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METORO  作者: 未世遙輝
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第6章

D6の管制室は、薄暗い照明と、モニターから放たれる青白い光に満ちていた。壁にはメトロの複雑な路線図が大きく広がり、その上を赤い線と記号が、まるで血管のように巡っていた。その中央に置かれた、使い込まれた木製のテーブルを囲むように、オーダーの精鋭たちが集っている。彼らの顔は疲労に刻まれながらも、警戒心と覚悟が入り混じった複雑な表情を浮かべていた。


カーンは、管制室の入口に立つ。その目は、部屋の奥に座る隊員たち、そして何よりも、ミラー大佐に向けられていた。

ミラー大佐は、テーブルの端に立ち、腕を組んで隊員たちを見渡していた。彼の眼光は鋭く、その低い声が部屋に響き渡る。「戦争が近い。」その言葉は、冷たい地下の空気を切り裂くかのように、重く、確固たる響きを持っていた。


その時、ミラー大佐の視線が、僕とカーンを捉えた。「来たか、アルチョム。それに…カーン?何か知らせがあるのか?」彼の声には、僕への承認と、カーンへの不審が混じり合っていた。


カーンは、一歩前へ踏み出した。その声は、普段の飄々とした調子を潜め、真剣そのものだった。「そうだ。大佐。」彼は、ミラー大佐に真っ直ぐに視線を向けた。


「手短に頼む。」ミラー大佐は、短い言葉で促した。彼の顔には、無駄な話を聞く時間はないという、明確な意思が示されている。


カーンは、深く息を吸い込むと、その重い事実を告げた。「ダークワンの生き残りを植物園で発見したのだ。」

その言葉は、部屋全体に衝撃を与えた。隊員たちの間に、ざわめきが広がる。彼らの顔に、驚愕と恐怖が入り混じった表情が浮かび上がった。僕の心臓も、強く脈打った。


一人の隊員が、信じられないというように呟いた。「何?奴らはまだ生きているのか?」その声は、震えていた。彼らは、ダークワンが完全に殲滅されたと信じていたのだ。その前提が、根底から覆された瞬間だった。


ミラー大佐は、カーンの言葉を真っ向から受け止めた。彼の表情は変わらない。しかし、その瞳の奥には、深い感情が揺らめいているように見えた。彼はただ一言、「幸運にもな」と答えた。それは、皮肉とも、あるいは何らかの意図を持つ言葉とも取れた。


カーンは、さらに言葉を続けた。彼の声は、もはや部屋の誰にも向けられているのではなく、僕の心に直接語りかけるようだった。

「最も有能なオーダー、ハンターもおそらく死んだ。」

その言葉は、僕の胸を抉った。ハンター。僕の義父であり、かつて僕をこの地下世界へと導いた男。彼もまた、ダークワンとの戦いの犠牲になったのかもしれない。


「彼は以前、お前にこう言った。」カーンは、僕に視線を合わせた。「『この新世界では、戦わなければ人類は食い殺される。それが進化の法則だ』と。」

ハンターの言葉が、僕の脳裏に蘇る。あの荒廃した地上で、彼が僕に語った、厳しくも真実味を帯びた言葉。それは、この地下世界で生き残るための、絶対的な法則だと信じていた。


「だが、そんな法則はもはや適用されない。」

カーンの声は、静かだったが、その言葉には、絶対的な確信が込められていた。彼の瞳には、僕にはまだ見えない、別の「真実」が映っているかのようだった。この世界には、戦いだけではない、別の道があるのかもしれない。その可能性が、僕の心に、小さな希望の光を灯した。しかし、同時に、これまでの僕の生き方、そしてこのオーダーの思想そのものが、間違っていたのかもしれないという、深い疑念も生じさせたのだった。


カーンが、深淵を覗き込むような眼差しで、ミラー大佐を見つめる。彼は、一歩前へ進み出ると、その口を開いた。「幸運だと?!カーン、ふざけるな!」ミラー大佐の声が、管制室に響き渡る。その声には、カーンの言葉に対する激しい怒りと、過去の苦い経験が凝縮されていた。彼は、カーンの言葉を真っ向から否定する。


「ダークワンは我々が直面した中でも最大の脅威だったんだぞ!」ミラー大佐は、テーブルを叩きつけんばかりに声を荒げた。彼の言葉には、ダークワンによって失われた多くの命への、深い哀悼と、二度と繰り返させないという強い決意が込められていた。隊員たちの表情も、一様に固い。彼らもまた、ダークワンとの戦いの記憶を鮮明に刻んでいるのだろう。


しかし、カーンは怯まない。彼はその赤いニット帽を深くかぶり直し、再びミラー大佐に訴えかける。「大佐…どうかチャンスをくれ。」彼の声には、抑えきれない切迫感と、希望への執着が混じっていた。


彼は、一歩、また一歩とミラー大佐に近づいていく。

「ダークワン1体なら危険はない。」

カーンは、説得を試みる。その言葉は、奇妙なほど冷静だった。彼が何を企んでいるのか、僕にはまだわからない。だが、彼の瞳の奥には、確かな信念が宿っているように見えた。


「アルチョムには力がある。彼ならあの生物と交信できるはずだ。」

カーンは、僕に視線を合わせた。その言葉に、部屋中の視線が、一斉に僕へと集中する。彼らが、僕に何か特別な力があると信じているのだ。その期待と、重い責任感が、僕の肩にのしかかる。


「私と一緒に行かせてくれ。」

カーンは、ミラー大佐に懇願した。彼の言葉には、僕を一人で行かせるわけにはいかないという、強い意志が感じられた。


ミラー大佐は、しばらく沈黙した。彼の表情は、硬いまま変わらない。管制室には、重苦しい空気が漂う。隊員たちの視線が、ミラー大佐とカーンの間で揺れ動く。彼らもまた、この状況の行方を見守っていた。


やがて、ミラー大佐はゆっくりと口を開いた。彼の声は、先ほどまでの怒りを潜め、しかし確固たる響きを持っていた。

「いいだろう。」

その言葉に、カーンの表情に、わずかな安堵の色が浮かんだ。しかし、ミラー大佐の言葉は続く。

「アルチョム、カーンと共に植物園へ行き、ダークワンを探し出せ。」

それは、命令だった。僕とカーンに、生き残ったダークワンを捕獲せよという、明確な指令が下されたのだ。


「最高のスナイパーも同行させる。アンナ!」

ミラー大佐の声が、部屋に響き渡る。その瞬間、管制室の隅に立っていた一人の女性が、身を乗り出した。彼女は、迷彩服に身を包み、その顔は精悍だった。アンナ。彼女は、オーダーの中でも屈指のスナイパーだ。


「イエッサー!」

アンナの短い返事が、部屋に響き渡る。彼女の瞳には、一切の迷いも恐怖もなく、ただ任務への決意が宿っていた。


僕は、カーンとアンナ、そしてミラー大佐の間に挟まれ、複雑な感情に揺れていた。ダークワンとの再会。それは、僕にとって、新たな悪夢の始まりなのか、それとも、この混沌とした世界に光をもたらす、希望の兆しとなるのだろうか。この地下世界の運命は、今、僕たちの手に委ねられたのだ。

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