第31話 尋問
ははん、あいつは素人だ。銃を手にしただけで自分が強くなったと勘違いする男の類。
だが、そんなことも大した慰めにはならなかった。
グエンはクレイシーが撃つ気になる前に、ダニアンの足元を撃ち向いた。
甲高い悲鳴とともにダニアンがサギリアを担いだまま崩れ落ちる。
次の瞬間、悲鳴のような声を立てクレイシーがサブマシンガン撃ちまくった。
グエンは反射的に頭を下げて廊下の隅のへばりついた。
猛烈な勢いで撃ちまくりながら、クレイシーがサギリアを引っ張り出している。
その後をダニアンが喚き散らしながら追っていた。
「させるかよ」
グエンは躊躇く相手を追った。
廊下を曲がる直前に黒い影が視界を霞め、グエンは考えるより早く銃口を相手の喉元に上げた。
「止まれ!」
二人同時にぴたりと止まる。セスが、グエンと同様に瞳孔を開いた表情で、グエンの喉元に銃を抜けていた。
二人はそのまま数秒固まっていたが、セスが銃口をおろすのを待ってグエンは手を引いた。
廊下にはセスの他に誰もいない。
「あの銃声は?」
「セスだっけ? サギリアの同僚のクレイシーを見なかったか?」
「サギリはどこへ?」
「さらわれた。男がいたはずだ」
セスは少女らしからぬ立派な舌打ちをすばやく行うと、もう一つのドアに駆け寄った。
「おいっ」
セスが扉をあけると同時に扉がはじけとび、二人は同時に壁に張り付いた。
「お前、突入練習を忘れたか? 阿保みたいにドアを開けるやつがいるか?」
「援護してください」
セスは言うが早いか、ハイヒールのヒールをへし折った。身長が五センチほど低くなる。
「ちょっと待っ」
グエンの抗議も聞かず、セスは飛び出した。
グエンは左手で銃を撃ちっぱなす。
必死でマシンガンを持ち上げるダニアンのもう片方の足が撃ちぬかれ、彼は悲鳴とともに倒れ込み頭を手で覆った。
クレイシーがマシンガンを撃ちまくりながら、慌てて少女を抱きかかえる。
「セス、サギリアにあてるなっ!」
セスが壁にへばりつきながら射撃体勢に入り――――
次の瞬間、警報が鳴り響き、猛烈な音を建てながら窓のシャッターが閉まった。
廊下の照明が赤くなり、グエンとクレイシーを結ぶ廊下が分厚い扉によって分断された。
グエン側に取り残された、ダニアンの悲鳴が聞こえる。
「なんだ?」
「防犯システムが作動したようです。警察に通報あり」
ゾラックの声が響く。
壁に『非常事態発生』の文字が浮かび上がり、遠くから蜂の巣を叩いたような騒ぎ声が聞こえた。
「ちくしょぅ」
セスが少女らしからぬ悪態をついて、くるりとグエンに向き直った。
「俺もそう思う」
「サギリは誘拐された」
セスは床に蹲っているダニアンをつま先で突付きながら言った。
「だな」
グエンは床でのた打ち回る男から、銃を取り上げた。
ダニアンの悲鳴を無視してテープで両親指を縛ると、セスに向き直る。そこで、セスの顔色に初めて気付いた。
真っ青な顔に赤黒い血がこびり付いている。若草色のドレスの肩の部分がぐっしょりと濡れ、鮮やかな血筋が幾多も腕を伝っていた。
「おい、大丈夫か?」
セスは腕を見下ろすと、今気付いたかのように顔を歪めた。肩を竦めようとして、失敗したようだ。
「グエン。大丈夫?」
扉からリュガンが飛び込んできた。
血まみれのダニアンと、セスの姿に気付くとバックをあさりはじめた。
「おい、じっとしてろと言わなかったか? 君は『誰かいるみたい』って地下室に下りていって、殺されるパニック映画のヒロインか?」
「あの女の子は?」
「誘拐された」
「なにやってるの?」
「まったくだ、君はここで何をやっているんだ?」
「動いちゃだめよ」
リュガンはグエンの言葉を無視して、ぼんやりしているソルの肩を掴んで引き寄せるとハンカチを傷に当てた。
セスはハッとして身動ぎし、リュガンから離れるように後ずさったが、彼女は引かなかった。
なお血がにじみ出る傷に辛抱強くハンカチを当てている。
「心配はいりません。血中に止血処理液が流れています」
ソルは青い顔で呟くように行った。口元はぎこちなく強張っている。
「止血処理液」
リュガンが訝しげに顔をしかめる。
氷の女王同士の対決だ。
二人のやり取りにグエンは興味を覚えたが、ソルが今にもリュガンに押しのけようとするのを黙ってみている気にはならなかった。
「リュガン、彼女は軍人なんだ」これは嘘。「だから、少々撃たれたって大丈夫だ」
んな訳ないが、セスは傷の手当てをしてもらうのが好きではないだろう。
「馬鹿言わないで。止血処理をしていようが、造血細胞を入れていようが、応急手当をしなくていいって訳じゃないわ。出血はまだ止まってなし、じっとしていなきゃ駄目よ」
グエンはセスに向って肩をすくめた。
「あー、彼女は医者なんだ」
ソルは、口を開けて、閉じた。
リュガンを押しのけるか迷っているようだ。
「セス」
サイラスの声にセスがびくりとして強張った。
駆けてきたのか、サイラスはタイも乱れ、顔をこわばっていた。彼の右手にはしっかりと銃が握られている。
この男が悪漢相手に銃で挑むタイプではない。どちらかというと、自分のゴリラ女を仕向けて同士撃ちさせるタイプだ。
「サイラス逃げられました」
グエンが初めて見たセスの笑みは皮肉っぽかった。
「何があった?」
サイラスはグエンを一瞥すると、セスの傷に気付いて眉を顰めた。
「撃たれたな」
「はい」
「動脈が傷ついてる」リュガンが続けた。
サイラスは、リュガンを不思議そうに眺めた後呟いた。
「座ってろ」
セスは大人しく従った。
リュガンが慌てて、まだ鮮やかな血が滴る傷口にハンカチを押し当てる。
「壁にもたれて! 誰かハンカチとネクタイをちょうだい!」
グエンはハンカチを差し出して、サイラスもハンカチとタイを差し出した。
リュガンが傷口を押さえると、セスのくぐもった声が聞こえた。
サイラスはセスとリュガンを興味深そうに眺めた後に、グエンに向き直った。
「サギリア・ローガンはどこだ?」
「クレイシーに誘拐された」
サイラスは悪態を呟くと、うずくまる男の片足を持ち上げた。
ダニアンがひぃと青い顔で呻く。
「少々話を聞くとしよう」