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グエン、撃鉄を起こせ  作者: 相良徹生


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第32話 凶暴な男達と、ツイていない女達

「左足を持つよ」


 グエンはサイラスの後に従った。


「なあ、なんであんたがサギリアを追っているんだ?」


 グエンとサイラスは封鎖されていない一室にダニアンを引きずっていった。

 応接間だろう。学長夫妻は、この部屋が血まみれになるのを喜ばないだろうがもう遅い。廊下は薬莢と火薬と血でベタベタだ。


「彼女の記憶データだ」


 サイラスがぼそりと言う。


「あの子のデータで何をするつもりだ?」


「我々はなにもしない。するつもりもない。電脳技術を使用してのトランスヒューマニズムは国際法で禁止されている。我々は誰かがやることを阻止するほうだ」


「阻止する?」


 サイラスの濃い瞳の色がきらめいた。


「ラングドール研究所の電脳工学学者とテロリストどもは、彼女のデータを元に人為的に高度な記憶能力を持つ、サイボーグを作ろうとしている。そういった物事は、我々の本意ではないのでね。サギリア・ローガンの記憶データはやつらの手に渡らせるつもりはない。どうやら、サギリア自身も生きていたらしいがな」


「高等研究計画局の犬が?」


「そうだ」


 サイラスは眉一つも動かさずに呟いた。


「地獄に落ちろサイラス・グリン」


「皆そう思っていることは知っている。次はこの男に聞こう」


 サイラスは上品な外見に似合わない無作法さでドアを閉じると、男に向き直った。

 ダニアンは脂汗を流しながら、引きつった笑みを浮かべた。


「わたしがお前らに何か言うとおもっぐっ」


 グエンは躊躇いもなくテイザー銃をダニアンに打ち込んだ。

 八万ボルトの電圧を帯びたダーツが突き刺さり、くぐもった声と共にダニアンが崩れ落ちた。


「おい」


 サイラスが眉をしかめてグエンを一瞥する。


「起きろよ、ダニアン・ホイト博士」


「なんてことをなんてちくしょう」


「落ち着け、ダニアン。死にゃしない。ゆっくり呼吸するんだ。一、ニ、三。一、ニ、三。そしてさっさとどうしたらいいのか思い出すべきだな」


「ちくしょう。ただですむとこんなことが」


 サイラスがダニアンの腹を蹴り上げた。


「あーちょっと」


 グエンの抗議を無視してサイラスは銃をしまうとジャケットを脱ぎ捨て、シャツの腕をまくった。


「さっさと言うんだ。サギリア・ローガンをどこへ連れていった」


「おっさん、落ち着けよ」


「いい刑事、悪い刑事をやるつもりはない」


 ああ、そう。


「やりすぎるなよ。だが、迅速に」


 尋問の続きは物音で遮られた。

 二人が同時に振り向く。もちろん銃口はダニアンに向けたままだ。


「ああ、もう!」


 リュガンがあさっての方を向いたまま、両手を上に上げていた。


「俺の連れだ」


 サイラスに向って言うと、彼はリュガンに向けた銃をおろした。


「君は何をやっているんだ? じっとしていられないのか?」


 リュガンは相変わらずあさっての方向を向いたまま、しぶい顔をしている。


「あたしは何も見ていないわよ」


 言いながらくるりと後ろを向く。


「あなたの連れの女の子は救急隊員に引き取ってもらったわよ。出血は収まったから心配はいらない。つまり、そう伝えに来ただけ」


「なるほど。ありがとう」


 サイラスは重心を左足に傾けて、真面目腐った口調で礼を言った。


「心配ない。彼女は自分に都合の悪いものは見えない人種なんだ。それに、目に見えていないことは信じないたちだ。だよな?」


「すぐに出て行くから安心して。あたしがいなくなってから存分に男性ホルモンの発散をすればいいと思う」


 リュガンが入り口でぶつぶつと毒づく。


「今度はなんだよ?」


「開かないのよ、ちくしょう。電子ロックがかかってる」


 グエンはため息をついて、肩をすくめた。サイラスは無表情で腕まくりを再開し、ダニアンに向き直っている。


「リュガン。耳をふさいで、ちょっとよそ見してくれ」


「言われなくったって」


 リュガンは骨董のツボを興味深げに眺める作業に没頭しだした。


「さて」


 グエンは銃を装填し、ダニアンに向き直る。


「言っちまえ。ダニアン。終わりだよ。もう警察がわんさか集まってるし、お前のお仲間のイーノックはお前を助ける気なんてないだろうね。それに、このおじさんは自分の女を撃った男を去勢するのが趣味なんだ」


 グエンとサイラスが一歩踏み出すと、ダニアンは青い顔で仰け反った。


「お前サギリアが雇った殺し屋だな」


「やっぱりボディーガードなんて嘘じゃない」


 リュガンが後からぶつぶつと言う。

 ちくしょう。どこから漏れているんだ?

