雪の呼び声
スノウデンの冬は終わる気配がなかった。朝はいつも灰色で寒く、風は木々の間を吹き抜けながら、忘れ去られた秘密を囁くかのようだった。ダイリーがあの本を渡してから半年が経った――本はいまだに開かれることなく、部屋の隅の毛皮のマットレスの下に隠されたままだった。
「明日こそ開こう」――そう自分に言い聞かせながら、毎回手を伸ばすたびに、過去の影が私を引き留めた。かつての人生の静けさ、期待の重圧、絶え間ない孤独感……それらすべてが、私の動きを止めた。
それでも、心の奥底で何かが変わり始めていた。
静かなざわめき。
冷たい囁きがうなじをかすめるような感覚。
その朝、雪は厚く降りしきり、村の前の空き地にあった子供たちの足跡さえも覆い隠していた。
家の中では暖炉の熱が鍋から蒸気を立ち上らせていたが、私の感じていた寒さは、もっと別のところから来ていた。
カエルは外で他の子供たちと笑いながら、おもちゃの矢を即席の的に向かって撃っていた。彼の笑顔は周囲の白さを照らし、まるで冬なんて存在しないかのようだった。
私は窓からぼんやりとその様子を見ながら、指で自分の新しい尻尾の輪郭をなぞっていた。
ある程度はうまく動かせるようになっていた――進歩と言えるかもしれない。
けれど、それでも私は自分の身体が借り物の服のように感じていた。
外では父、スレインが槍を研いでいた。目は森に向けられ、表情は険しく、まるで影から何かが現れるのを待っているかのようだった。
家の中では母、フレイヤが毛皮のマントを縫いながら、嵐の前の風のように優しい古の歌を口ずさんでいた。
そして――
感じた。
電流のような震えが体中を走り、毛が逆立ち、尻尾は硬直し、耳はピンと立った。
部屋の隅で、淡く見覚えのある光がちらついた。私をこの世界に連れてきた、あの光。
そして、聞こえた。
遠くから、かすかな音――
森の中から届いた、長く、低く、悲しい遠吠え。
心臓が早鐘のように打ち始めた。
「エヴリン?」――母の声が空気を切った。「大丈夫?」
少し遅れて答えた。「……うん、大丈夫だと思う」
けれど、足はすでに動き出していた。
好奇心以上の何かに突き動かされて。
「どこへ行くつもりだ?」――スレインが槍から目を離さずに呟いた。
「ちょっと…空気を吸いたくて。ここ、ちょっと息苦しいの」
彼が返事をする前に、私は扉を押し開け、白の世界と向き合った。
冷気が鋭い牙のように肌を噛んだ。だが、私は進んだ。
雪がブーツの下できしむ音。
フロストホルムの木々は、重たい雪を抱えながら、沈黙の番人のように立っていた。
耳が兎の走る音や、枝が折れる音を捉えた。
でも、何よりも――あの遠吠えが近づいていた。
私は光を追った。
それは木々の間でちらつきながら、流れ星のように私を導いていた。
森はやがて隠された空き地へと開け、そこでは雪が完璧な円を描いていた。
誰一人として足を踏み入れたことのないような、清らかな場所。
中心には、柔らかく脈動する光の球体が宙に浮かんでいた。
私は息を呑んだ。呼吸が止まった。
そして――声が響いた。
「エヴリン・フロストクロウ」
それは女性の声で、深く、心に響くようだった。空気ではなく、私の意識に直接語りかけてきた。
「あなたは使命を果たすために呼ばれた。転生は偶然ではない」
唇が乾いた。
「だ、誰……あなたは……?」私は震えながら尋ねた。
「今はまだ名を明かせない。それよりも、まずは魔法を学びなさい」
魔法。
その言葉は雷のように私の中に響いた。
「魔法?」私は神経質に笑った。「父にそれを読むことさえ禁じられてるの。あの生活には戻りたくない。勉強して、完璧になって、壊れていくだけだった……」
声の調子が変わった。まるで苛立ちを感じたかのように。
「重さを選ぶのはあなた。魔法は檻ではない。架け橋だ。自分の価値を示しなさい」
光の球は風に散る塵のように消えた。
じゃあ、私はここに偶然生まれ変わったんじゃない……
目的がある?
でも、なぜ私が――…
私より優れた人が、前の世界にはたくさんいたのに。
そう考えていたそのとき、
何か大きな動物の足音が近づいてきた。
現れたのは――
巨大なシロクマだった。無数の傷跡が体に刻まれている。
彼は私を獲物のように見つめ、後ろ足で立ち上がった。
空気を震わせる咆哮。
その高さ、2メートルを超えていた。
体が、思考よりも先に反応した。
私は――走った。
でも、子供の足では遅すぎた。
木に登る術も知らなかった――この世界でも、前の世界でも。
クマは雪を踏みしめながら、簡単に追いついてきた。
地面が揺れる。
《私、死ぬの? 転生してまで……?》
その考えが、刃のように心を貫いた。
避けようとしたが、足がもつれて倒れた。
恐怖で体が動かない。
そのとき思い出した。
ダイリー。
彼女が光で私の足を癒したあの瞬間。
私は目を閉じ、必死で右手を伸ばす。
……何も起こらない。
クマが近づいてくる。
その息の熱が顔にかかる。
そのとき、再び声が聞こえた。
「集中して、エヴリン!」
私は深く息を吸い、恐怖を押しのけた。
“氷”を思い描いた。
すると、大地が応えた。
氷の柱が地面から突き上がり、クマの腕を貫いた。
彼は苦痛に吠えた。
私は目を見開いた。
私が……やったの?
