表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/25

3-2 足らないパズルピース

『リナ……リナ……』


 ………………。


『リナ……また君は夜更かししたのか?』


 フェリクス……?


『移動中はいつもより体力を使うから、ちゃんと寝ろって言っただろう』


 必要な時はちゃんと寝てるわ……。でも最近、あまり眠れないの……。


『眠らないとつらいのは君だぞ』


 わかってるわ……。


『で、夜更かししてまで何をしていたんだ?』


 夜更かしっていうほど寝てないわけじゃないけれど、ねぇフェリクス、この本とっても面白いの……。


『先生の資料庫で見つけた本か? そんなものを君は持ってきていたのか』


 だって、古代の魔法があるかもしれないってロマンがあるでしょう・・・?


『・・・魔法? 偽物じゃないのか?』


 それを確かめるために翻訳しているのよ……難しくてなかなか進まないのだけど……。

 多分、ここは古語に似た形があったから<時>、ここは人形が家に入っていくから<戻る>、だと思うの……。

 ここを見て。貴方も神聖文字の授業、受けたのでしょう?


『受けるには受けたが……リナほど詳しいわけじゃない

 そんなことより、もう出発だぞ

 ハルト隊長が起こしてこいって』


 え……? あれ……? ハルト隊長……?

 なんで? クリューソスにはまだセントラルディアで着任していないわ。

 だって、今は王都に向かっている最中なのよ?


『リナ……寝ぼけているのか? 今はエレーナ様の婚姻のためにレニオン街道を進んでいるんだろう?』


 エレーナ様……? 婚姻……?

 平和協定はなくなったのではないの……?

 あちらの王太子との婚約も解消されて、アシュフォード副隊長は先に王都へ出発したはずだわ……。


『私もガーランドって言った方がいいのか?

 君がこのカフスをくれた時に言っただろう

 もう一度言わせる気か?』


 カフリンクスをあげた時……?

 訓練中に大怪我しかけたって聞いて、瞳の色に合わせて魔石を選んで……防御結界を組み込んだ私が作った貴方を守ってくれるもの……。

 私、カフリンクスをあげないことにしたはずだわ……。

 最後の時につらいから……。


『やっぱり寝ぼけているんだな、早くしないと本は没収だ』


 待って、どうしてカフリンクスをしているの?


(待って———————-! 行かないで-------------------!)


 気がつくと、王都に向かうアストリア街道の宿だった。

 窓からは夜明けの薄明かりが差し込み始めている。


(夢……?)


 頬には涙の跡があった。懐かしい、幸せな夢だった。

 いつかの出来事。

 いつかの面影。

 いつかの……そしてもう、あの日々は戻ってこない。




 —————————シルヴァンティア王国セントラルディア王城

 シルヴァンティア王アウグストを中心に首脳がそろう会議場は緊迫した雰囲気に包まれている。


「アルヴァード王の消息は?」


 アウグストの重々しい声が響く。


「情報の収集にあたっておりますが、依然安否の確認は出来ておりません

 現地の情報も、療養説と死亡説とが入り乱れております

 ヴィクトル王太子がアイゼンブルクにて指揮を取っているのは確実ですが、こちらの内偵も締め付けが厳しく、情報の伝達に遅れが生じております」


 宰相リチャード・ウェインライトが静かに報告する。


「ヴィクトルの動向は?」


 王の視線が騎士団長アーク・ヴァルターに移る。


「王太子の所管する王室領にて騎士が集結しレニオン街道を進発したとの未確認情報があります

 規模は不明、途中自治領方面にも進軍の動きがあったとのこと

 どちらが主力かについては確認中です」


「最初から二正面作戦をやりはじめるほど馬鹿ではないと思いたいところだ」


 アウグストは眉間の皺をもみながら続ける。


「ボーモントはなんと?」


「自治領との街道は封鎖、避難民の受け入れは順次行なっているとこのとです

 ただ、今まで中立を貫いていた自治領側の態度が硬化している、と

 ノルドヴァルトと秘密協定を結んでいる可能性があり、確認を急がせております」


 辺境騎士団と連携を取るヴァルターが報告する。


「……あのボンクラ王太子め、大人しくしておればよいものを……

 マレウスの真の後継者などと嘯いていたが、自分で何かを起こせるほど気概があるようには見えなかったがな」


 椅子に沈み呟く王に、黙っていた魔術師団長アルベリック・ド・ラ・ヴァリエールが口を開いた。


「マレウス王といえば……マレウス王の遺産がある、と

 噂でございますが」


「遺産だと……?」


「マレウス王の元、優秀な魔術師・魔術史学研究者を集めて古代の魔術兵器の研究が行われておったのではないかという噂にございます

 所詮眉唾だろうと捨て置いておったのですが……」


「魔術兵器……詳細は掴めるか?」


「かしこまりまして」


「頻発する地震については何かわかったか?」


「そちらについては、ノクス隊が中心となって総力を上げて原因の究明にあたっておるところですが、未だ進展はなく……申し訳ございませぬ」


 ヴァリエールの報告に王は頷いた。


「被害の状況は?」


 それについては私から、とウェインライトが口を開く。


「人的被害については、若干名の負傷者が出ておりますがいずれも軽傷です

 各都市に設置型の防御結界陣を構築し、被害を軽減する方向で対応させております

 また、既に設置済みの主要都市については数地点で結界強化の必要があり、騎士団・魔術師団から人員を派遣する予定です」


「引き続き原因究明、対応にあたってくれ、以上だ」


 王の退室に全員が立ち上がる。

 王を見送った後会議場を出たヴァルターは、外で待機していた騎士団副長ジュリアス・スターリングと合流した。


「第一、第二から編成して国境に先発隊を出す

 ボーモントはあちらの騎士団で当面はなんとかなるだろう

 両正面の可能性もある、応援を出せるよう指示を出せ」


「は、了解しました

 あと団長、レイヴンからですが」


 ヴァルターは騎士団本部へ歩みを進めながら続きを促す。


「例のヴィクトルの側近の覆面の件です、『シルバー』と呼ばれる男だそうです

 常にヴィクトルの側で指揮を取っている、と

 ただ、出自経歴については未だに何も出ないと報告が」


「それがヴィクトルの『頭』なのかもしれん、なんでもいい、分かり次第報告させろ」


(自分の代で、戦争は終わりだと思っていたのだがな・・・・)


