反乱の代償
――オリセル視点――
理由もなく、俺は新しい世界に赤子として転生した。
今回は前の人生とは違い、貧しいが温かい家庭に育った。両親は農民で、家は小さくても笑顔が絶えなかった。食卓に並ぶのは粗末なパンだけでも、感謝の祈りがいつもあった。俺は初めて、“家族”というものの温もりを知った。
だが、この世界も結局、あの世界と同じだった。残酷な人間がいる。俺はエルフとして生まれた――人間に似ているが、長い耳と澄んだ瞳が種族の違いを物語る。最初はそれを誇りに思っていた。だが、人間を見るたび、どうしてもあの汚れた世界を思い出してしまう。
十歳になった年、村は魔物に襲われた。両親は俺と妹を逃がすために残り、そのまま帰ってこなかった。
ようやく生き延びたと思った矢先、海賊に捕まり、奴隷として売られた。真っ暗な船底で数ヶ月――空腹と恐怖に震える日々の中で、俺は二人の兄妹に出会った。
イヴリンとカエル。
イヴリンは頭が良かったが、あまりに傲慢だった。自分と弟だけ逃げようとして、他の者を見捨てたのだ。結局、捕まり、弟を失って戻ってきた彼女に、俺は酷い言葉を投げつけた。……それを今でも後悔している。
船の後、俺たちは“ヴァルドール寄宿舎”に送られた。
ここは奴隷として育てるための施設だ。
少年は執事、庭師、警備兵に。少女は使用人、あるいはもっと汚れた仕事を。
希望を奪うために作られた場所――それが、この地獄の正体だった。
だが、俺にはまだ小さな希望が残っていた。
「変えたい」と思う気持ちだけは、消えていなかった。
だから、俺は決意した。逃げる。いや、皆を逃がす。
何週間もかけて、警備の交代時間や巡回の穴を調べた。
深夜、裏門の見張りが二人だけになることを突き止めたとき、俺は仲間に計画を話した。
最初は誰も信じなかった。
だが、「俺たちが逃げれば、妹たちも助けられるかもしれない」と言うと、皆の目にわずかな光が宿った。
「捕まったら……耳を切り落とされるぞ!」
「それでもいい」俺は静かに答えた。
「膝をついて生きるくらいなら、立ったまま死ぬ」
この世界でも、奴隷制度は生きている。
前世と同じだ。
もう、繰り返したくなかった。
そして、運命の夜。
交代の鐘が鳴るのを待ち、息を潜める。
息の音すら恐ろしく響くほどの緊張。
鐘が鳴った瞬間、俺たちは走り出した。
石の廊下を駆け抜け、冷たい夜風が肌を刺す。
厨房を通り、階段を降りて、裏口に辿り着く。
錠を外そうとしたその瞬間――
「ピィィィィ!」鋭い笛の音が鳴り響いた。
裏切りだ。
「そこだ! 逃亡者だ!」
怒号と共に、松明の光が一斉に灯る。
あっという間に囲まれた。
仲間の一人が殴られて倒れ、俺も腹を蹴られて意識を失った。
――目を覚ますと、手首は縛られ、顔には乾いた血がこびりついていた。
訓練長が冷たい目で俺たちを見下ろしていた。
「反乱、か……」と呟き、ゆっくりと歩み寄る。
「オリセル。自由というのは、乞えば手に入るものか?」
俺は唇を噛み、震える声で答えた。
「生きる者すべてに、自由はあるべきです」
訓練長は笑った。
「では、誰がその“自由”を与える?」
「……自分自身です」
「ふん、ならば証明してみろ」
鞭が振り下ろされる。
痛みが背中を焼く。
二発、三発――数えることすらできない。
だが、その痛みの中で、俺の決意は逆に強くなっていった。
次の日、寮の子供たちは誰も俺に話しかけなかった。
哀れみと恐怖が混ざった視線だけが、俺を突き刺した。
だが、その中の数人は……違った。
彼らの目に、わずかな“敬意”があった。
――俺は負けた。けれど、最初の一歩は踏み出せた。
それが、やがて本当の反乱の始まりになる。
***
数日後、チューナーのエレナが俺を呼び出した。
「ロード・ゴールデン様がお前を“内部勤務候補”として見たいそうだ」
怪我が癒えていない体を無理やり動かし、黒い執事服を着せられる。
香の匂いが漂う廊下を進むと、目が眩むほど豪華な広間に通された。
壁の裏にある腐臭を、俺だけが感じ取っていた。
その時――扉が開き、数人の少女が入ってきた。
そして、俺の視線は一人の少女で止まった。
イヴリン。
表情は冷たくなり、瞳には虚ろな影。
けれど、その奥に確かにあった――あの、消えそうで消えない炎。
青いメイド服に身を包み、髪は丁寧に編み込まれていた。
一瞬、俺たちの視線がぶつかった。
彼女は一歩だけ止まり、すぐに目を逸らした。
知らないふりをするしかなかった。
ここでは、顔見知りであることは死を意味する。
それでも、俺はわざと足を滑らせ、銀のトレイを落とした。
――ガシャン!
金属音が広間に響き渡る。
彼女が反射的に膝をつき、散らばった食器を拾う。
指先が触れた。冷たく、震えていた。
「……まだ、生きてたんだね」
イヴリンの小さな声。
俺は視線を落としたまま、囁く。
「お前も、な」
「諦めたと思ってた」
「諦めてなんかいない。ただ……待ってるだけだ」
その一瞬の沈黙に、全ての記憶が蘇る。
海の上での絶望。失った弟。交わした約束。
「もう喋るな!」とエレナが手を叩いた。
俺たちは何事もなかったかのように離れた。
だが、指先に残る温もりは、いつまでも消えなかった。
その夜、ベッドの上で天井を見つめながら思った。
――イヴリンは生きている。
――そして俺たちは、再び動き出す時を待っている。
今度こそ、成功させる。
必ず。