クマはまだ生きていた。今度は怒りに満ちて。
もう一度やろうとした――手を伸ばす。……でも何も起こらない。
クマは氷から抜け出し、唸り声を上げた。
私は再び走った。
村はまだ遠い。もう無理だ。
振り返った。
その爪が、すぐそこまで迫っていた。
そして――風が吹いた。
早すぎて、何が起こったのか見えなかった。
振り返ると、誰かがクマの上にいた。
その頭に剣が突き刺さっていた。
クマは倒れた。
それは――スレイン。
私の父だった。
彼はクマの体から飛び降り、戦士のような動きで着地した。
森の静けさが、神聖なものにさえ感じられた。
私は安堵の息をついた。
スレインは本当に、母が言っていた通り、村で一番強い男だった。
だが、その感動も長くは続かなかった。
「気でも狂ったのか?!」――その声が森を震わせた。「家にいろと言っただろう!」
私は頭を下げた。体はまだ震えていた。
「……呼ばれた気がしたの。声が私を導いて……」
「またその変な想像か? 本当に危険な目に遭うぞ!」――彼は唸った。「帰るぞ」
どんな世界でも、説教されるのはやっぱり嫌いだ。
私は唾を飲み込み、彼の横に頭を下げたままついていった。
彼には分からなかった。私にも、よく分からなかった。
彼は後ろから私を抱き上げ、腕に乗せた。
たぶん――心配してたんだろう。私は彼の娘だから。
でも、「変な子」って言われた。
……まぁ、屋根から飛び降りて、重力が違うか確かめようとしたことはあったけど。
でも、今は――何かが変わっている。
歩きながら、私はあの本のことを考えていた。
毛皮の下で本が呼んでいる気がした。まるで生きているかのように。
あの声は正しかった。
怖さはまだ私を縛っている。けれど……
もしこの世界に目的があるなら――
そろそろ、それを見つけに行く時だ。
スノウデンの冬は終わる気配がなかった。朝はいつも灰色で寒く、風は木々の間を吹き抜けながら、忘れ去られた秘密を囁くかのようだった。ダイリーがあの本を渡してから半年が経った――本はいまだに開かれることなく、部屋の隅の毛皮のマットレスの下に隠されたままだった。
「明日こそ開こう」――そう自分に言い聞かせながら、毎回手を伸ばすたびに、過去の影が私を引き留めた。かつての人生の静けさ、期待の重圧、絶え間ない孤独感……それらすべてが、私の動きを止めた。
それでも、心の奥底で何かが変わり始めていた。
静かなざわめき。
冷たい囁きがうなじをかすめるような感覚。
その朝、雪は厚く降りしきり、村の前の空き地にあった子供たちの足跡さえも覆い隠していた。
家の中では暖炉の熱が鍋から蒸気を立ち上らせていたが、私の感じていた寒さは、もっと別のところから来ていた。
カエルは外で他の子供たちと笑いながら、おもちゃの矢を即席の的に向かって撃っていた。彼の笑顔は周囲の白さを照らし、まるで冬なんて存在しないかのようだった。
私は窓からぼんやりとその様子を見ながら、指で自分の新しい尻尾の輪郭をなぞっていた。
ある程度はうまく動かせるようになっていた――進歩と言えるかもしれない。
けれど、それでも私は自分の身体が借り物の服のように感じていた。
外では父、スレインが槍を研いでいた。目は森に向けられ、表情は険しく、まるで影から何かが現れるのを待っているかのようだった。
家の中では母、フレイヤが毛皮のマントを縫いながら、嵐の前の風のように優しい古の歌を口ずさんでいた。
そして――
感じた。
電流のような震えが体中を走り、毛が逆立ち、尻尾は硬直し、耳はピンと立った。
部屋の隅で、淡く見覚えのある光がちらついた。私をこの世界に連れてきた、あの光。
そして、聞こえた。
遠くから、かすかな音――
森の中から届いた、長く、低く、悲しい遠吠え。
心臓が早鐘のように打ち始めた。
「エヴリン?」――母の声が空気を切った。「大丈夫?」
少し遅れて答えた。「……うん、大丈夫だと思う」
けれど、足はすでに動き出していた。
好奇心以上の何かに突き動かされて。
「どこへ行くつもりだ?」――スレインが槍から目を離さずに呟いた。
「ちょっと…空気を吸いたくて。ここ、ちょっと息苦しいの」
彼が返事をする前に、私は扉を押し開け、白の世界と向き合った。
冷気が鋭い牙のように肌を噛んだ。だが、私は進んだ。
雪がブーツの下できしむ音。
フロストホルムの木々は、重たい雪を抱えながら、沈黙の番人のように立っていた。
耳が兎の走る音や、枝が折れる音を捉えた。
