小さな暴君
「エヴリン!」
エレインが部屋へ飛び込んできて、扉が激しく鳴った。
「いったい何してるの?!」
私はガキの首をがっちり腕で締め上げていた。
ライサンダーは羽をむしられるニワトリみたいに足をバタバタさせていた。
「こいつ、変態なのよ!」と私は唸った。
「私のスカートをめくったの!私のよ、エレイン!礼儀を教えてあげてるだけ!」
「礼儀?! 」
エレインは必死に私の腕を引っ張る。
「エヴリン、お願いだから、あの子は男爵の息子なのよ!」
「だから何?!男爵の息子でもメイドの下着を覗くなら、痛い目みるのは当たり前でしょ!」
「ぼ、ぼくは…」
ライサンダーは咳き込みながら目を見開いた。
「ただ… 見たかっただけ…」
「何を見たかったって言うのよ?!」
私はさらに腕を締めた。
「きみの… 色を…」と言いかけた。
「黙れ!」
私は怒鳴った。
「エヴリン、今すぐ離して!」
エレインが肩をつかんで揺さぶる。
「死ぬわよ!ほんとに!」
私は大きく息を吐き、ようやくガキを放した。
ライサンダーは膝から崩れ落ち、咳をしながら首を押さえ、耳まで真っ赤だった。
「お… おまえ… 化け物…」と彼はむせた。
「化け物はあなたでしょ!」
私は指を突きつけた。
「次スカートをめくったら、本当に殺すから!」
その瞬間——
扉が再び開いた。
マダム・カレインが入ってきた。
その表情は… 牛でも倒せそうなほど冷たい。
「何があったのです?」
彼女が言った。
私とエレインは固まる。
ライサンダーはまだ咳き込んでいた。
カレインは私たちを見て… 次にガキを見た。
ライサンダーの咳が止まった。
そして突然——
彼は笑った。
軽くて、意地悪くて、小さすぎる体には不釣り合いな笑み。
「何もありませんよ、マダム・カレイン」
彼はぐちゃぐちゃの襟を整えながら言った。
「僕はただ… 新しいメイドの忠誠心を試しただけです」
カレインの目が細くなる。
「試した… とは?」
「合格でした」
ライサンダーは堂々と私を指差した。
「それで決めました」
私とエレインはぞっとする。
「彼女を僕の側室にします」
怒りで視界が赤くなった。
なんてクソガキ…
カレインは深くため息をついた。
「ライサンダー様、側室を持つにはお若すぎます」
「ぼくはもう十二歳だよ!?もう大人みたいなもんだ!」
カレインは腕を組んだまま無表情で言う。
「では、お父上と相談いたしましょう、若君」
その瞬間、彼の笑顔が消えた。
ぴたりと。
彼は目をそらし、腕を組み、ほっぺを膨らませた。
まるでお菓子を取り上げられた子供だ。
「……わかったよ」
と彼は不満げに言った。
部屋を出ると、空気は鉛のように重かった。
カレインは前を歩き、ゆっくり揺れる尻尾が… 怖い。
私とエレインは処刑台へ向かう囚人みたいに後ろをついていった。
廊下で彼女が立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
その目つき——
あれは叱る目じゃない。
殺す目だった。
「正気を失ったのですか?」
彼女の声は、獣が喉で唸るように低かった。
「フェレンティス家の跡取りに手を出すなど…」
彼女は一歩前へ。
私の首筋の毛が総立ちになる。
「もし本当に若君が怪我でもしていたら……
この場でわたくしがあなたたちを絞め殺していましたよ」
足が震えた。
エレインなんて倒れそうだった。
廊下全体が静まり返る。
家そのものが息を止めたみたいだった。
カレインはさらに目を細めて続ける。
「あなたたちは ゴールデン卿に同行しているだけ です。
それ以上でも以下でもありません」
「騒ぎを起こせば… 何か一つでも問題を起こせば…
この屋敷から生きて出られません」
ごくり。
エレインも同じ音を立てて唾を飲んだ。
「理解しましたか?」
「は、はい…」
と私は答えた。
「はい、マダム…」とエレイン。
ようやくカレインは背を向けた。
まるで私たちを“処分候補”として記録したかのように冷たく。
私たちは震えながらついていく。
あの部屋の前を通ると、妙な寒気がした。
静かすぎる。息が詰まるみたいな。
「行きますよ」
とカレイン。
「あなたたちは一ヶ月ここで働きます。ゴールデン卿と男爵は長い会議をされます。それまで、屋敷の一員として動いてもらいます」
「一ヶ月?!」
私はエレインに耳打ちする。
エレインは “今日死ななかっただけマシでしょ…” みたいな顔をした。
台所へ戻る。
温かい料理の匂いが少し安心させてくれた。
使用人たちがちらりと見たが、すぐに仕事へ戻る。
エレナがいた。
野菜を並べながら、カレインとまるで旧友のように話している。
あんなに話すエレナ、初めて見た。
「続けなさい」
と彼女は私たちに言った。
「ゴールデン卿はお腹が空いていますし、彼の好みを一番知っているのはあなたたちです」
たしかにその通り。
私もエレインもマルラも、完全に覚えていた。
玉ねぎ嫌い。
強い匂いが苦手。
豚みたいに食べて、文句ばっかり。
料理を手伝い、皿を整え、補助テーブルを並べる。
マルラは文句顔だったが、仕事は完璧。
エレインは静かに働き続けた。
まだ頭の中で事件を反芻しているようだった。
カレインは全体を見渡し、完璧さを確認していた。
時間はゆっくりと過ぎていった。
少なくとも——
この初日は、これ以上の騒ぎはなかった。