 ヴァルターは雲行きのあやしくなってきた空を一瞥すると騎士団本部に入って行った。




 王都セントラルディアに戻った私は、まずエマーソン先生の研究室を訪ねた。

 ボーモント辺境伯領フォルティナ城にあったタペストリの写しと、思い出せるだけ思い出して書き殴ったあの本の神聖文字の資料を先生にも見て欲しいと思ったからだ。


「おかえり、愛しい娘」


 先生はいつものように車椅子で両手を広げて迎えてくれる。


「ただいま戻りました、先生」


 私もいつものようにハグして挨拶をすると、早速、集めてきた資料を先生に手渡して椅子にかけた。


「早速ですが、先生、おっしゃる通り王家由来の品がフォルティナにありました

 写しはこちらに

 両橋の神聖文字は古代のものと思われます

 あと、私の手元で解読できたものをこちらに……」


 先生は老眼鏡をかけて資料に目を落とす。

 しばらく資料を読み込んだ後、先生はこちらを見上げた。


「<時>と<戻る>……か」


 先生はタペストリの神聖文字の箇所を指して


「そして、ここは<2>だな

 あと、ここは<1>だ

 宗教建築の古いものに同じ形があったはずだ……しかし、この人形は背に羽があるが『輪』はないな……

 地と、天か……こちらでも解読を進めてみるとしよう」


 そういうと老眼鏡を置いた。


「リナリア、私からもそなたに話がある

 先日魔法の話をしておったろう

 過去の伝承について思い出してな」


「はい、先生」


「昔、王家にだけ伝わる古文書の解読に携わったことがあってな

 王家の系譜に伝わるその古文書には、『北の地から民を連れ川に降り新都を築いた』というものがあってな」


「北の地、ですか? ノルドヴァルトでしょうか?」


「いや、『川を降り』なら山からであろう」


「死の山脈……?」


「また、その中に『星が落ち、帝都は崩れ、大いなる技を失った』と続いておった」


「『大いなる技』……魔法?!」


「その可能性はある

 今、王都は騒がしい時じゃ

 地震の解明も続けなければならぬ

 古文書をもう一度見ることができればいいのじゃがな」


 先生の「地震」の言葉に、意を決して右手の手袋を外す。

 レイナルドも言っていた。私が思っているよりもう残された時間はずっと少ないのだと。


「先生、お伝えしなければなりません」


 私は右手の刻印を先生に見えるように差し出した。


「おおぉぉ……………………! なんということだ…………! 神よ…………!」


 先生は慌てて老眼鏡をかけなおすと、私の手を取り刻印をなぞった。


「この刻印、地震のたびに光って変色が進みます

 この地震とこれは繋がっていると思うのです

 そして、この紋様はタペストリの蛇と酷似しています

 でも、私の手には1匹、タペストリには2匹、その違いについては未だに分からないのです」


「タペストリの解読が地震の解明も繋がる、ということじゃな?」


 先生の眼鏡の奥から目が光る。


「そう考えています」


「分かった、これは急がねばならんな……」


「私一人の力ではとても間に合わない気がして……、ご協力をお願いできますでしょうか?」


「シルヴァンティア王国全体に関わることじゃ、協力もなにもそなたが気にすることではないじゃろう」


「ありがとうございます、先生」


「しかし…………、そなたはなんという運命を背負ってしまったことか…………」


 瞑目する先生に私は言った。


「違います、先生」


 そう、私は


「私はこの道を自分で『選んだ』のです」


 あの人を助けるために。



 

 私はそうしてクリューソス隊に着任した。


「ようやく来たか」


 ハルト隊長は憮然とした顔で私の挨拶に答えた。

 真新しい黒のローブを渡され袖を通す。

 前にこのローブを貰った時には、一番に喜んで


『似合っている』


 と眩しそうに褒めてくれた彼の面影を思い出す。

 結局、クリューソス隊に入ることになってしまった。だが、平和協定破棄から全面戦争になる可能性も否定できない。今はハルト隊長の言っていた「有事」である。レニオン街道の国境には騎士団と魔術師団の先発隊が出発した。王都の騎士団も魔術師団も王城の文官も、誰もが任務に追われている。

 フォルティナの戦没者慰霊式典の夜から、いまだアシュフォード副隊長には会っていない。

 私は地震対策の防御結界陣の構築を担当することになったため、治安担当の騎士団第四隊が破損した街道や地方都市の城壁修繕を行うのに同伴して王都と地方都市を往復する日々が続いている。

 王都も情勢の悪化に不穏な空気に包まれているが、地方に行けば行くほど国民の不安は大きいようだ。

 地震の頻度も、強度も日が立つにつれて増している。

 そうして、刻印の鉄錆色も。

 あれから先生とは手紙のやりとりで解明の進捗を報告しあっている。

 先生の報告と、自分の解読を突き合わせて分かったことは、まだ少ない。タペストリの神聖文字は部分的な意味を読み取ることしか出来ていない。


(決定的なところがまだわからない……)


 残り少ない時間でこの足らないピースを埋めければ、取り返しのつかないことになる気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