でも、何よりも――あの遠吠えが近づいていた。
私は光を追った。
それは木々の間でちらつきながら、流れ星のように私を導いていた。
森はやがて隠された空き地へと開け、そこでは雪が完璧な円を描いていた。
誰一人として足を踏み入れたことのないような、清らかな場所。
中心には、柔らかく脈動する光の球体が宙に浮かんでいた。
私は息を呑んだ。呼吸が止まった。
そして――声が響いた。
「エヴリン・フロストクロウ」
それは女性の声で、深く、心に響くようだった。空気ではなく、私の意識に直接語りかけてきた。
「あなたは使命を果たすために呼ばれた。転生は偶然ではない」
唇が乾いた。
「だ、誰……あなたは……?」私は震えながら尋ねた。
「今はまだ名を明かせない。それよりも、まずは魔法を学びなさい」
魔法。
その言葉は雷のように私の中に響いた。
「魔法?」私は神経質に笑った。「父にそれを読むことさえ禁じられてるの。あの生活には戻りたくない。勉強して、完璧になって、壊れていくだけだった……」
声の調子が変わった。まるで苛立ちを感じたかのように。
「重さを選ぶのはあなた。魔法は檻ではない。架け橋だ。自分の価値を示しなさい」
光の球は風に散る塵のように消えた。
じゃあ、私はここに偶然生まれ変わったんじゃない……
目的がある?
でも、なぜ私が――…
私より優れた人が、前の世界にはたくさんいたのに。
そう考えていたそのとき、
何か大きな動物の足音が近づいてきた。
現れたのは――
巨大なシロクマだった。無数の傷跡が体に刻まれている。
彼は私を獲物のように見つめ、後ろ足で立ち上がった。
空気を震わせる咆哮。
その高さ、2メートルを超えていた。
体が、思考よりも先に反応した。
私は――走った。
でも、子供の足では遅すぎた。
木に登る術も知らなかった――この世界でも、前の世界でも。
クマは雪を踏みしめながら、簡単に追いついてきた。
地面が揺れる。
《私、死ぬの? 転生してまで……?》
その考えが、刃のように心を貫いた。
避けようとしたが、足がもつれて倒れた。
恐怖で体が動かない。
そのとき思い出した。
ダイリー。
彼女が光で私の足を癒したあの瞬間。
私は目を閉じ、必死で右手を伸ばす。
……何も起こらない。
クマが近づいてくる。
その息の熱が顔にかかる。
そのとき、再び声が聞こえた。
「集中して、エヴリン!」
私は深く息を吸い、恐怖を押しのけた。
“氷”を思い描いた。
すると、大地が応えた。
氷の柱が地面から突き上がり、クマの腕を貫いた。
彼は苦痛に吠えた。
私は目を見開いた。
私が……やったの?
クマはまだ生きていた。今度は怒りに満ちて。
もう一度やろうとした――手を伸ばす。……でも何も起こらない。
クマは氷から抜け出し、唸り声を上げた。
私は再び走った。
村はまだ遠い。もう無理だ。
振り返った。
その爪が、すぐそこまで迫っていた。
そして――風が吹いた。
早すぎて、何が起こったのか見えなかった。
振り返ると、誰かがクマの上にいた。
その頭に剣が突き刺さっていた。
クマは倒れた。
それは――スレイン。
私の父だった。
彼はクマの体から飛び降り、戦士のような動きで着地した。
森の静けさが、神聖なものにさえ感じられた。
私は安堵の息をついた。
スレインは本当に、母が言っていた通り、村で一番強い男だった。
だが、その感動も長くは続かなかった。
「気でも狂ったのか?!」――その声が森を震わせた。「家にいろと言っただろう!」
私は頭を下げた。体はまだ震えていた。
「……呼ばれた気がしたの。声が私を導いて……」
「またその変な想像か? 本当に危険な目に遭うぞ!」――彼は唸った。「帰るぞ」
どんな世界でも、説教されるのはやっぱり嫌いだ。
私は唾を飲み込み、彼の横に頭を下げたままついていった。
彼には分からなかった。私にも、よく分からなかった。
彼は後ろから私を抱き上げ、腕に乗せた。
たぶん――心配してたんだろう。私は彼の娘だから。
でも、「変な子」って言われた。
……まぁ、屋根から飛び降りて、重力が違うか確かめようとしたことはあったけど。
でも、今は――何かが変わっている。
歩きながら、私はあの本のことを考えていた。
毛皮の下で本が呼んでいる気がした。まるで生きているかのように。
あの声は正しかった。
怖さはまだ私を縛っている。けれど……
もしこの世界に目的があるなら――
そろそろ、それを見つけに行く時だ。