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グエン、撃鉄を起こせ  作者: 相良徹生


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第34話 狂気の代償

 サギリアはゆっくりと目を開けようとこころみた。

 失敗。

 体がしびれて、言うことを聞かない。

 もみくちゃにされて、車のトランクに投げ込まれる直前に薬を撃たれたのだ。

 麻酔の後遺症がないと良いけど。

 サギリは感覚を戻すのに集中した。

 床はバカみたいにふかふかとして、嫌な匂いがしない。きっと別荘か隠れ家のようなものだろう。しっかりと管理され、掃除が行き届いている。

 きっと、クレイシーね。あの男は神経質だから。

 サギリは自分の分析能力にため息をついて、ゆっくりと瞼を開けた。

 失敗。眩しすぎる。

 男たちの怒鳴り声が遠くから聞こえた。

 目まぐるしい怒鳴りあいが、いつしか意味をもってサギリアの聴覚に届いてくる。


「この子を殺さなきゃいけない!」


うわ。わたしの事が話題になっているのは間違いない。

 サギリアは息を詰めたまま、薄目を開けた。光の洪水が収まると、二人の男のシルエットがぼんやりと浮かんでくる。


「待つんだ、ゲイル。今はそんな時じゃ、ないんだよ。記憶データの場所を突き止めないと」


「話が違うぞ。彼女を脳幹を壊死させれば、いいじゃないか。こんなチャンスはもうないぞ」


「駄目だよ。データのありかがわからない」


「データなんて、くそくらえっ」


「そりゃあ、お前はね」


 轟音が響き渡り、サギリアはビクリと起き上がった。クレイシーが崩れ落ちるのが、スローモーションのようにゆっくりと見える。

 真っ赤な赤い水滴がポツポツとゆっくりとこちらへ――――。

 サギリアの喉から声にならない叫びが漏れると同時に、クレイシーの体が崩れ落ちた。


「おお、ローガン博士。お目覚めかな」


 ハーラン・イーノックがニヤリと笑って、振り向く。その手には、銃が握られていた。


「やっぱり生きていたんだな。サギリア・ローガン。よくよく生き残ったものだ」


「なんてことをイーノック博士」


「おいおい、まだ起きちゃいけないよ」


 サギリアは後ろ手に縛られているのを気にせずに立ち上がった。

 痙攣しているクレイシーの動きが止まり、ぐったりとうずくまる。彼からはもう生気は感じ取れない。


「仲間割れってわけ?」


「ふむ」


 イーノックはニヤニヤとしながら、手元の銃を振っている。

 玩具じゃないのよ、それは!

 サギリアは叫び出しそうになるのをこらえ、ゆっくりと十数えて顔を上げた。


「わたしを殺す前に、わたしが死ぬ理由ってやつを教えてくれてもいいんじゃない?」


 イーノックが目を細めた。


「俺はお前が賢い子供だと思っていたし、今でももうだと思っている。そうだろう、サギリア。お前は自分が死ぬ理由を当然理解しているし、これから起こることも予測はついている」


 サギリアは皮肉っぽく唇を歪めた。


「過大評価よ」


「さて、データの場所を教えてもらおうか」


「なんで仲間割れしたの? ゲイルを殺す理由はないわ」


「俺はクレイシーのようにご立派なテクノフォビアではない。反人造人間主義でもない。俺は一人の科学者で常に、人類の発展に心血を注いできた」


「わたしを殺そうとしたんでしょ?」


「テロリストと一緒にしないでくれたまえ。お前を殺そうとする連中を思い止まらせるために、俺がどれだけ苦労したのか知っているのか? まったく、お前の屋敷を爆破しようと聞いたときは心臓が止まるかと思ったよ」


「じゃあ」


「サギリア。お前にはハイパーサイメシアの稀なるデータのために、記憶データを俺に渡してもらわなければならない。人類の進歩と科学のために」


「技術者が人類って言葉を持ち出すと、厄介なことになりがちよね」


 イーノックがゆっくりと近づく。サギリアは一歩下がって、これ以上動けないと悟った。

 この男は、わたしを金儲けと名声の糧にしようとしているし、その欲望の前に麻酔をかけられた、少女型サイボーグの力は極僅かだ。

 サギリアは自分の現実的な分析能力を皮肉っぽく思った。こんなことなら、義体を選ぶときに大柄な男にしとけばよかった。


「残念ね、博士。わたしを脅しても無駄よ。わたしのデータはもう存在しないわ」


 イーノックの頬がぴくりと歪む。


「ハイエナ共がかぎまわっているのに、わたしのデータを置いておくと思う? わたしの記憶データはどこにも存在しないのよ」


 サギリアは縛られているにしては、上手に肩をすくめた。

「わたしの電脳に入っているのが、唯一のオリジナルよ。あなたのご立派に目的のためには、わたしの電脳から直接データをスキャンしなければ成らないってこと」



*



 グエンは二階までゆっくりと進んだ。廊下はしん、と静まりかえり、一歩進むたびに微かに床がきしむ。

 グエンはちらりと窓の外を一瞥した。

 セスが正しければ、あと数十分で、サイラスが手配した警察がここになだれ込む。

 だが、グエンはこれ以上時間を無駄にする気はなかった。

 気が立っている男たちはなにをするのかわからない。


「馬鹿な真似はやめろっ!」


 廊下に神経質な男の声が響いた。

グエンは息をのみ、唯一灯りが漏れている扉に近づいた。同時にサギリアのうめき声が聞こえ、グエンは体を強張らせた。

 続く銃声。


「ちくしょう、お前は俺の考えをこれっぽっちも理解していないんだ」


 サギリアの低い悲鳴。

 グエンは、ゆっくりとドアノブに手をかけた。

 部屋の中央にイーノックが立っていた。手元の銃はしっかりとサギリアに向けられている。

 ちくしょう。


「イーノック、動くな。終わりだよ」


 グエンは銃をイーノックに向けたまま、呟いた。

 イーノックはぎこちない動作でグエンを見据えて口を歪めた。彼はまだパーティの姿のままだ。気取ったタキシードが乱れ、足元には血まみれの男の死体がある。。

 髪は乱れ、目は爛々と輝いていた。銃はまだサギリアを向いたままだ。

 グエンは素早く死体を確認した。


「クレイシーを殺したのか?」


「ダニアンがやられたか。くそっくそっ」


 グエンは部屋の中を一瞥し、サギリアに軽く頷いた。


「ちくしょう、完璧だったのに。完璧にできあがっていたのに。お前らは自分がなにをしているのかわからないのか?」


「お前が彼女に銃を向けている限り、自分のしていることを考えることはないね」


 男の顔が真っ青から、真っ赤に変化するのをグエンはじっと見守った。


「銃を下ろすんだ」


 グエンはゆっくりと呟いた。


「この女が必要なんだよ。我々の技術の発展と素晴らしい功績のために。お前らに理解できるか?」


「知らんよ、クソ野郎。忌々しいハイパーサイメシアのちびに、人類の進化がかかっているのか? ありがたくて涙が出るぜ」


「私のような症例は年間二人で、けっして珍しい記憶障害ではないわ。これこそうっぐぅ」


 最後はうめき声になって、部屋に響いた。イーノックがサギリの髪を掴むと、壁に押し付けたのだ。

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