失ってしまったけどね」


 懐かしい顔を見てホッとする。


「リナも……、あれから、その……手は大丈夫かい?」


 あれから大きな地震があった。刻印はまた広がっているはずだ。

 痛みとともに刻印が広がったろう右手をそっと取る。


「えぇ、私は大丈夫。その……刻印の問題は解決していないけれど……」


 リナの顔はやつれて顔色も悪い。きっと移動中もずっと解読作業をしているのだろう。

 そういえば、


「手紙は参考になったかい?」


「ありがとう、あれで解読が進んだのよ

 貴方のおかげだわ」


 ぱっと明るく微笑む彼女をそっと抱きしめた。


「良かった、ゆっくり話したいところだけど、また話そう……」


 この戦争で、自分もリナも生き残れるといいが。


「リナ、気をつけて」


「レイ、貴方も」


 抱きしめ返してくれた彼女に、きっと生き残ると誓った。



 

 レイナルドと抱き合って再会を喜ぶリナリアをフェリクスは見ていた。

 いつかのフォルティナの夜を思い出す。

 彼女の秘密を知っているレイナルド。

 そして、何もできていない自分。

 しかし、あの時とは違う。

 あの時はまだ、自分の気持ちを認められないでいた。

 ただ、訳もわからず拒絶されることに憤っているだけなのだと。


(彼女を誰にも渡したくない……)


 そうだ。自分はずっと彼女に惹かれていた。

 あの眼鏡を勧めてくれたあの内気な少女の頃から、花開いていく彼女に。

 知的にくるくると光る紫の瞳が、真っ直ぐに自分を見つめていてくれることに。


(この戦争が終わったら、もう一度……、もう一度彼女とやりなおしたい……)


 フェリクスは踵を返すと自分の天幕に向かった。




 私はレイナルドと別れて自分の天幕に戻った。

 手の刻印の問題はまだ解決していない。

 狭い天幕で資料を見直す。


(何か……何か見落としがあるはずよ……)


 そこで、はたと気が付く。

 自分が持っていた本は<時>を<戻る>だった。

 王太子の持っていた本が本当に私の本と対になる本なのだとしたら、『転移』の魔法では意味が対にならない。


(<時>を<戻る>……

 なら、<時>を<進む>……?)


 時を戻る魔法があるのならば、進む魔法もあるのではないの?

 それならば意味が通る。

 時を進む魔法って、一体どんな魔法なんだろう?

 王太子の本と自分の本、一対なのだとしたら、

 あの時私が本を持ってあの場にいたのが発動条件?

 でも、そんな蓋然性に頼ったようなことを王太子がするだろうか?


(それから、背に羽のある人形。でも『天使』の輪はない)


 先生は魔法を使った人間ではないかと言っていたけれど。

 それなら、背に翼のない人の方が人間だと言われた方が納得する。

 人……人ではない……今の宗教神はこの頃にはない……じゃぁなんだろう?

 そうだ! あの『転移』した魔法陣と私の本を発動した時の魔法陣、どちらも神聖文字が書かれていた。

 あれもヒントになるかもしれない。

 私は必死で記憶の断片を探ると、魔法陣のスケッチを描き始めた。

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