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グエン、撃鉄を起こせ  作者: 相良徹生


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第29話 チャリティーパーティ

 チャリティーパーティは大盛況だった。

 学長宅で行われたパーティは表向きはチャリティーだが、上流階級の人間に顔を売る絶好の機会なのだ。

 グエン達は入り口をくぐると、ロビーのシャンデリアを見上げた。

 薄暗いロビーが今では、どこもかしこも輝いている。

 ダージンは今頃、ゾラックと共に本邸で息を詰めているだろう。

 そわそわとあたりを見渡す、リュガンをよそに、華やかな場所に慣れているのか、サギリは落ち着いて、じっと周りを見つめていた。


「どうだ?」


「知り合いが、何人かいるわ。絶好のシチュエーションってやつね」


 横でリュガンが咳払いをした。


「じゃあな。リュガン。恩に着るよ」


「チョコレートにアーモンドが一粒でも紛れ込んでいたら、呪うからね」


 素晴らしい捨て台詞をはいて、リュガンは人ごみにまぎれていった。

 有力者たちに媚を売りに行くのだろう。

 グエンは清清しく開いた胸元に、男共が引き寄せられ、彼女が出世することを祈った。自分の命のためにも。

 となりでサギリアが眉を上げている。


「どうした?」


「彼女とはどんな関係ですか?」


「古い友人だ」


 グエンは、男たちに取り囲まれるリュガンから目を離さずに呟いた。


「ふむ」


「その女らしい『ふむ』は止めてくれ」


 サギリがニヤリとする。


「わたしの登場を、もっとも効果的に発表する機会を考え中ってこと」


 サギリが会場の一角を顎で示した。

 正装した男三人が頭をつき合わせて、なにやら話し込んでいる。

 一人はゲイル・クレイシー。もう一人は真っ赤な顔をした、中年の男には見覚えがあった。ローガン邸に怒鳴りこんできた男だったダニアン・ホイトだ。もう一人の痩せた男は、ダニアンと共にローガン邸に来ていた、ハーラン・イーノックだ。


「ラングドール研究所の関係者だな」


「ええ」


「どう思う?」


「あの人たちが犯人とは思えない」


「大学教育を受けたからって、殺人者にならないとは限らない」


 グエンがぴしゃりというと、サギリは眉をしかめて彼を見上げた。


「リュガンってあなたの恋人?」


「まさか!」


「あ、そう」


「おい、話が見えないんだけど」


「別に、予想のつかないことが起こりうるって言ったのはあなたのほうよ」


 グエンは答えずに肩をすくめるにとどめた。


「皆さんご静粛に」


マイクから、キンキンと女の声が響いた。


「学長夫人です。パーティの主催者」


 ゾラックがぼそりと言う。

 サギリアは夫人の挨拶にじっと聞き入っていたが、ふいに顔を上げてニヤリと笑った。


「ねぇ、電撃的な登場をするのに、あのマイクはお誂え向きだと思わない?」


「君がそう言うなら」


「ここで、周りの反応を見ていて。わたしは、ちょっとしたスピーチをしてくる」


 サギリアはそういうと、人ごみをすり抜けるように抜け、挨拶の終わった夫人に突撃していった。夫人は突然現れた見知らぬ少女に驚いた様子だっだか、いつの間にか謎めいた会話を始めている。

 グエンは二人をじっと見つめている男に気が付いた。

 ロビーの奥。最も人だかりのある一角に男が立っている。取り巻きに囲まれているようだが、男の視線はじっとサギリアに向けられていた。

 高級スーツに身を固め、妙にうそ臭い青い目をした男は————グリン・サイラス?

 途端に心臓が激しく動きはじめ、脳みそがあわただしく動き始める。

 少し年をとっていようが、忘れるわけがない。絶対に忘れるわけがない。

 「子供たち」シリーズの生みの親。十年にもわたる強化人間プロジェクトで、何十人もの強化人間を生み出した男。後天的に、先天的に遺伝子を組み替えられ、強化していった子供たちの父親。

