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死後のリスタート  作者: クレイジー
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マーラの秘密(前編)



マーリーンはヴァルポード孤児院で生まれた。

父親も母親も知らない。

そして、いつしか知りたいという気持ちさえ薄れていった。


質問ばかりする子どもは、夜になるとひとりで泣き続けることになる――

彼女は早くからそれを理解し、

「問いかけても何も変わらない」

と学んでしまったのだ。


そんな彼女に名前を与えたのは、指導員のエレナだった。


「マーリーンって、とても綺麗な名前よ。」


そこから「マーラ」という呼び名が生まれた。


マーリーンはその名前にしがみついた。

人生が何も与えてくれないのなら、自分で価値を作るしかない。


幼い頃から、マーラは特別ではないが “きちんとできる子” として知られていた。

整理整頓が得意で、働き者で、滅多に泣かない。

とびきり賢くも、美しくもなかったけれど――

彼女には一つだけ他の子どもより優れていた部分がある。


「認められたい」という強い気持ち。


孤児院では、それが生き残る手段だった。


エレナは数少ない、自分をよく見てくれる大人。

その期待に応えるために、マーラは全力だった。

シーツを畳み、食堂を片付け、指示されたら黙って動く。

すべては「自分はこの場所にふさわしい」と証明するため。


そしていつしか小さな夢が生まれた。


いつか自由になったら――

綺麗なドレスを着て、

大理石の階段がある家に出入りし、

お金持ちの貴族と結婚する。


ささやかで、子どもらしい夢。

それでも彼女にとっては、何より大切な目標だった。


しかし、二人の少女の登場がその小さな世界を揺さぶることになる。


エルフのエレインは控えめで優しく、

自然と周囲の好意を集めるタイプだった。


そしてエブリンはその正反対。

小さく、強気で、口が悪く、絶対に引かない。


マーラの胸に湧いたのは――

嫌悪ではなく、不安だった。


自分の居場所を奪われるかもしれない。


そう思った瞬間から、二人への反感は膨らんでいった。


いま、フェレンティス男爵家での生活は、

マーラが夢見た「上の世界」にもっとも近い。


輝く廊下。

柔らかな絨毯。

どこまでも続く豪華な階段。


たとえ使用人でも、ここで働けるだけで誇らしかった。


―― きっと、ここから本当の未来が始まる。


胸の奥でそんな期待が膨らんでいた。


だが、不安も消えてなどいなかった。


その日の朝、マーラは大きな窓から差し込む光に照らされた廊下を歩きながら、

ほんの少しだけ微笑みそうになった。


この家に「客」として戻る未来を想像して――。


しかし、そのときエレインが現れた。


エルフの少女は、控えめな笑顔で挨拶してきた。


「おはよう、マーラ。」


マーラの答えは即座で、そして棘があった。


「馴れ馴れしくしないでくれる? あなたも、あのチビも、私に近づかないで。」


昔のエレインなら怯えて下を向いていた。

だが、いまの彼女は違った。


怯えも、戸惑いも、ない。


エレインはまっすぐマーラを見て、

ただ小さく会釈して歩き去った。


その背中を見送りながら、マーラは立ち尽くした。


(……私を怖がらなくなった?)


胸がざわついた。


数秒後、いつものように顎を上げて誤魔化すと、

マーラは仕事へと戻った。


***


その日の担当は、屋敷の大階段の手すり磨きだった。

単純だが膝をついて長時間の作業になる仕事だ。


だがマーラは嫌いではなかった。

体を動かしながら、頭の中で自由に未来を描けるからだ。


「いつか……絶対に、この階段を“主人の妻”として降りてみせる。」


軽く笑いながら手を伸ばしたその時、

手元のブラシがつるりと滑った。


「あっ——」


前のめりになった体を支えきれず、


ガンッ!


鋭い音が響いた。


視界が回る。


そして――暗闇。


***


温かい。


胸に抱かれている。

優しく揺らされている。


どこか懐かしい花の香り。


柔らかい歌声。


(……だれ?)


その胸に顔を押しつける感覚。

小さな手。

赤ん坊の頃の自分。


――ママ?


ぼやけた顔が近づく。


見たい。

見なきゃ。


だけど、靄のように霞んで見えない。


次の瞬間、記憶はパラリと崩れた。


***


「マーラ! 聞こえる? 起きなさい!」


急に世界が戻ってきた。


目を開けると、女執事が屈み込んでいた。

眉はつり上がっているが、目には心配の色。


「何があったの? 大丈夫?」


頭に手を当てると、強い痛み。


「ちょっと……頭を打っただけです……」


「無理しないの。今日は休みなさい。」


「平気です。まだ仕——」


「これは“命令”よ。部屋へ戻りなさい。」


マーラは悔しさを飲み込んだ。


「……はい。」


ふらつきながら立ち上がった瞬間、

あの記憶の残り香が揺り戻った。


胸に抱かれた温もり。

優しい声。

花の匂い。


(……誰? 誰なの?)


廊下を歩いていると、


――そこにいた。


エレナ。


書類を抱えて、静かに歩いてくる。


その瞬間、

マーラの胸の奥で何かが破裂した。


花の匂い。

柔らかな声。

髪を撫でる手。


すべてが一気に重なった。


「……エレナ?」


自分でも驚くほど弱い声が漏れた。


次の一瞬、

脳が必死に否定し始めた。


(違う……違う……!)

(私は人間。エレナは獣人。そんなはず、ない……!)


頭を抱えた。

息がしづらい。


もしエレナが本当に母親なら――

自分の人生は全部、嘘になる。


全部。


それだけは認めたくなかった。


だから彼女は、そのまま逃げるように寮へ戻った。


***


部屋に入ると、エブリンとエレインが話していた。

二人ともマーラを見るなり驚く。


「……おい、顔真っ白だぞ。大丈夫か?」

エブリンが眉をひそめる。


マーラは何も言わず、

ただベッドに潜り込み、背中を向けた。


いまは誰とも話したくなかった。


エブリンは何か言いかけたが、結局黙った。


それぞれが抱えている傷があることを、

彼女も理解し始めていたから。


***


深夜3時。


(……まただ。)


胸がざわついて眠れない。


水を飲もうと、静かに部屋を出た。


すると――


台所に、エレナの姿。


月明かりを浴びながら、

静かに水を飲んでいる。


マーラはとっさに柱の影に隠れた。


いまは無理だ。

顔を合わせるなんてできない。


エレナが去るまで息を殺し、

背中を滑らせるように壁にもたれた。


心臓が痛いほど早く打っている。


(もし……もし私が特別扱いされていた理由が……

“あの人の娘だったから” だとしたら……?)


その可能性が脳内で形を持った瞬間、

マーラは自分の世界が揺らぐ音を感じた。


答えを知るのが怖い。


でも――知らないままも、苦しかった。


胸を押さえながら、彼女はひとり呟いた。


(……私は、いったい誰なの?)

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