第30話 銃声
「みなさん、こんばんは。今夜は皆さんに発表しなければならないことがあります」
少女の声が会場に響き渡った。
「わたしはサギリア・ローガンの正式な遺産相続人として、彼女の記憶データの管理を任されました」
ざわり、と会場がゆれる。
「本来は彼女の死亡と同時に削除すべきデータは、彼女と彼女の父親グレッグの意向により、後世に残すべき遺産として、わたしに託されたのです」
サイラスがハッとした表情で、壇上に顔を向けた。セスは相変わらず、グエンをじっと見つめたままだ。
「彼女は?」
グエンを見ずに言う。
グエンは、サイラスを無視して周りの反応を見回した。
誰もが、ぽかんと口をあけ、少女の一言を理解しようとしている。
誰も笑ったり、肩を竦めたりしないのは、サギリアが世紀の変人グレッグの娘だからだろう。
彼の子供なら、ありえる。
彼の子供なら、突然現れた少女に自分の記憶データを違法にも関わらず残すこともありえる。と、誰もが考えているのだろう。
「まぁ、そのまぁ」
一番に正気に戻ったのは、パーティのホストである、大学長夫人だった。
「まぁ!」
「ありがとうございます。この場を借りて、亡きサギリアとグレッグに面識のある方々に向けてご挨拶できるのは、非常に嬉しく思っています」
サギリアは恭しくグラスを傾けて、乾杯の動作をした。
「亡きサギリア・ローガンと、彼女の残した非常に重要なデータと、科学の発展に」
一同は我に帰り、周りの人間と顔を見合わせた後、サギリアに突進を始めた。
少女を取り囲み、口々に喋りかけている。グエンは慌てて、彼女の元に駆け寄った。
「本当ですの?」
「どういうことだ?」
「君は一体誰なんだ?」
口々にささやく声が聞こえる。
会場の隅で、イーノックとクレイシーが顔を突き合わせている。
ホイトがサギリに近寄り話しかけると、二人は会場を後にした。
グエンはゆっくりと後を追う。
いた。
二人は廊下の奥で話し込んでいる。グエンはいつでも駆け寄れるようにじっと、壁に張り付いた。
「ゾラック。サギリアの盗聴器をこっちに回せ」
グエンの問いかけに帰ってきたのは、鈍い電子音だった。
「ゾラック?」
応答なし。ちくしょう。
イーノックが奥から現れ、ダニアンに布包みを押し付けた。
グエンは足に取り付けたテイザー銃を手探りで掴むと、音もなくマガジンを確認した。
イーノックが落ち着いた調子にサギリアに話しかけている。
サギリアが頭をふり――次の瞬間ダニアンがサギリアを殴りつけた。
ちくしょう。
グエンはセーフバーを解除すると、廊下から躍り出た。
「おいっ動くな」
三人は一瞬で凍りついたが、ダニアンの動きは素早かった。警告を無視して、サギリアを抱きかかえる。
グエンは冷静にダニアンの足に狙いをつけ、引き金に力を――
「グエンっだめっ」
なんだって?
「さがって!」
イーノックとダニアンの手元から布が落ち、金属的な物体が現れる。
じわり、馴染みのある火薬の匂いが鼻に付いた。
続いて金属的な音。
それは金属的な音ではなかった。金属の音だった。
例えば銃をリロードする際の音だ。
反射的に頭を伏せると、同時にグエンの耳元が壁紙ごとコンクリートが吹き飛んだ。
「きゃ!」
後から、馴染みのある女の声がした。
ちくしょう。
グエンは舌打ちすると廊下に引っ込んだ。
けたたましい銃声と共に、グエンが三秒前まで立っていた場所が引きちぎられるように抉られる。
二人の怒鳴りあいの後、靴音がグエンに向ってくる。
「どうなってるの?」
後からかすれた女の声がする。
グエンはため息をついて、振り向いた。リュガンが壁にもたれて立ち尽くしている。
「こっちの台詞だ」
なんでこの女は、銃で撃たれたにも関わらず。突っ立っているんだ?
グエンは天文学的なすばやさで、彼女の腕を引っ張った。
廊下の角から、男がチラリと覗いた。
グエンはヒールに足をとられ倒れ込む彼女の頭を床に引き寄せて、男に向けて何発が打ち込んだ。
また何発かの銃声と、ガラスの割れる音とうめき声がした。
その一つはリュガンの罵り声だったが、グエンは無視して、彼女を廊下の隅に押し込んだ。
マガジンを交換しながら、近くにあったテーブルを押し倒す。
花瓶が割れ、巨大な埃があたりに飛び散った。
「グエン応答がないですよ」
残音交じりのゾラックの声がする。
グエンはゾラックの声にホッとした自分に少しだけ驚いた。
「ゾラック。撃たれた。サギリアの状況は?」
「電波妨害が発生しているようです。サギリアの場所をマークできません」
「クソッ」
「知っています。お気をつけて」
隅から、男がひょっこりと頭をだしあたりを伺う。
グエンは壁にぴったりと張り付いたまま躊躇無く、男の頭を打ち向いた。
後ろでモゾモゾとリュガンが動く音がした。
「じっとしてろよ!」
グエンは押し殺した声で呟くと、廊下を進んだ。
遠くにサギリがいた。ダニアンの肩に担がれてもがいている。
隣にいる男がグエンに気付き、銃を向ける。
はっきりとやせ細った中年の男の姿がみえた。ぶるぶると震える手には大きすぎるサブマシンを必死で抱えている。
ゲイル・クレイシーだ。