ちびっ子いたずら王子
昨日の騒動――裸締め、マダム・カリーネの叱責、ほぼ絞首刑コース――のあとだから、若様が私に近づくのは…そうね、十回転生したあとくらいだと思っていた。
でも。
そんなわけなかった。
ライサンダー坊ちゃんが五分以上も髪を整えている時点で、ろくでもないことが起きるのは分かってた。まだ12歳なのに、自分をドラマのイケメンだと思い込んでいるタイプだ。
私は廊下でタオルを畳んでいた。すると、彼はドア枠にもたれ、なぜか“カッコつけポーズ”で登場した。どう見ても腰を痛めている人にしか見えない。
「おはよう…お嬢さん」
声を二段階くらい低くして言う。
私は手を止めて瞬きをした。
「若様…喉痛いんですか?」
「ち、違う!」
咳き込みながら言う。
「これは…俺の魅惑ボイスだ。」
「へえ。」
私は言った。
「じゃあ壊れてますね。」
彼はむっとして眉を寄せる。
「分かってないな!女の子はミステリアスな男が好きなんだ!」
「どの女の子?あの五十歳の家政婦さん?」
彼は無視して芝居を続けた。
「俺の目力は“抗えない魅力”があるって噂なんだぞ!」
ウインクしようとする。
まぶたが途中で止まる。半開き・半閉じのホラー状態。
「ライサンダー…目にゴミ入ってますよ。」
「入ってない!」
涙目で必死。
「これは誘惑ウインクだ!」
「そのままだと助け求めてるみたいですけど。」
彼は深呼吸し、決意の顔になる。
「いいだろう。俺には他にも秘密兵器がある!」
「例えば?」
彼はコートを大げさに広げた。
「これだ!花!」
プラスチックの造花だった。
しかも値札つき。
「ライサンダー…それ、応接間の飾りから盗りましたね?」
「ぬ、盗…借りただけだ。」
彼は言い直した。
「それを君にあげる。なぜなら君は俺の――」
言葉が途中で止まる。頬が赤い。
「……友達、だから。」
小声。
私は花を受け取った。
「さっきの海賊みたいなウインクより百倍マシですね。」
彼は肩を落とした。
「鏡で練習してくる。」
「はいはい。今度は誰も驚かせないようにね。」
劇的な足取りで去っていった。
***
数秒後、洗濯かごを抱えたエレインが廊下を通った。
ふと足を止め、ライサンダーが鏡の前でまた“誘惑ウインク”を練習しているのを見た。
まぶたが、また途中で固まる。
エレインは瞬きを二回して、
小声でつぶやいた。
「……前世で何をしたら、この光景を見る罰受けるの?」
***
数時間後。
私は廊下で盛大にため息をついた。
手のモップが震えたほど。
エレインが現れ、スカートをつまんで上品に歩いてきた。
「なんでそんなに疲れてるの?」
首をかしげる。
「そんなに仕事多くないでしょう?」
「仕事じゃない。」
私は答えた。
「問題はあのガキ。朝からつきまとってくるんだよ!」
エレインはきちんと訂正した。
「ライサンダー“様”でしょ。」
「様じゃない。あいつがまた『側女にする』とか言ったら噛みつくからね。」
エレインは頬に手を当てて、なぜか楽しそう。
「エヴリン…たぶん彼、あなたのこと好きなんだよ。」
私は凍りついた。
「はあ?!私、何したの?呪いでも受けた?!」
エレインはくすっと笑った。
「孤児院であなたって一番可愛かったし。彼もそう思ったんじゃない?」
「可愛い?あのクソガキから百キロ離れたいんだけど?
むしろ“接近禁止終身契約”結びたいわ。」
エレインが返事しようとした瞬間、足音が響いた。
マーラが廊下を通った。
でも彼女は、
文句も言わず、
誰も睨まず、
何も壊そうとせず。
ただ、顔が真っ白で。
目が…赤かった。
エレインの笑顔が消えた。
「マ、マーラ?」
不安そうに呼びかける。
「どうしたの?」
私は腕を組んだ。
「へぇ…カラスも泣くんだ。」
エレインが私の腕をつねる。
「エヴリン…ほんとに様子がおかしい。」
マーラは私たちを見ようともせず、
息を押し殺しながら通り過ぎていった。
静まり返った廊下が、妙に重かった。
エレインが小さくつぶやく。
「…何があったんだろう。」