 サイラスが顔をしかめて続けた。


「君は特殊工作員だったはずだ。どうして、こんなにザルなんだ?」


「そうだったの?」


 後からリュガン。


「黙ってろ」


 グエンは歯を喰いしばって呟いた。

 今夜はこれ以上無能呼ばわれされたくない。例え、その通りだったとしても。


「おい、サギリアお嬢様が、お前たちにのこのこ着いていく訳ないだろう? 何をしたんだ?」


 ダニアンはぐっと息をつめて、自分の血まみれの足を一瞥した。


「言っちまえよ」


「――――猫だ」


「ねこ?」


「猫を使ってを誘拐したんだ」


「ゾラック! ピートはそこいるか?」


「健康的な様子であなたの椅子に座っています」


 ゾラックがすぐに答える。


「ふむ」


 ダニアンは後ずさったが、すぐに壁にぶち当たった。


「いつすり替えたんだ?」


「あ、あんたがローガンの屋敷に来たときだ」


「俺は人殺し、子猫を殺すほう奴が嫌いなんだ」


「あの猫は無事だよ。餌を殺すわけないだろう?」


 ダニアンが悲鳴に近い声を上げ、必死に続ける。


「ほ、本当だ」


 グエンは膝を突くと、ダニアンの乱れたネクタイを引っ張り低い声で言った。


「サギリアはどこへやった?」


「ククレイシーの別荘に、い、行く算段だった」


 グエンはリュガンの腕をとって、二秒で鍵を開けると部屋を抜け出した。


「ちょっと! 近寄らないでよ」


 リュガンがもたもたと走りながら、不満げな声を上げた。


「私が殺し屋の仲間だと思われるじゃない」


「角まで送ってくよ。どっさり来る予定の警察になにも喋るなよ」


「言われなくたって」


 人気のない廊下をすすみ、窓を確認する。

 グエンは頭の中で屋敷の見取り図を確認した。裏庭に近い窓のはずだった。

 多くの非常用シャッターは専用の鍵で開閉することができる。

 グエンが鍵穴と格闘している間、リュガンはため息をついて見てみぬふりをし続けた。


「じゃあな。最後の頼みで、俺が出てった後に、このシャッターを閉じることはできるかな」


 グエンは窓枠にワイヤーを固定すると、わずかな希望にかけて言ってみた。


「その変わり一つ教えて。あのスーツの男って高等科学研究局のグリン・サイラスじゃない?」


「いかにも」


 リュガンがレディらしからぬ悪態を付いた。


「ちくしょう。あたし、高科計研の顧問研究員に採用願い出しているのよ」


 グエンは曖昧に頷いた。話がどこに向っているか、検討もつかない。


「人事の権限はあのサイラスが持ってるってこと。私の顔覚えていると思う?」


「――――それはえー、その残念だな」


 グエンはもごもごと呟いてから、屋敷から逃げ出した。



*



 庭を駆けながらグエンはゾラックに呟いた。


「こちらゾラックどうしました?」


「ゾラック。ピートを殺せ!」


 グエンが簡潔に怒鳴る。


「まさか!」


 ダージンの悲痛な叫びが遠くから聞こえた。


「繰り返します、どうしました?」


「その猫は機械仕掛けだ」


「ええ、そうですが」


 一瞬の間。


「まさか!」


 ダージンの一層悲痛な叫びが聞こえる。


「えーと、整理しましょう。ピートは愛玩用のロボットですよね?」


「私のピートは生きています! 本物の猫ですよ」


 ダージンの悲鳴が聞こえた。


「すりかえられたんだよ、ゾラック。すぐ、その偽ピート君から発信機なりカメラなりをひねり出してくれ。こっちの情報はクレイシーに筒抜けだ。どうりで人懐っこいと思ったぜ。どうも本物は子虎らしいからな。猫に釣られて誘拐されるなんて、お嬢さんらしいが、笑えない」


「彼女を助けてくださいね」


「もちろんだ」


「ピート君も」ゾラックが付け加えた。


「俺が猫を見捨てる人でなしに見えるか?」


 ゾラックが妙に人間臭い笑い声を立てた。


「御武運を」

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