第3話 オウムがガァ
グエンは二千秒フラットでバーに飛び込むと、息を吐いて周りを見渡した。
焦がれるほど仕事が欲しいが、そうは見られたくない。
グエンをあざ笑うようにカウンター横にいるオウムがガァと鳴いた。このオウムは一昔前に流行った愛玩用動物型ロボットだ。
愛嬌のある金色の目をくりくりと輝かせ、客に首を傾げてみせる。
人間に『いい作用』が働くように十分に計算された愛らしさにやられた客は大人しく――それなりに――酒を飲むってわけだ。
「よう、レッドヘッド。相変わらずのしけた面で何より」
バーの奥から金髪の男が人を掻き分けながら近づいてきた。
グエンがこの街に引っ越してきて、金次第で人を殺すぜ、と宣言してからたまに仕事を持ってくるウィルだった。
人懐っこい笑みを浮かべ、グラスを傾ける。
グエンはカウンターで二番目に安いソーダ水を注文すると彼に向き直った。
「そちらこそ、ウィル」
ウィルはうそ臭いほどの緑色に輝く瞳をきらめかせニヤリとした。グエンは前々から、彼の瞳の色が人工的に着色されたものだと考えていたが、本人に指摘する気は一切なかった。多くの人は多かれ少なかれ、身体改造しているのだ。
「その髪、伸ばしてるのか?」
「まあね。昔は伸ばせなかったから」
髪を切る金もないとは口がさけても言いたくない。
「似合ってるよ。ニンジンみたいな色にぴったり」
グエンは肩をすくめて髪を掻き揚げた。髪の色に対するあてこすりに長年耐えてきたおかげで、今ではなにも感じない。
ウィルがこここにいて俺に声をかけたってことは、仕事を持ってきたということだ。そして、仕事をするということは俺の口座にいくらか振り込まれ、髪型を選択する余裕も出るということ。こんなときは最高に愛想よくするに限る。
「調子はどうだ?」
「いいぜ」
――預金通帳のゼロの桁が少ないわりにはな。
「チョコレートにはまだ凝ってる?」
グエンは顎を上げて、ウィルを見返した。
「あんた、どんどんうちの人造人間そっくりになっているぜ」
「悪かった。それだけは勘弁してくれ」
ウィルはクスクス笑って肩をすくめた。彼は今では珍しい反人造人間主義者で、ヒト型ロボットに人工知能乗せるのは豚のやることだと信じている。
グエンもだいたいがその意見に賛成だが――特にゾラックを定期メンテナンスに出した際に帰ってくる請求書を見た時は――ゾラックは祖父の形見の一つなので、諸手を挙げて大賛成と言うわけにはいかなかった。
「素晴らしきクソ人造人間と古き良き人間の没落に」
ウィルはグラスを捧げながら言った。
「創造性に富む悲しきY染色体に」
グエンはグラスを掲げると、一口飲み込んだ。
「さて、人造人間ができない事がひとつだけある。グエン、仕事だ」
よし! 待ってたぜ。
グエンは内心の狂喜乱舞を無視して、軽く頷く程度にとどめた。
真っ先に飛びつくのも少々さび付いたプライドが許さない。
「『食堂』に二時間後に来てくれ」
グエンはついてもいないほこりを払った。
「依頼人がお待ちだ」
グエンは軽く眉を上げた。依頼人が直接彼に会うのはかなり珍しい。大概の人間が人殺しを依頼するときは顔をあわせない方法を選ぶのだ。
「どうかな?」
グエンは叫び出しそうになる――任せろ! ともかく一切合財を任せろ!――のを飲み込んでグラスを口に運んだ。
「五十万」
ウィルはグエンの反応をうかがうように目を細めた。
「またチョコレートコレクションが増えちまうな」
「お前、まだチョコばかり食ってるのか? いいかげん飽きろよ。男らしくそのカロリーを消費すべきだ」
オウムががぁと鳴く。
「我らの機械仕掛けの鳥野郎も賛成のようだな。受けるよ。男らしさをもっと表明しないと。穴の開いた靴は失敗だったようだし」
グエンは限りなく澄まして言うと、天文学的速さでグラスを空にして店の外に躍り出た。スキップしなかったのが奇跡だった。