第7話 三日後に待っている
「サギリア・ローガンは死んだはずだよ」
グエンはゆっくりと息をはくと、少女をまっすぐ見つめ、呟くようにいった。
少女は静かに頭を振った。
「彼女は生きているわ。断言できます」
グエンは吐き気をこらえ、少女を観察した。はっきりとした黒い虹彩が蝋燭の光で輝いている。
黒の巻き毛が顔にかかっている。真っ直ぐの金髪を長く伸ばしていたあのサギリア・ローガンの面影は全くない。もちろん、彼女は高級サイボーグだから。外見は思うがままだ。
「あんたが、サギリア・ローガン。その人だと?」
少女はハッと息を飲み、グエンを見返した。蝋燭の香りが漂う中、少女の強張った口元が緩み、ゆっくりと笑みが広がっていく。
「すごいわ。どうしてわかったの?」
グエンは嫌な顔を出さないように苦労した。今まで、嫌なことは山ほど見てきたが、これほど苦労したことはない。
目の前に自分が殺した少女を自称する人間が現れるのは、銃弾の下を這いずり回るよりたちが悪い。
「言いたいことはわかるわ。でも、サギリアは生きています。度重なる命の危険に世間的に殺されたことにしたほうがいいと、わたしは判断したの」
「君が?」
自分の口元が嘲笑的に吊りあがるのをグエンは制御できなかった。
「わたしが、です」
「サギリア・ローガンの出身校は?」
「最後に出たのはスウォンガム大学」
「博士号を持った天才児って話だけど」
「正確には博士号二つに学士四つ、修士が三つです。それに、わたしは天才児ではないわ。特殊教育を受けたし、脳の構造も一部は特徴的だけど――――」
グエンはえへんと咳払いをした。ありがたい事に少女は本筋を思い出したようだ。
「ええと、報酬の説明をしてもいいかしら。お金の話をするのははしたないことだけど、やっぱり確認したほうがいいと思うの。つまり、こういった――」
「好きにしてれ、早めにたのむ」
「前金は三万、成功報酬は二十万。調査費用は別。わたしを殺そうとしたと証拠とともにその人間の死亡を証明するものを提出してください」
「当然だ」
グエンはムッとして口をひらいた。
少女がぽかんと口を開けているので、思わず付け加える。
「つまり、殺した事を証明するのは、依頼人にたいする最低限の義務だということ」
「わかりました。もう一つ。わたしの生命が続く限り、年に五万支払います」
次はグエンがぽかんと口を開ける番だった。少女は彼の不思議そうな顔に気付いたのか付け加えた。
「つまりまた殺されるのは勘弁って事。またいつか、なんらかの理由でわたしを殺そうとする人間が出るとも限らないから。わたしが生きている限り支払いしましょう」
「君いくつ?」確か十三歳だ。
「生物学的に十三歳。わたしはサイボーグ化しているから、身体的な問題で死亡する可能性は極低いはずよ。それでも平均的神経細胞の寿命で、わたしの余命はあと約八十年」
グエンは軽く口笛を吹いた。
「俺の方が先に死にそうだな。自分が生きている限り、自分を殺したやつを殺したやつに金を払い続けるってこと?」
少女はにっこりと微笑むと頷いた。
「そんな話聞いたことがない」
「そう、では世界初ということね」
少女は愉快そうに笑った。
「本を出したらわたしの老後が楽になると思う? 『殺し屋と契約する前に確認すべき十の事柄』とかなんとかいって。あなただって、自分が救った少女が殺されずに生き続けているということは人生の良い事のひとつになるのでは?」
グエンは軽く肩を竦めるにとどめた。この少女の中身は、サギリア・ローガンは完全にいかれている。
「お受けしていただけますね?」
グエンはむっつりと黙ったまま、少女の顔を見返した。どうするべきが自分でもよく分からない。
少女は澄ました顔で頷くと、呟くように言った。
「では、三日後にサギリア・ローガン邸までいらしてください」




