天使の呼び声
一日の終わり、私たちはすでに仕事を終えていた——正直に言えば、大した量でもなかった。
フェレンティス家の屋敷には使用人が多すぎて、私たちが手を出す前にほとんどの仕事が片付いてしまう。
他のメイドたちが私に与えた唯一の役割は…。
「リサンダーの相手をしてあげて。」
もちろん。
私は小さな暴君の専属ベビーシッター。
絶対に彼を相手にしたくないだけだ。
部屋に戻ると、エレインと私はすでにベッドに入っているマルラを見つけた。
静かに。
文句も、愚痴も、いつもの自慢話もなし……完全に無反応。
おかしかった。
マルラなら何でも自慢するはずなのに。
でも今の彼女はただ背中を向け、身体を丸めていた。
私たちはそこまで親しくもない。
無理に聞ける雰囲気でもなかった。
だからそのままにした。
ろうそくを消し、ベッドに入る。
マルラの沈黙が妙に胸に残った。
眠ろうとすると、カエルのこと、前世のことがぐるぐる頭を回った。
そして眠気に落ちた瞬間——夢が始まった。
目を閉じた途端、世界が消えた。
気づくと私は別の場所にいた。
白い広い部屋。
何もない。
中央に一つだけ椅子がある。
私は瞬きをした。
——「え…?どうしてここに?」
最後に覚えているのは枕の感触だけ。
そのとき——背後から声がした。
「座らないのかい、リズ?」
私は凍りついた。
リズ。
前世の私の名前。
「だ、誰?!どこにいるの?!」
部屋には誰もいない。
でもその声は知っていた…。
あの光の球体の声。
「あなた!?どこにいるの?!」
声は静かに笑った。
「君の目の前だよ。」
私はなぜか椅子に座った。
好奇心か、恐怖か、自分でもわからない。
光が現れた。
渦を巻き——形を作り始めた。
光が収まると、そこに立っていたのは一人の女性。
茶色の髪。
軽やかな衣。
柔らかな輝く肌。
そして——大きく、美しい翼。
ひと目でわかった。
天使だ。
「あなた……何者なの?」と私は尋ねた。
彼女は穏やかに微笑んだ。
「私はマリア。あなたを導く者です。」
導く?
その言葉に苛立ちが湧いた。
「導く? あなたは私にカエルを探す手伝いをすると言ったのに、何も説明しないで…ただ私を振り回してるだけじゃない!なんで操るの?!」
マリアはため息をついた。
まるで予想していたように。
「すべてには“時”があるのです、エヴリン。」
「時?カエルが今どこかで危険かもしれないのに?!待てなんてムリ!
私は理由が知りたい!なんで転生したの?なんでこの世界で——」
「その答えは必ず与えます。」
彼女は優しく、しかし強く言った。
「でも今日はその時ではない。あなたと私はこれから何度も話すから。」
私は拳を握りしめた。
「あなたを信じられない。」
「それでも……あなたはここに来たでしょう?」
言い返せなかった。
彼女は続けた。
「あなたが生まれたこの世界には、深い問題がある。
私はあなたの助けを必要としています。
その代わりに……カエルの居場所につながる“ヒント”を与えましょう。」
胸が痛んだ。
「私の……両親は?二つの世界の…どっちの?」
マリアは小さく笑った。
「どちらの両親のことかしら?
この世界の?
それとも前の世界の?」
喉が締めつけられ、声が出なかった。
マリアはそっと私の肩に触れた。
「リズ——エヴリン。自分を責めないで。
大人の心を持っていても、身体は子ども。
だから人格が揺れる。
リズとエヴリンは二つの存在……でも同じ身体の中にいるの。」
「意味が……わかんない。」
「そのうち理解できます。」
光が周囲で震え始めた。
「いいですか、カエルを探すには二つのことをしなければなりません。」
私は息を呑んだ。
マリアは一本の指を立てた。
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**「第一に:セラフィナ・ラティエンという女性を探しなさい。
その人だけがあなたに魔法を教えられる。
魔力なくして、カエルを救うことは不可能です。」**
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心臓が跳ねた。
魔法。
師匠。
名前。
初めて“本当の手がかり”が現れた。
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彼女は二本目の指を立てた。
**「第二に:フェレンティス邸の中に“本”がある。
あなたにしか読めない本。
この世界の秘密が書かれている。」**
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「どんな本?何が書いてあるの?」
マリアは誇らしげに微笑んだ。
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「その本は、読む者を選ぶのですよ。」
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部屋が揺れ始めた。
椅子が消えた。
私の身体が後ろへ引き込まれる。
「待って!まだ聞きたいことが——!!」
「時が来ればすべて話します。」
光が私をのみ込みながら、マリアの声が響いた。
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**「セラフィナを探しなさい。
本を見つけなさい。
そうすれば……カエルに辿り着けます。」**
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全部、闇に沈んだ。
そして私はベッドで飛び起きた。
胸が苦しいほど脈打っていた。
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今の私には、新しい目標があった。
セラフィナ。
本。
そして——カエル。
本当に、辿り着けるかもしれない。
でも頭の中に残る言葉があった。
「リズとエヴリンは同じ存在。」
意味がわからない。
私は布団を胸まで引き寄せ、天井を見つめた。
— 私は……二人なの?
記憶は私が“前の世界の人間”だと言っている。
でもこの世界での反応、言動、衝動…。
どれも“リズ”のものとは違う。
まるで二人がひとつの頭をシェアしているみたいで——
そのうち一人だけが気づいている。
「わかんないよ……。」
マリアは何でも知っている。
私のことも。
カエルのことも。
この世界のことも。
私には、まだ聞きたいことが山ほどある。
どうして私なの?
なぜこの世界なの?
私は横を向いて枕を抱きしめた。
「まだ…いっぱい聞きたいことがあるのに…」
でも光も部屋も消えてしまった。
白い空間も、天使も。
全部、目覚めとともに逃げていく夢みたいに。
それでも胸の奥に、ひとつだけ確かなものが残った。
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**私はもう迷っていない。
私は進む道を手に入れた。**




