エピローグ
「リュガンへのチョコレートの発送が終わりましたよ」
「うむ」
グエンは下を向きながら、長くなった前髪をいじっていた。
サギリアからの報酬でだいぶ預金口座が潤ったにもかかわらず、髪はそのままだ。これだけ周りの悪評がたつと、天邪鬼的感覚で意地でも伸ばしたくなってくる。
「もちろん、アーモンドなしで」
ゾラックがぽそりと付け加えた。
「え?」
「彼女アーモンドが食べられませんよね?」
「アーモンド」
確かに。そうだった。
「君は知っていたのか?」
ゾラックがやれやれといった様子で肩をすくめた。
「もちろん知っています。彼女、アーモンドアレルギーですよね」
アレルギーとは! 俺はせっせと、アレルゲンをご機嫌取りに送っていたわけだ。それではいつまでたっても友好的になるわけがない。
「僕は最近まで知らなかったぞ」
「ふむ」
ゾラックは意味深な視線で腕を組んだ。
「人でなしみたいな目でみるなよ」
「ふむ」
「わかったよ。僕は何一つ覚えていないクソ野郎だ。笑えよ」
「は、ははは」
「やっぱり、廃棄するか? 今では最新型の人造人間が買えることだし」
ゾラックの答えを、チャイムが遮る。
「おっと、お客様ですね」ゾラックがそそくさと、玄関に向っていった。
「まったく、機械ってやつは」
グエンはため息をついて、苦いコーヒーを飲みほした。
カップの底にフィルターを潜り抜けた粉末が残っている。
「これこそ、俺に一番必要なもの。脳みそに直撃する苦さ。男の飲み物だ。なぁ。ピート?」
グエンは膝で丸くなっている機械の方のピートに向って呟いた。
本物のピートは、機械猫ピートと相性が悪く、究極の選択を迫られたダージンは本物のピートを取ったのだ。あの小虎が、この従順な機械猫よりいいとは思えなかったが。
彼は耳をぴくりと動かしたが、ちらりともグエンを向こうともしなかった。
「やれやれ、どいつもこいつも機械になると俺を構ってくれないのか?」
「なんですって?」
サギリアの声が聞こえ、グエンはギョッとして顔を上げた。
「サギリ?」
「いかにも、久しぶりね。グエン」
今の独り言を聞かれたのだろうか?
「そんなものを飲むと胃に悪いわよ」
ぽかんとグエンが口を開けている間に、少女が続けた。
「サイボーグは血中に調製用ナノマシンを循環させているんだから、少々のカフェインは梗塞を抑えるから効果的なんだけど」
少女が傲慢に眉を上げた。
「ブラックコーヒーが男の証だと、証明しなくてもいいのよ。グエンドリン」
グエンはどうには平静を保って、起き上がった。
「なんで君がここにいるか、聞いていいかな?」
ぴしゃりと言うが、膝に機械猫が乗っているのでは、効果が薄いかもしれない。
「わたしはゾラックに用があってきたのよ」
グエンはさり気なく、機械猫の頭をなでていた左手を持ち上げた。
「キャラメルソースを買ってきたのよ」
「実は、前々からキャラメル入りのコーヒーを淹れてみたくてしょうがなかったのです」
ゾラックが満面の笑みを浮かべて、サギリアから渡された紙袋にほお擦りをしている。
「君は誰が君のメンテナンス費用をひねり出しているか思い出したほうがいいよ」
グエンのうめき声に機械猫が満足そうに、にゃあと鳴いた。
「サギリ、その人造人間に余計な事を教えるなよ」
「あなたが私の事が好きだって」
ゾラックが完璧に人間らしい仕草で片目を瞑ってみせた。
「知っているんですからね」