第4章
僕はカーンに促されるまま、重い足取りで薄暗い通路を進んだ。壁に張り巡らされた錆びた配管からは、不気味な水滴が規則的に滴り落ち、その音が、この地下基地の静寂を一層際立たせていた。
やがて、鋼鉄製の分厚い扉の前に差し掛かる。その重厚な造りは、中に秘められたものの重要性を物語っているかのようだった。扉の横には、古いインターホンと、いくつかの制御パネルが備え付けられている。
カーンが、僕の横に並び立つ守衛に向かって声をかけた。「そいつのことは気にするな、アレックス。ゲートを開けてくれ!」彼の声には、いつもの飄々とした調子の中に、どこか緊迫感が混じっていた。
アレックスと呼ばれた守衛は、僕を一瞥すると、不審げな表情を浮かべた。彼の迷彩服は、地下の埃で薄汚れている。しかし、彼は命令には従う。重い扉が、ゆっくりと内側へと開いていく。その隙間から、さらに奥の通路が見えた。
中へ足を踏み入れると、別の守衛が訝しげな視線を僕たちに送る。その背後には、書類が山積みにされたデスクと、旧式の電話機が置かれている。そして、部屋の奥には、鉄格子の向こうに薄暗い研究室らしき空間が見えた。
「なんだカーンか。レスニツキーのこと聞いたか?」
警戒を解かない守衛の一人が、カーンに問いかけた。その言葉の響きは、どこか諦めを含んでいるかのようだった。
「なんのことだ?」カーンは、平然と問い返す。彼の顔には、微塵も動揺が見えない。
「ラボにいるガードに聞いてみな…」守衛は、そう言い残して、再び沈黙した。彼の視線は、遠くの天井へと向けられている。
カーンの表情が、わずかに硬直した。「クソ!ヤツは何をやらかした?!」彼は、焦燥と怒りを滲ませた声で、守衛に詰め寄った。レスニツキーという男が、何か重大な問題を引き起こしたことは明白だった。
「大きな問題じゃなきゃいいけどね。」
僕の隣にいた守衛の一人が、皮肉めいた口調で呟いた。彼の声には、この地下世界で頻繁に起こる、厄介事への慣れが感じられた。
カーンは、僕に視線を合わせる。彼の瞳の奥には、新たな決意が宿っていた。「よし、行くぞ!」彼はそう言うと、僕の背中を軽く叩き、再び歩き始めた。
通路を進むと、古びた機械と、埃にまみれた資材が山積みになっていた。この場所が、かつては何か重要な施設だったことを物語っている。
カーンが、ゆっくりと語り始めた。「古代の王たちの墓には、来世で必要になるものがたくさん保管されていた。」
彼の声は、この地下世界の暗闇に、遠い過去の記憶を呼び起こす。
「武器、金、チャリオット…そして妻や奴隷たちを、死後も王に仕えられるように生贄にしたのだ。」
彼はそう言って、僕の横をすり抜け、さらに奥へと進んでいく。その言葉は、まるで今のこの地下基地の隠された秘密と、重なり合うかのようだった。
「このバンカーのようにな…」
カーンは、錆びついた金属製の柱に手を置き、そう呟いた。彼の視線は、この巨大な構造物の奥へと向けられている。この場所もまた、かつての地上で生きていた者たちが、来るべき「来世」のために、何かを封じ込めた場所なのだろうか。その「何か」が、武器なのか、金なのか、あるいはもっと恐ろしいものなのか、僕にはまだ分からなかった。ただ、この場所の持つ重厚な歴史と、その中に秘められた闇の深さに、僕は戦慄を覚えた。
カーンの後を追って、僕はD6の深部へと足を踏み入れた。巨大な円形の空間は、まるで地下に穿たれた巨大な井戸のようだった。錆びついた金属の足場が幾層にも張り巡らされ、その中央には、天井から吊り下げられたゴンドラのような作業台が、かすかな軋みを上げながら上下していた。周囲の壁面には、謎の数字が大きく書き込まれ、薄暗い照明が、その巨大さを一層不気味に際立たせている。
カーンは、その足場の縁に立ち、腕を組んで、深く、しかし穏やかな声で語り始めた。「古代の王たちの墓には、来世で必要になるものがたくさん保管されていた。」彼の声は、この地下空間に響き渡り、僕の想像力を過去へと誘う。古代の支配者たちが、死後の世界での繁栄を願い、惜しみなく富を墓に収めた、その光景を。
彼は視線を上げ、作業台を眺めながら言葉を続けた。「武器、金、チャリオット…そして妻や奴隷たちを、死後も王に仕えられるように生贄にしたのだ。」その言葉が、僕の耳に重く響く。生贄。それは、現代の僕たちには想像もつかない、残酷な習わしだ。しかし、この地下世界で生きる僕たちもまた、何らかの「生贄」を捧げているのではないか、という疑念が頭をもたげた。
「くだらん話はやめろ!」
僕の隣に立つ隊員が、苛立ちを隠せない様子で言い放った。彼の眉間には深い皺が刻まれ、その口元は不機嫌に歪んでいる。彼は、カーンの哲学的な言動を、無駄話だと一蹴したかったのだろう。
しかし、カーンは動じない。彼は僕の方へ視線を戻すと、その瞳の奥に、深い理解と哀しみを湛えて言った。「D6での出来事は、征服者が王の墓を掘り起こすのに似ている。」彼の言葉は、このD6という場所が単なる軍事施設ではない、もっと深い意味を持つ場所であることを示唆していた。僕たちがここで何を「掘り起こしている」のか、それは本当に人類のためになることなのか。
「武器、野生の馬、知られざる秘宝。」
カーンは、続ける。まるで、このD6に隠されたものが、古代の秘宝と何ら変わらないかのように。彼は、僕たち人類が、過去の過ちから何も学んでいないことを暗に示唆しているのだろう。
「もちろん、墓泥棒はいつも悲惨な死を遂げる。」
カーンの声には、警告の響きが含まれていた。彼の言葉は、このD6に関わる者たちに待ち受ける、暗い未来を予言しているかのようだった。
「悪魔や幽霊、あるいは己の欲望によって死ぬ。」
その言葉に、僕の背筋に冷たいものが走った。己の欲望。それは、この地下世界に蔓延する、人間同士の争いや裏切りを指しているのだろうか。
「カーン、少しは黙れないのか?」
隣の隊員が、苛立ちを募らせてカーンに問い詰める。彼の声には、カーンの言葉に対する焦燥と、聞きたくない真実から目を背けたいという願望がにじみ出ていた。
その時、別の守衛が慌てた様子で、こちらに駆け寄ってきた。
「おーい。レスニツキーが何かしたらしいな!何があった?」
カーンは、その守衛に鋭い視線を向け、問い詰める。彼の顔には、事態の深刻さを察した、険しい表情が浮かんでいた。
守衛は息を切らしながら、報告した。「わからん!レスニツキーはラボに居たんだ。」
彼の声には、混乱と恐怖が混じっていた。
「見張りの交代が来たころには、ラボのドアは開けっ放しで中は荒らされていた。」
その言葉に、僕の心臓が不規則に脈打つ。ラボが荒らされた?一体何が持ち去られたというのか。
「奴も消えていた。」
守衛の最後の言葉が、重く響いた。レスニツキーが、何かを盗み、姿を消したのだ。このD6という名の「墓」から、一体何が持ち出されたのだろう。それは、僕たちの未来に、どのような影響を及ぼすのだろうか。僕の不安は、刻一刻と増大していった。