第1章
それは、ひび割れたコンクリートの残骸が散らばる、広大な地下鉄のトンネルの奥深くで起こったことだった。天井からは錆びた鉄骨が蜘蛛の巣のように垂れ下がり、その間を縫うようにして、遠い地上からの光が、か細く、しかし確かに差し込んでいた。その淡い光の柱の中に、まるで時が止まったかのように、少年が一人、ただ立ち尽くしている。
「全ての始まりについて聞かれた時」――それは、決まって同じ問いかけだった。そのたびに僕は、淀んだ空気の中に、囁くように答えるのだ。「みんなで植物園に行った時でした」と。
「みんな」というのは、僕と、そして僕にとって世界の全てだった二人の友人、ヴィタリとユージーンのことだ。彼らの声、笑い声、その掌の温もりさえ、今はもう、僕の記憶の中にしか存在しない。
あの、忌まわしい「捨てられた駅」へ、最初に足を踏み入れようと言い出したのは、一体誰だったのだろう?
あるいは、あの場所の深淵へと、僕たちを誘い込んだのは、誰だったのか?
この問いに対する僕の答えは、いつも変わらない。「覚えていない」と。
それは、自分を守るためだった。
心の奥底に沈んだ、重い石のような真実から目を背けるために。
なぜなら、僕は嘘つきだからだ。
今となっては、あの日に起こったことの、真の姿を知る術は、もうどこにもない。
友だったヴィタリとユージーンは、とっくの昔にこの世を去ってしまった。暗闇の奥、ガレキの陰に、彼らのぼやけた幻影が揺らめき、僕を嘲笑うかのように佇んでいる気がした。
やがて、重々しい金属の軋みが、薄暗いトンネルの空間に響き渡った。地下の奥底から轟くような低音と共に、巨大なエアロックの扉が、ゆっくりと、しかし確実に開いていく。僕たちにとってそれは、深淵へと続く地獄の門が開かれた瞬間だった。しかし、同時に、その向こうには、かつての地上に生きていた「悪魔たち」にとっての、メトロへの道が、無惨にも開かれたのだ。その扉の隙間から、冷たい、湿った空気が、僕の顔を撫でていった。
だが実際は、もっとずっと以前から、全ては始まっていたのだ。
それは、母さんが植物園へ行こうと、僕の小さな手を引いて言った、あの日のことだった。
幼い僕は、その言葉に胸を躍らせた。僕たちは、メトロに乗って、そこへ向かったんだ!
地下のひんやりとした空気を抜け、地上へと続く短いエスカレーターを覚えている。カチャカチャと規則正しい音が響く中、僕の視界は徐々に明るさを増し、天井から降り注ぐ光に目を細めた。あの頃の地上は、光に満ちていた。
エスカレーターを降りると、僕を待っていたのは、息をのむような光景だった。僕は、巨大なガラスのパビリオンを見上げた。太陽の光を全身に浴びて輝く、その壮麗な建物に、幼い僕は心を奪われた。そして、道いっぱいに広がる、緑の草木を見て、興奮に震えた。僕の小さな世界には、それまで存在しなかった色彩と生命が、溢れんばかりに満ちていたのだ。土の匂い、草の匂い、そして遠くで聞こえる鳥たちのさえずりが、僕の五感を刺激した。
果てしない青い空には、ちぎれ雲がどこまでも広がり、風に流されていく。まるで、僕の心もあの雲のように、自由にどこまでも行けるような気がした。涼しいそよ風が、僕の頬を優しく撫でる。その心地よさに、思わず目を閉じた。
そして、甘く、冷たい記憶が蘇る。母さんが、僕のためにアイスクリームを買ってくれたのだ。一口頬張るたびに、ひんやりとした甘さが口いっぱいに広がり、その幸福感は、今でも鮮明に、僕の記憶に焼き付いている。溶けていくアイスクリームの雫が、僕の小さな指を伝った、あの感触さえも。
今となっては、もう二度と、あんな澄み切った空を、あんな優しい風を感じることはできない。僕の目の前にあるのは、地下の壁に粗末に飾られた、何枚かの色褪せた子供の絵だけだ。それでも、その拙い筆致の中に、あの日の記憶が、かろうじて留められていた。僕が遠い目でその絵を見つめていると、そこには、かつての幸福な時間が、拙い筆致で描かれていた。絵の中の太陽は笑い、鳥は空を舞い、人々は穏やかに暮らしている。それは、僕が知る由もない、しかし確かに存在した、失われた楽園の夢だった。
地下深くの、薄暗い居住区画。乱雑に吊るされた布地が通路を塞ぎ、かろうじて灯されたオイルランプの煤けた光が、人々の疲れた顔をぼんやりと照らし出す。幼い僕は、壁に貼られた一枚の絵を、ただじっと見つめていた。それは、色褪せたクレヨンで描かれた、かつての地上――僕がわずかに覚えている、あの陽光に満ちた世界の記憶だ。空には無邪気な鳥が舞い、地面には瑞々しい緑が広がり、屈託のない笑顔の太陽が、全てを見守るように微笑んでいる。
その絵の中の鮮やかな記憶と、目の前の現実との乖離が、僕の胸を締め付ける。あの甘く冷たい感触が、蘇る。母さんが買ってくれた、あの冷たい塊。「あれを食べたのはそれが最後だった」。僕は、その言葉を何度も心の中で繰り返す。甘さと冷たさが混じり合った、あの至福の味。僕の小さな指を伝った、溶けかけのアイスクリームの雫。それが、地上で味わった最後の贅沢だった。
そして、その日、人類は罰を受けたのだ。
空は、見る間に橙色に染まり、地平線の彼方から、無数の光の筋が天を裂いて降り注いだ。それは、まるで神々の怒りが具現化したかのような、まばゆい光の槍だった。ビル群のシルエットが、一瞬にして逆光に浮かび上がり、その威容を誇る。善人も悪人も、その行いに関わらず、等しく裁かれた。世界の全てが、終わりを告げるかのようだった。
次の瞬間、眩い閃光が地上を覆い尽くし、巨大な火球が空へと舞い上がった。轟音と共に都市は粉砕され、建物は紙くずのように吹き飛び、地表は灼熱の煉獄へと変わった。凄まじい爆風が全てを薙ぎ払い、キノコ雲が空高く聳え立つ。それが、人類が自らに下した、最後の審判だった。
僕たちは、この神の怒りから逃れるため、モスクワの地下深く、メトロへと避難した。狭いトンネル、ひしめき合う人々、押し寄せる絶望の波。それでも、僕たちは生き延びた。あの地獄のような劫火から。
だが、神は僕たちをあぶり出す価値もないと判断したようだった。地下の奥底に隠れ潜む、取るに足らない存在。滅びる価値すら与えられない、見捨てられた生命。そんな僕たちを、神はあえて罰することなく、ただ見過ごしたのだ。それは、怒りよりも深い、無関心という名の罰だったのかもしれない。
そして今、僕たちはこの荒れ果てた地上に、取り残された。マスクのレンズ越しに見えるのは、鉛色の空と、黒焦げたビルの残骸、そして枯れた草木が広がる、荒涼とした世界だけだ。冷たい風が、乾いた砂埃を巻き上げ、僕の呼吸器に容赦なく叩きつける。遠くから、何か未知の生き物の呻き声が聞こえるような気がした。それでも僕たちは、この死にゆく地で、生き続けていく。僅かな希望と、尽きない絶望を抱えながら。終わりなき闘争の、始まりの地で。
(2) 【METRO...ube - 2_33
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