 体中がぞわりとあわ立ち。視界が赤くぼやける。

 グエンはぐっと歯をくいしばり、息を吐いた。

 顔をあわせたのは、研究所のキンダーガーデンにいた十年の間の二、三度しかない。にも関わらず、彼は他の子供たち同様、彼に絶大な像悪を抱いていた。

 両親と引き離された怒りや、実験中の副作用、そして、その後の人生。なにもかもに、その計画が深く付きまとい、彼らの人生に暗い影を落としていたからだ。

 噂では、サイラスが計画の一環として、特定の人物を一生涯憎み続ける仕掛けを子供たちに施したという話もある。

 そのたびに、自分自身に深く根付いた強化人間としての作用に吐き気を感じるのだ。たとえ、今まで特殊にその性質ゆえ、生きながらえていたとしても。

 グエンはふっと息をはいて、体から力を抜いた。熱くなるのはよくない。


「どうしましたか?」


 ゾラックの声で落ち着きを取り戻し、グエンは二度舌打ちした。

 カメラにサイラスが映るように体の向きを変えると、ゾラックはハッと息をのんだ。


「あれは高等科学研究局の局長では?」


「ちょっと挨拶してくる」


 グエンはサイラスを目の前にすると発生する、飛び掛りたくなる衝動をこらえてゆっくりと歩き出した。

 取巻きを蹴散らすように進みながら、サイラスの前にたどり着くと、とびっきりの笑みを貼り付ける。


「こんにちは。サイラス。変わりないようで」


 グエンが手を差し出すと、サイラスは怪訝な顔をしたが手を握った。


「グエン、妙な騒ぎを起さないように」


 ぼそりとゾラックが言う。


「失礼、どこかでお会いしましたか?」


 サイラスは困惑を顔に出さずに、礼儀正しく言った。

 グエンはにこやかな笑みを絶やさないまま、ボーイからシャンパンを二つと取り上げると、サイラスに差し出した。

 サイラスが無作法にならない程度の時間でグラスを受け取る。


「僕ですよ。研究所でお会いしましたよね」


 グエンは乾杯の仕草をしてシャンパンを飲み干した。同時に体内のアルコール分解機能が働きだし、数秒でアルコールを分解する。

 グエンは親父と同様の依存症に陥るのだけはごめんだった。

 サイラスがグラスに口をつけるのを見て、グエンはニヤリとした。

 この男は元関係者から受け取った食べ物にはけっして手をつけないことで有名なのだ。

 彼が毒をもられた事件ははっきりと覚えている。グエン自身も誰がやったのかは知らなかったが、第一期被験者が起したと噂されている。

 ざまあみろ、だ。


「被験者番号XYQ-384-B」


 ぼそりと呟いたグエンの言葉でサイラスの動きがぴたりと止まり、うそ臭いほど青い目がグエンをつらぬいた。


「――――グエンドリン・リュカ・アイザー」


「いかにも」


 グエンはニヤリとして空になったグラスを乾杯の仕草をした。


「すごいぜ、先生。全ての子供の名前を覚えているとか? もしかして、記憶強化処理をしているのかな。相変わらず安っぽい色の瞳の説明もついた気がする」


「君の赤毛もな。海軍に入隊したと聞いているが、伸ばしているのか?」


「おめでとう、四人目だ」


 サイラスは怪訝に顔をしてから、口を付けたグラスを嫌そうに睨んだ。毒が盛られていないか心配なのだろう。


「グエン、女がすごい勢いであなたの方に向っています。あんなヒールのある靴を履いてるにしてはモデル的な速さですよ」


 耳元でゾラックの声がしたかと思うと、若草色のロングドレスを着た女がサイラスとグエンの間に割って入った。

 あのときのゴリラ女。

 ずいぶん小奇麗な格好をしているので、すぐにはわからなかった。

 完璧な化粧と髪型をセットしているが、その表情には歓迎の笑みは浮かべておらず、瞳は暗い殺意がわずかに伺えた。


「何の御用でしょうか」


 女がくいっと顎を上げて言った。


「やあ、君は我が家の正義君じゃないか」


 グエンは肩を竦めて、後のサイラスを見やった。


「僕はグエンドリン。サイラスの子供の一人だ」


 女の瞳が濃くなり、殺気にきらめく。


「やめておけ、セス。挨拶しなさい」


 サイラスの静かな声に、彼女はムッとしてグエンを見返した。


「はじめまして。私はセス」

 華やかな外見に似合わないそっけない挨拶を返す。引き締まった口元はぴくりとも緩まなかった。


「やあ、セス」


 グエンは軽く頷いて、何世代目? と聞きそうになったのこらえた。

 彼女は自分より年下だろう。彼女は非サイボーグで、後天性遺伝子改良型だから、第四期実験体なのは間違いない。


「どうしますか?」


 セスはじろじろと見つめているグエンを無視をして、サイラスの指示を待っている。今すぐ殺しますか? 後にしますか? そんな調子だった。


「下がれ」


 セスは強い視線をグエンに向けたまま、しぶしぶといった様子で下がった。

 いつでも飛びかかれるよう猛烈な熱量を持った視線でグエンを見つめている。


「サギリアに関わっているのは君か?」


 グエンは何食わぬ顔で、サイラスを見すえた。脳細胞が音を立てて動き始める。

 科学研究局が、サギリに何の用だ?


「ふむ、先生」


 グエンはゆっくりと首をかしげた。


「彼女はどんな用件で、俺の部屋に乱入したんだ? 俺の追跡調査か? 軍から、たっぷり追跡調査の資料をもらったんじゃないかな。軍部に俺の遺伝情報を漏らしたのはお前らだろう」


 サイラスは手を振って遮った。


「サギリアだ」


 サイラスは声を落として、低く呟いた。


「彼女は生きているのか?」


 グエンは瞬きすらせずに、不思議そうな表情を貼り付けた。


「サギリアって、グレッグ・ローガンの娘のこと? 彼女は死んだだろう」


「いや、死んでいない」


 その時、サギリアのスピーチが始まった。

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